私の聖性が私の救済である。
不安、憂鬱感、怒り、恐れ、心配、攻撃、不安定感など、様々な形で現れる愛のない考えは恐れに満ちている。だからそういった考えから救われなければならない。
あらゆる種類の愛のない考えから生み出される状況、出来事、人物を自身の救済の為にもこれまでと違った見方で見ることが是非とも必要であり、それらを祝福することがいずれ自身を救い心眼を与えることになる。
ここで問題になっていることの1つは罪悪感という言葉だ。
そして罪悪感が地獄である。とまで言っている。
その反対はなんだろうか?
と。
この聖性こそが、これまでに問われたことのある質問や現在や未来に問われる質問の全てに対する答えである。
聖性がが罪悪感の終わりを意味し、地獄の終わりを意味する。
なるほどここでも聖性が大切なのだと言っている。