私は1993年にインドに行き師の指導を受けたことがある。それから20年近い月日が流れたが師の言われた事、書かれたもの、そして諸先輩から学んだ事を日々の練習や指導の中で確認するように実践をしてきた。20年前に教わった事を今頃になってやっと理解するという事も多々あった。
そんな長年に渡って学び影響を受けてきたグルジがこの世からいなくなった。いなくなるとその存在の大きさがひしひしと伝わってくる。時間が止まってしまったかのようだ。こんな風に感じた事は後にも先にも初めての事だ。自分の中でどんなに大きな存在だったのか今さらながら、よくわかる。
これから先もアイアンガーヨガを続けていく意味があるのだろうか?知識、技術、諸々のものはこの時点で完結し、今からは別のものが生まれ始まる。もちろんグルジの後継者が、その教えを継承していくのだろうが、、、。
資格を取っても、そこにはグルジの名前は無くなるのだ。
身体を痛め存命中に、その資格を得られなかった事は何を物語っているのか。この間に学んだ事は資格にも変わる大きな事なのかもしれない。
たとえこの先アイアンガーヨガを名のる事がなかったとしても、師としての考え方教えは自分の中で生き続けていくのだろう。
