酒場に見覚えのない女が入ってきたころ、俺はふと、昔のことを思い出していた。
以前、聖騎士として魔物と戦う旅を行い、鍛錬を積んでいたこと。
しかし、その旅は俺の意図せぬ形で終わりを告げられてしまったこと。
俺も「スクラップ・タウン」に来てしばらくたった。
「スクラップ・タウン」に来たばかりのころの俺は、自分が置かれた状況を頭ではなんとなく理解できていても、現実を受け入れられずに意地を張り、周りに多大な迷惑をかけてしまったこともあった。あいつらにはすまないと思っている。今ではかけがえのない仲間だ。
そんな俺も今では、この街の自警団の長として町の治安維持に努めている。
酒場にはいってきた女をみて、俺もこの街にやってきたときは同じような顔をしていたのではだろうかと思うとなんだか照れ臭い気持ちになった。
辺りを見回し、途方に暮れた顔。
夢の中迷い込んだのではないかと感じるほど、今まで過ごしてきた世界とは違った景色が目の前に広がっていることに、どうすればいいのかわからないと困惑した顔。
様々な感情が入り混じり、表現しがたい表情を女も浮かべていた。
マスターに入れてもらった酒を一気に飲み干すと、俺は女のもとにゆっくりと歩み寄った。
「どうかしたかい、お嬢さん」
「ここは、いったいどこなのでしょうか。連れてきた従者たちはここに立ち寄ってはいませんか」
「ずいぶん混乱しているみたいだな。ひとまず、落ち着きな。あたたかい飲み物でも飲まないか。今、マスターに頼んでいれてもらうから少し座って待っててくれ。俺が座っていた席で構わないなら、譲ってやるからさ」
「ありがとうございます。しかし、親切なのはありがたいのですが、私は急いでいまして。詳しい事情は話せないのですが、ゆっくりしていては追手にやられてしまいます。私には時間がないのです。今はできるだけ遠くへ。私のことを誰も知らない場所へ。安息の地を目指さねばならないのです」
真剣なまなざしで俺を見つめ、必死になっている様子が俺にはなんとも滑稽に思えた。
そして、この女の願いは思わぬ形で叶ってしまったのかもしれないと思うと、俺はこみ上げる笑いを抑えられなかった。
同時に、この女も俺と同じようにこの街に慣れるまでに少し時間がかかるかもしれないと感じていた。
苦笑している私を見て、女は怒りを感じたのだろうか、声を荒げて私に迫った。
「何がおかしいのですか。真面目に話をきいてください。今、この瞬間にも私の命は狙われているのです。敵対する国に私の国が襲われ、王家の血筋を途絶えさせぬよう、傷を負った父上が身を挺して、おとりになってくれたおかげで、私は命からがら城を抜け出してきました。道中、部下も多く亡くし、父や部下を失った悲しみを乗り越え、ようやくここまで来たのです。ここで捕まるわけにはいかないのです。それなのに、気づいたらよくわからない場所にいて、どうしたらよいものか困り果てています。もし、よろしければ手助けを願えないでしょうか」
「なるほど。まあ俺にそれを言われても困る。だが、大変だったってことはよくわかった。あんたにとって、いい話かは分からんが、ここにはおそらく追手はいつまで待ってもこないと思う。それはここにいる全員が感じている。なぜなら、ここはあんたがいた世界とは違うからだ。」
酒場に集まっていた連中には、女に対する俺の受け答えをみて、うなずいたり、笑いだしたりしているものもいた。
女は酒場の雰囲気や俺の話を聞いて、さらに困惑している様子だった。
この女は、王国においての重要人物か、大層な設定だな。道理で雰囲気が違うわけだ。
しかし、いままでにそんな女がいたか。
少なくとも、俺がこの街に来てからは出会ったことはない。
そういえば、王族の者など、いままでに見たことも聞いたこともない。
俺はこの街のルールを知っている。いや、この街で過ごしている奴らは皆同じ事を知っている。ここは、ゲームの外れキャラが集まる街。それが「スクラップ・タウン」だ。
そして、俺らが外れキャラであることは、この街にきて、マスターから初めて聞かされることでもある。
だが、王族が外れキャラになりうるだろうか。
俺は女に対する疑問を感じつつも、女の飲み物を注文するために、先ほどまで座っていたカウンターに戻ろうと振り返った。
ゆっくりとカウンターへ向かう。マスターは俺と女のやり取りを聞いていたらしく、すでに温かいミルクを用意してくれていた。
「ほら、お嬢さんに渡してやりな」
いつもは穏やかで優しそうなマスターが、この時ばかりは違っていた。
目を細め、入口で立ち尽くす女をじっと観察していた。その顔はいつものマスターからは想像もつかないほど、恐ろしいものだった。
カップを受け取ろうとマスターの手を見ると、小刻みに震えているのがわかった。
マスターは知っていた。
彼女が現れた意味を。