頭蓋仙骨療法を学んでいる時に、自ら治ろうとする力が人間にはあり、それを健全性という事を学んだ。

だから外から力を加えて治療をする必要はない。

その健全性を最大限に引き出して上げるお手伝いをするのが施術者の仕事である。

全く新しい概念は実行してみて自分で結論を出すことにしている。

師が言ったことでも、鵜呑みにする事は出来ない。

たとえ何年かかっても先ずは納得する事を大切にしている。


自分もその自然治癒力を引き出すお手伝いを最大限の目的としている。

10年以上しているが答えは出てこない。


快、不快。意識している部分と無意識の部分。左右差。

それらを観察しながらアライメントを整えるように身体を動かしていく。


観察の中から気づきが生まれ、それを手掛かりにまた観察を続ける。

途中、途中に道しるべのように師が残していった足跡を頼りに進んでいく。


健全性を引き出すには観察という視点しかない。

その中に気づきはあるが行為としての意志はない。

気づきは気づきでしかない。

しかしこの観察、気づきが変化をもたらす。


で、どうなるのか?

今は分からない。


1つ分かる事はセンターであり中心であり軸があるという事。