トマス・H・クック〈熱い街で死んだ少女〉 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

 〈熱い街で死んだ少女〉のM.ルーサー・キング

 

トマス・H・クックの〈熱い街で死んだ少女〉、1963年5月、M・ルーサー・キング牧師を迎えたアラバマ州バーミンガムは、アフリカ系アメリカ人による公民権運動が激しさを増していた。市警本部はいや増すデモに対して放水や機動隊の介入などの強攻策によって、穏当だったデモがかえって暴動化への沸点が高まり始めていた。

 

そんな状況下にあって、黒人少女の射殺体が発見され、デモの暴発を怖れた市警察はおざなりながらも捜査にのりだすが、アフリカ系アメリカ人の居住区を巡回する(白人至上主義者である)警官の露骨な横暴が露わになるなかで、新たに刑事が殺害されるなど混迷は深まるばかりだった。

 

トマス・H・クック:熱い街で死んだ少女(1989)文春文庫

 

人種対立により困難を極める捜査を担当することになったベン・ウェルマン部長刑事は、殺害された少女の叔母エスターに好意を抱くものの反発する同極の磁石のように噛み合ない。社会派ミステリに挑んだ名手トマス・H・クックの初期作品で、地味な事実を積み上げながら事件の真相に降りていく孤独な警官を描いている。

 

トマス・H・クック〈フランク・クレモンズ〉シリーズ 三部作

 

トマス・H・クックの初期作品は、もはや古書店で見つけるしかなく、また中後期の作品群に比べると完成度が低い印象は否めないが、クレモンズ・シリーズ第2作〈過去を失くした女〉では、ユダヤ系の有能な女性管理職ハンナが殺害されたものの、ある時期から前の経歴が皆無といっていいほどに判らない。

 

警察を辞めニューヨークで私立探偵を開業するフランクは、この斬殺された(仕事のみが生き甲斐と思われた)老女ハンナの謎めく過去の断片を集め始める。そこから1935年当時激しさを極めた労働運動をめぐる事件の顛末が徐々に浮かび上がってくるのだった。都市生活者の孤独を修辞するハードボイルド文体に捨て難い魅力がある。読書人の期待を裏切らないクックの初期三部作を久しぶりに再読した。