いつからだろう

「そろそろ帰ろっか」

が簡単に言えなくなったのは



お互いに話すこともなくなり

することもなくなり

時間をもてあます

のに

言えない

ここで別れたらもう一生会えない気がして

それは

年に二回しか会わない人
毎日嫌でも―といっても決して嫌ではないです―顔を合わせる人
ほんとに一生会えないかもしれない人

等いろんな人に対して思うことで

いや、というより

大切で、また会いたいと思う人に対して



とにもかくにも

別れ際というのは、寂しい。



泣きそうな気持ちになる



泣かないけど




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梅雨に向けて
店に「かわいい」、傘や合羽が並ぶ


「かわいい」合羽を一着持っていれば
雨の日が楽しみになる

んだろうな、とか思いながら
百円のビニールガッパを籠にいれた。


そんな日曜日




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よく、あぁこの言葉かっこいい、と思う瞬間がある。

自分もそんな言葉をさらっと言えるようになりたいと切に思う。






「スクランブルエッグなら作れるでしょ」

「…かっこいい!」

という会話をしたのが先日のこと。



だが、これは私の言葉にかっこいいと言った友人の話である。

が、


「かっこいい!スクランブルエッグってさらっと言えるなんて!」

「スクランブルエッグ以外にアレを何て言うの」

「炒り卵」


なんてかっこいいんだ!炒り卵!


正確にはスクランブルエッグは洋風炒り卵のことらしい。

そんなことどうでもいい、炒り卵は炒り卵だろう。



ここでもう1つタイトルの通り。

"flower arrangement"を『フラワーアレンジメント』と訳した私には

『生け花』と訳した大人しい男子が輝いて見えた。

(しかし彼はお坊っちゃまで祖母のことを「おばあちゃま」と呼んでいたことを思い出し少しがっかりした)








きっと炒り卵も生け花も私は使わないだろう。


かっこいい言葉を、使いたい、ということは「いつかね」と約束をあやふやにすることによく似ていると思った。




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