私には子供の頃から忘れ癖や紛失癖があり、
幾度となく物忘れ、
置き忘れを数へた。
やがて私は何も持たなくなつた。
其の癖もなくなつたに思へるほどにはなつた。
もう手に何も持てない。
記憶も勿論、
ひとつひとつ亡くしてきた。
約束も少なくした。
スケヂユール帳も約束が来る前に忘れ、亡くし、
買物も、
買物メモも、
買物心も、
スーパーも通り過ぎ、
お菓子のまちおかに並ぶ菓子にも、
カルデイの無料配布珈琲は頂くかも、
砂糖もミルクもつけて、
記憶も通り過ぎると、
やがて本当に笑へなくなつた。
あなたがそつとそばで笑つてくれても、
あなたの笑顔とひとつになれない。
ひとつに成れないことを知つた。
悲しいことだが、
知つたことは知つた。
あなたからの手紙も亡くした、
短い手紙だつた。
私は一度だけだが、あなたは二度もよこしてくれた。
その二枚とも亡くした。
胸がとても痛む。
其の記憶こそ亡くしたいが、
なくならない。
あなたを傷つけたもあつた、
あなたを傷つけたくて見破つた言葉を投げつけた、
笑はせるつもりの冗談も、
あなたが心を閉ざすまで傷つけた。
胸が痛む、
其の記憶も亡くしたいが、
なくならない。
私には特技がある。
たまに激しい直感がはたらく時、
其れは正しい。
あとはどれだけ正しいのか、
何度も確かめることになる。
喪失癖のおかげで得たのだらう。
表紙の一文字で、凡てが入り込む。