乙川優三郎の脊梁山脈 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信
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 乙川優三郎:冬の標(2002)新聞連載切抜
冬の標ラベル
 乙川優三郎:冬の標 表紙用自作ラベル

乙川優三郎「冬の標」は平成14年3月5日~11月8日(全204回)読売新聞紙上で連載された。時代は幕末、心ならずも親の勧めで嫁いだ明世だったが、夫は夭逝、婚家は凋落していく。意固地な義父母に仕えながら残された子どもが成人するまでの「冬の季節」を、絵を描くことで耐え自立していく女性を描く。連載時の新聞切抜きが手に入ったので、天地を切りそろえ製本した。挿絵は中一弥で、この時すでに90歳を越えていたはずである。

中一哉は現在100歳を越え、いまだ現役という挿絵画家、最近はさすがに描線に遅滞が感じられるようになったが、この頃はなんともいえない味わいがある。この歳にして〝代表作〟などというのはヘンかも知れないが、彼の代表作に加えてもいいのじゃないかしら。ほんとうに瑞々しいタッチで、女性の描写に関しては壮年期より艶麗になった気配すらあり、まさに恐るべし。連休の暇つぶしに一枚一枚切りそろえながら、つい読んだりするものだから時間がかかってしようがない。

脊梁山脈
 乙川優三郎:脊梁山脈(2013)新潮社

2012年小説新潮に隔月連載されたもので、乙川優三郎の現代ものは珍しい。戦後、上海から復員した矢田部信幸は幸運にも叔父の遺産を引き継ぎ、それを原資にコケシなどでわずかに生計をたてる「木地師」の調査と歴史を調べ始める。それは木地師の来歴を古代史にたどり、また引き上げ時に恩を受けた木地師を尋ね歩く日々でもあり、戦争で目の当たりにした多くの死を背負いつつ、戦後を生きるために新たな意義を見いだす旅でもあった。

新聞切抜きを読み返しているうちに、乙川の新作が読みたくなって図書館から借出した。淡々とした語り口ながら一気読みさせられる相変わらずの筆力で、本当にすばらしい。木地師の来歴(歴史)に重心をかけた作品で、古代史に踏み込んでいく筆致が(乙川にしては珍しく)荒々しく、その熱情にぐいぐいと引込まれていく。明日から仕事だといった(逃避意識が働いた)せいか、つい夜を徹して読んでしまったのでした。

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 昼休み散歩