横光利一。上海 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

 

少し前に横光利一『上海(1928-1931)改造』に触れたこともあり改めて読んでみる。1925年の上海で銀行員である主人公・参木の浮遊する日々が語られ、友人甲谷の妹競子の面影を胸に秘めながら、ダンスホールの踊子宮子や湯女のお杉、ロシア娘オルガとの優柔不断な接触が描かれる。

 

ついには上海解放に命を燃やす中国共産党の女闘士芳秋蘭との邂逅のなかで、曖昧な日常に対して決着が迫られるような、そーでもないような… 知識人の弱さといったらそれまでだが、参木の良心それ自体が周囲を不幸にしていく。懊悩の表層は描写されても、懊悩の根本は「定かならず」みたいな。

 

本作は「昭和初期の新感覚派文学を代表する先駆的都会小説で、上海での反日民族運動を背景に、視覚・心理両面から作中人物を追う斬新な文体により不穏な戦争前夜の国際都市上海の深い息づかいを伝える(wiki)」と評されている。

 

横光利一:刺羽集(1942)生活社 装釘:佐野繁次郎

 

『刺羽集』は随筆で、戦前・戦時中の作品ということもあり国を小舞する部分があるのは致しかたない。ただ小説に比べると面白味に欠ける。評判の高い短編『機械 (1930)改造』は、白黒つかない相対論的な心理描写を(句読点を省いた)くだくだとした文章は新鮮で横光利一の才気を感じさせる。この「くだくだ文体」は江戸末の黄表紙を連想させるようで興味深い。

 

映画 白夫人の妖恋(1956)の山口淑子と八千草薫

 

ところで、大正時代から昭和にかけて上海ブームが起きている。上海は各国の投資の対象となり、一旗あげるべく、いわゆる欲望の坩堝と化した街は異様な光芒を発していた。横光は芥川龍之介に上海行きを勧められる。また、その当時の上海を「魔都」と命名したのは村松梢風だといわれている。イラストは李香蘭(山口淑子)を。