同じ事を繰り返していてもモチベーションはなかなか続きません。

中には好きな人もいますが。

自分もその一人。

何でも基礎練習は地味なものです。

 

令和の今でもそういうことが言われているのか分かりませんが、昭和はそういわれていました。

 

でも、ヨガを始めた頃は基礎練習なんてわかりませんでした。

ヤマ、ニヤマがそうかな。

なんて思ってしっかり守っていた時期もありました。

果たしてそれが基礎なのかどうか?

練習の基礎ではなく、瞑想の基礎だと今では理解しています。

 

アイアンガーヨガを初めた頃は当時の先生が立ちポーズが基礎だと言われていたので立ちポーズばかりしていました。

その時の練習が身についてしまって今でも立ちポーズをしないとなんかやった気がしません。

 

その立ちポーズの中でわずかな変化を求めて繰り返していましたが、何の変化も感じられなくなってしまいました。

 

そしてヨガから離れてみました。

ヨガから離れると時とともに体は不調になっていくという変化を皮肉にも感じるようになってきてしまいました。

今でもそうです。

練習を休むと体が不調になります。

 

そこで再び練習を再開しました。

ゆるみ切った体にヨガの練習はきつい、きつい。

教え始めた20代のころ、50代、60代の人たちの身体のきつさが分からなかった。

それがやっと理解できるようになった。

 

そのきつさというのは運動をしても、体が元に戻らないということ。

運動をしすぎると逆に痛めてしまう。

こんなジレンマを感じる。

 

それでも続けていると、何しているんだろう?

という疑問もわいてくる。

一向に何も変わらない。

 

ヨガを教えることが、逆にモチベーションとなっていいく。

教えることがモチベーションになっていくと、いろんなことを学ぶ。

解剖学、オステオパシー、そして心理学。

自分を見失い無理がたったって大病になる。

 

 

よく言うが大病になって、やっと立ち止まることができた。

今でも教える事はモチベーションになっている。

ただ純粋に教える事だけが学ぶ力になっている。

ビジネスとして、どうかとか考えることはしなくなった。

だからクラスも減らしたし、みんなプライベートレッスンみたいだ。

 

ヨガをしてポーズが上手くなるとかはあまり興味がない。

ヨガをすることで、ほかの事が上手くいくようになる、それが目的。

例えば、それこそ本業の仕事がよくなるとか、芸術家だったらよりよい作品ができるようになるとか。スポーツ選手ならパフォーマンスがあがるとか、そういうものを提供していると思っている。

 

それが最終的にはモチベーションになっていく。

ヨガは結ぶという意味もある。

他のものと結びついて初めて活きてくるものなのだとおもう。

そんなヨガを自分はやっているつもりだ。