都城から田辺へ、隠れ念仏の跡をたどる旅をしてきました。
かくれ念仏──
それは、江戸時代の初め、浄土真宗の信仰が厳しく禁じられた時代に
それでも阿弥陀さまを信じ、静かに念仏を唱え続けた人々の姿です。
山あいの小さな寺や、土に覆われた洞窟。
そこには祈りの声をあげることすら叶わなかった人々が、
ろうそくの灯だけを頼りに、手を合わせていた気配が今も微かに残っています。
正定寺にある無涯の墓は荒れていて、
寺を訪れたときの人の対応にも、少し寂しい気持ちになりました。
安楽寺の拷問石や念仏洞も、整備はされておらず
まるで時の流れに置き去りにされたような空気の中にありました。
けれどその場所の上にはツツジと梅の木が咲いていて、
まるで人が忘れてしまっても、花だけが祈りを守っているようにも見えました。
最後に訪れた田辺の念仏洞は、地元の方が守り続けてきたのでしょう。
他と比べて整っていて、そこには「大切に思われている」空気がありました。
実際に洞の中に入ることはできなかったけれど、
ろうそくの明かりの中で、ひとびとが念仏を唱えていた姿を
自然に思い浮かべることができました。
それほどまでにして守ってきた信仰の場が、
いま忘れ去られていくことに、どこか日本全体の姿も重ねてしまいました。
歴史や文化を大事にしない場所は、いずれ消えていく。
そのことの重さと静かな悲しさが、ずっと心に残っています。
旅の記録というよりも、
一つの問いかけとして、この文章を書き残しておきたいと思いました。
私たちは、自分たちの祈りの跡を、どう守っていけるのだろうかと。
