藤間爽子
大佛次郎『霧笛』は昭和8年に大阪朝日新聞夕刊紙上で連載された。時代は明治初期。主人公の千代吉は警察の追求を逃れるためもあって横浜居留地の異人館で下男めいたことをやっている。性格は直截的にして粗暴、考える前に身体腕力がものをいうタイプで、大佛次郎が描いた主人公ににしては例外的なモデルだろう。
この千代吉と、英国人の主人クウパーとその洋娼お花の、奇妙に揺れ動く三角関係が読みどころとなっている。闇深き横浜の裏通りが眼に浮かぶようで、昨ブログで紹介した『歌舞伎町ゲノム』繁華街の闇と対比してしまうが、大佛が描くところの一対一の格闘シーンは現代の暴力とはずいぶん意味合いが違っている。
大佛次郎:霧笛(1982)六興出版
本著は「六興名作文庫」の一巻として再編集されたもので、木村荘八による新聞連載時の挿絵を多く収集している。木村荘八の挿絵については幾度も書いたが、大正・昭和初期のころのものが好み。大佛次郎は「〝霧笛〟は私が輪郭だけを書き、木村荘八さんがこれに肉体を与えたような作品」と述べている。大佛と木村がコンビを組んだ作品は多い。
大佛にとって愛着深い作品とのことでラストは幾度か改訂している。また新聞連載終了後、菊五郎劇団によって歌舞伎座で上演された。ということで、映像化にあたっての洋娼お花役は(難役ながら)今売出し中の梨園に縁が深い、藤間紫の孫・藤間爽子にお願いしよう。
木村荘八の挿絵と扉
朝撮り写真から イヌタデ