精神世界の光と闇その1実際に体験した妻を見て思うこと | 家族の統合失調症に向き合った日々

家族の統合失調症に向き合った日々

何の変哲もなかった人生が、家族の統合失調症をきっかけに変わりました。この経験を、同じ悩みを抱え苦しんでいる方に届けたい一心で書いています。

おはようございます。
振一郎です。
今朝の関東は冷たい雨が降っています。
 
 
ストレス社会と言われる一方では、ストレスを取り去るための情報もたくさん出回っていますね。
 
その一つに、大きく注目されているのが瞑想だと思います。
 
 
以前のブログに、スピリチュアルの情報をネットで学ぶデメリットについて投稿しましたが、瞑想も同じだと私は考えています。
 
 
というのは、動機によっては精神的な問題を引き起こす可能性があるというヨーガの規定を、私は妻の統合失調症を通して体験したからです。
 
 
 
 
なぜ長時間瞑想するようになったのか。
 
 
まともに会話ができなくなった妻を見て私はかなり悩みました。
 
もし、妻の統合失調症の原因が瞑想だとしたら、瞑想の動機はなんだったのだろう。

妻が回復をみせ始めたとき、私は思いきってきいてみました。
 
 
 
妻の答えは、「ある特定の対象に自分も含まれているので不安になり、瞑想をして魂があるかどうか確かめたいと思った」と教えてくれました。
 
 
以前ブログで書いた、スピリチュアル系のオンライン講座でこう言っていたそうです。
 
 
ヨガの聖者と言われている人たちを含め、ある特定の対象の人々の魂が消滅した」と。
 
 
 
私は妻に、「魂が消えたかどうかは目に見えないから、はっきりとしたことは言えないけど、今生きて呼吸しているから大丈夫だよ」と言いましたが、
 
 
妻は、長時間瞑想を続けると見えてきますとヨガの聖者の本に書かれてあることを強く信じていました。
 
 
 
このことから私は、妻が発症前に言ったことを思い出しました。
 
「私の魂は消えているんだって」と。
 
私は「何バカなことを言っているの」と、軽く笑って流しました。
 
当時の私は、妻の不安に気づくことができなかったのです。
 
もし、そのとき気づいてあげることができれば、こうはならなかったのかもしれないと後悔しました。
 
 
 
妻は、瞑想をして光に包まれたような感覚になり、幸せな気分を味わった体験を教えてくれました。
 
 
そして、もう一度その気分を味わいたいと、その感覚に依存するようになり、のめり込んでいきました。
 
結果、妻は統合失調症という精神疾患を引き起こしてしまいました。
 
 

 
本屋さんでもよく見かけるほど瞑想は一般的になりました。
 
疲れた時に目を閉じて、心を落ち着かせる程度なら問題ないのかもしれません。
 
私のヨガの先生は、瞑想をしていくには段階があると言います。
 
段階を踏まず、いきなり目を閉じていったら心も身体もどうなるか?!
 
普通の人はここまで深く考えないと思いますが、その危険性はヨーガ・スートラにも忠告されています。
 
 
 
 
 
多くの人が気軽に瞑想に取り組めるようになりましたが、健全に取り組んでいただきたいと願わずにいられません。
 
 
今、私に置かれた現実を目の当たりにしていると、そう思わずにはいられないのです。