25年来の友達とメールで自分の病気の話をしていたら、痛みがある時や苦しい時は「南無真如」と唱えてね。という話から真如苑の末席に名前を連ねる事になった。
病になる前はビジネスの世界で頑張っていこうともがいていたのだが、今一つ上手く行かなかった。
自分にはビジネスは向いていないと悟った。病をきっかけに心穏やかに過ごそうと思った矢先だった。
これは何かの縁だ。「来るもの拒まず、去るもの追わず」許される限り、この信念に基づいて行動。
ご縁を頂いて「南無真如」それだけでも救われると言っていたが、新しい出会いと変化を求めて始めてみることにした。
昨日、支部へ1人で行って、先ずは何をするのかを聞きにいってきた。先ずは法要というものに参加してお話しを聞く事から始めるそうだ。本来なら紹介してくれた導き親(というそうだ)が色々面倒を見てくれるのだろうが、栃木に住んでいるので自分で動くしかない。1人というのも何か意味があるのだろう。
入るに当たって色々と抵抗(嫌だなぁと思うことや不安に思うこと)はあるが、入ってしまうとそんな抵抗は消えてしまう。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」だ。
皆がお参りをする場所は清々しい空気が流れていた。