インドを観光するといえば
まずタージ・マハルではないだろうか?
1983年に世界遺産に認定されたタージ・マハル
タージ・マハルとは直訳では「王冠の宮殿」ということらしい
しかし、宮殿ではなくお墓、廟である
17世紀ムガル帝国の第5皇帝のシャー・ジャハーンが愛妃ムムターズ・マハルの死を悼み造った墓廟
ムムターズ・マハルとはペルシャ語で「宮殿の光」という意味らしく
愛妃のための愛妃にちなんだ名前ということかもしれない
チケットを買って、外国人用の入り口から入ります
三列になっていて 外国人用 女性 男性
長蛇の列ですが、外国人用はすいていました
セキュリティも通ります(ボディチェックと鞄のなかのチェック)


そして正門に向かう左手の庭に
白い花の木が一際目に入ります

正門をバックに

緑と白い花の生命力

12月24日(土)
定時の8時15分にアーグラー駅に到着
今回の旅行で一番高級なホテルとなるトライデンヒルトンアーグラーにむかうため
沢山のおじさんたちがいる
駅前のタクシー
カウンターへ私たちがむかうと客だとすっとあけてくれ
すぐさま、覆うように人だかり
「 どのおじちゃんが私たちの運転手さんなんだろう? 」
カウンターにいた手配のおじさんが指さす方向に
赤毛のとさか頭のおじさんがいた
赤毛のとさか頭のおじさんと今日のアーグラー観光と
明朝、アーグラー駅までの送迎を約束した
とりあえずホテルに行ってもらい11時にまた迎えにきてもらうことにした
9時ころホテルに到着

朝食時間内であったのでモーニングビュッフェを頂いているあいだに
部屋を用意してもらう
暖かく清潔、西欧風でモダンなダイニングルームで
朝食にありついた
血液がお腹だけでなく足先までおりていく感じ
前日の早朝大阪の家をでてから、空路、香港をへて予期せずの空港での滞在、
寒さと尿意との戦いであった列車の旅(2時間だけど)
時差を考えるとかれこれ30時間は経っていた
そして今日はこれからアーグラー観光、夢のタージマハル

もうなんか意味がわからなくなっていた

だからというわけではないが
朝食の白いテーブルクロスがまぶしかった

案内された部屋でシャワーをあびる
白いリネンもまぶしい


部屋でしばし休憩
白いベットリネンもまぶしかった


部屋から見える庭
ハンモックもまぶしかった

だって白いんだもん(ひつこいかっ
)
このショットはまるでリゾート
私はどこに来たのだ?

そしてまたこの白さ
まぶしすぎるのだ

低層階で中庭が見えますという情報(トリップアドバイザー)
で選んだといっても過言ではないこのホテル
見えたのはプールでした

プールの水に光る太陽がまぶしい


「まぶしい」ばかり言ってられない
これから赤毛のとさかおじさんのタクシーでタージマハルへむかうのだ
ちなみに私は小さい頃から極度のまぶしがりだ
運動会の写真のほとんどは目を細めて顔がしわくちゃで
妹からは「シワマン」というあだ名をつけられていたかわいそうなエピソードで今回の
旅の話をしめておこう

12月24日早朝、4時過ぎ頃から
空港でドルからルピーに両替をして
両替所と同じに並ぶプリペイドタクシーのカウンターで
ニューデリー駅までのタクシーチケットを購入(60ルピー)
カウンターに座るニットベストが素敵なメンズ君は
地下鉄でいけばいいのにというが、タクシーにする
友人に会いに来ているというスラリとしたかわいい香港の女の子が
(私たちは香港経由できたんだよ
)
「 デリー駅まで行くの? 」と声をかけてきたので
彼女もチケット購入していたが返金し
三人でシェアして
言われた番号までデリーの冷たい空気と人だかりの間を
もくもくと歩いて初めて空港から出る
このとき5時ごろ、朝方のデリーは
まだ陽ものぼっていない
朝もや?がかかり、はじめてみるデリー
どんな旅行もそうじゃないだろうか
空港からタクシーなり電車なりで
その土地に空路から初めておりたったとき
この旅行、この未知の土地に
どんなことが待っているのか少しの不安と大きな喜びをもって
車窓を眺める
窓におでこがあたるくらい少し前のめりの姿勢で…
ニューデリー駅に着く
後日昼のニューデリー駅を歩いたが、
朝方のニューデリー駅とは全く違う
同じ駅とは思えない
駅構内にはいるとそこには
地べたに毛布をかぶって寝ている人がたくさんで
その人たちを踏まないようにかきわけて
薄暗い中を光る
電光掲示板に足を早めた
列車番号は 12002 Bhopal stbai
1番線、6:15発とある
それは確認でき、とりあえず安心するまもなく
香港の女の子がのる列車が載っていない
どこからともなく声をかけてくるインド人
彼女の乗る列車はキャンセルになったと
2階に外国人専用鉄道オフィスがあるという
電気もほとんどついていない2階にあがっていこうとするところで
アジア人の男の子、聞き覚えのある日本語だった
日本人の若い男の子二人、僕たちもアーグラーにいきたいけど
チケットが買えない…みんなで2階にあがる
オフィスはこの早朝開いていない
声をかけてくるインド人は私たちにもチケットはあるのか?という
Eチケット(インターネットで予約したものをプリントアウト、
どこからでもオンライン予約できる)をみせる
「これではなくて、切符?のようなものに変える必要があるのだ」とかいってくる
「僕たちはお金がほしくて言ってるのではない親切で言っているのだ」と
『地球の歩き方』にも書いていた
Eチケットがあればいいのにこのように声をかけてどこかの事務所に連れていき
法外な金額を請求すると
これか!!とも思うのだが、ほんとにふつうに親切そうになんの迷いもなく
声をかけてくるので、一瞬のまれてしまいそうになる
かなりのアクターだ
香港の女の子も(こういったトラブルはネットにものっているらしく
よく知っているようだった)携帯で友人に電話をしていたが
その携帯を奪って何やらインド人は策略しようとする
その携帯もかわいく奪いかえしていた
なんとかセキュリティのところにならぶ
その間も闇から声をかけてくる(笑)
前にいた西欧人の何人かが、そのインド人につかまって
列を離れていった
セキュリテイを通ってすぐのホームが1番線
ここにアグラ行きの列車がくることも確認
香港からの女の子は階段を上る向かいのホームへと別れた
まだ時間もあったので
待合所にはいる
寒い… インド人がたくさんいた
前に座るおにいさんが、私たちを真顔でがん見だった
(珍獣をみるような真顔でがん見経験はこの後何度も繰り返される)
私たちにとっては見るものが目新しく圧倒されているのに
彫の深い褐色の彼らにとってはこの平たい顔属の黄色人種の方が
目新しく謎なのだろう
寒いので家にあったテーブルクロスももってきましたみたいな感じで
多くの人が布をしいたり、さくっと体に巻いている
電車がきた
列車マニアとまではいかないが、分厚い時刻表とか見るのが好きな方で
学生のときは電車を乗り継いでの旅の計画も好きだったし
なんだったら時刻表だけを見て(笑)旅行した気にもなっていた
列車自体が大好きだ
列車の旅情感がたまらない
これにはたぶんに『銀河鉄道スリーナイン』
と
アガサ・クリスティの
『オリエント急行殺人事件』の影響があるのかも
最近はだいぶと離れたが翻訳物のミステリーが好きだった
ちなみに地図を見るのも大好きだ、地図がよめる方向音痴でない女だ
そんなプチいばりはおいておいて
インドは鉄道王国だ
『地球の歩き方』にも鉄道旅行入門として10ページさくほどだ。
(この基準でいいのか?いいのだ…)
今回の旅行ではこのデリーとアグラの往復だけが列車をつかう予定だ
あとの移動は飛行機を予約している
予約はしているものの列車にちゃんと乗れるか…少し不安だったが
翌日にこんな定時に列車がでることはまぐれだとも知らず
(始発だったので定時の6:15分発だった)
このときはようやっとの思いで
アグラ行きの列車に乗り込んだ
2列シートC4の63、64

アグラまで2時間の列車
これは早い方、帰りの列車は3時間半くらい
前日の早朝に日本、家を出て、昼間は香港で観光
夜中にデリーに到着
空港で5時間弱、座って
列車で運ばれる「今」の自分の時間がそれらとほんとに繋がっているのか??
感覚がなくなっていた

空港でドルからルピーに両替をして
両替所と同じに並ぶプリペイドタクシーのカウンターで
ニューデリー駅までのタクシーチケットを購入(60ルピー)
カウンターに座るニットベストが素敵なメンズ君は
地下鉄でいけばいいのにというが、タクシーにする
友人に会いに来ているというスラリとしたかわいい香港の女の子が
(私たちは香港経由できたんだよ
)「 デリー駅まで行くの? 」と声をかけてきたので
彼女もチケット購入していたが返金し
三人でシェアして
言われた番号までデリーの冷たい空気と人だかりの間を
もくもくと歩いて初めて空港から出る
このとき5時ごろ、朝方のデリーは
まだ陽ものぼっていない
朝もや?がかかり、はじめてみるデリー
どんな旅行もそうじゃないだろうか
空港からタクシーなり電車なりで
その土地に空路から初めておりたったとき
この旅行、この未知の土地に
どんなことが待っているのか少しの不安と大きな喜びをもって
車窓を眺める
窓におでこがあたるくらい少し前のめりの姿勢で…
ニューデリー駅に着く
後日昼のニューデリー駅を歩いたが、
朝方のニューデリー駅とは全く違う
同じ駅とは思えない
駅構内にはいるとそこには
地べたに毛布をかぶって寝ている人がたくさんで
その人たちを踏まないようにかきわけて
薄暗い中を光る
電光掲示板に足を早めた
列車番号は 12002 Bhopal stbai
1番線、6:15発とある
それは確認でき、とりあえず安心するまもなく
香港の女の子がのる列車が載っていない
どこからともなく声をかけてくるインド人
彼女の乗る列車はキャンセルになったと
2階に外国人専用鉄道オフィスがあるという
電気もほとんどついていない2階にあがっていこうとするところで
アジア人の男の子、聞き覚えのある日本語だった
日本人の若い男の子二人、僕たちもアーグラーにいきたいけど
チケットが買えない…みんなで2階にあがる
オフィスはこの早朝開いていない
声をかけてくるインド人は私たちにもチケットはあるのか?という
Eチケット(インターネットで予約したものをプリントアウト、
どこからでもオンライン予約できる)をみせる
「これではなくて、切符?のようなものに変える必要があるのだ」とかいってくる
「僕たちはお金がほしくて言ってるのではない親切で言っているのだ」と
『地球の歩き方』にも書いていた
Eチケットがあればいいのにこのように声をかけてどこかの事務所に連れていき
法外な金額を請求すると
これか!!とも思うのだが、ほんとにふつうに親切そうになんの迷いもなく
声をかけてくるので、一瞬のまれてしまいそうになる
かなりのアクターだ
香港の女の子も(こういったトラブルはネットにものっているらしく
よく知っているようだった)携帯で友人に電話をしていたが
その携帯を奪って何やらインド人は策略しようとする
その携帯もかわいく奪いかえしていた
なんとかセキュリティのところにならぶ
その間も闇から声をかけてくる(笑)
前にいた西欧人の何人かが、そのインド人につかまって
列を離れていった
セキュリテイを通ってすぐのホームが1番線
ここにアグラ行きの列車がくることも確認
香港からの女の子は階段を上る向かいのホームへと別れた
まだ時間もあったので
待合所にはいる
寒い… インド人がたくさんいた
前に座るおにいさんが、私たちを真顔でがん見だった
(珍獣をみるような真顔でがん見経験はこの後何度も繰り返される)
私たちにとっては見るものが目新しく圧倒されているのに
彫の深い褐色の彼らにとってはこの平たい顔属の黄色人種の方が
目新しく謎なのだろう
寒いので家にあったテーブルクロスももってきましたみたいな感じで
多くの人が布をしいたり、さくっと体に巻いている
電車がきた
列車マニアとまではいかないが、分厚い時刻表とか見るのが好きな方で
学生のときは電車を乗り継いでの旅の計画も好きだったし
なんだったら時刻表だけを見て(笑)旅行した気にもなっていた

列車自体が大好きだ
列車の旅情感がたまらない
これにはたぶんに『銀河鉄道スリーナイン』
とアガサ・クリスティの
『オリエント急行殺人事件』の影響があるのかも最近はだいぶと離れたが翻訳物のミステリーが好きだった
ちなみに地図を見るのも大好きだ、地図がよめる方向音痴でない女だ

そんなプチいばりはおいておいて

インドは鉄道王国だ
『地球の歩き方』にも鉄道旅行入門として10ページさくほどだ。
(この基準でいいのか?いいのだ…)
今回の旅行ではこのデリーとアグラの往復だけが列車をつかう予定だ
あとの移動は飛行機を予約している
予約はしているものの列車にちゃんと乗れるか…少し不安だったが
翌日にこんな定時に列車がでることはまぐれだとも知らず
(始発だったので定時の6:15分発だった)
このときはようやっとの思いで
アグラ行きの列車に乗り込んだ
2列シートC4の63、64

アグラまで2時間の列車
これは早い方、帰りの列車は3時間半くらい
前日の早朝に日本、家を出て、昼間は香港で観光
夜中にデリーに到着
空港で5時間弱、座って
列車で運ばれる「今」の自分の時間がそれらとほんとに繋がっているのか??
感覚がなくなっていた

久しぶりに
狭山池をランニング
天気よく快調
狭山池は行基が造った
日本最古の人工池です
池の廻りが整地されて
一周で2.8キロ
安藤忠雄建築の
狭山池資料館もあります
桜が植樹されていて春には
池がピンク色で縁どりされます
季節により草木に変化があり
散歩中の犬を
渡り鳥を
月夜の池の水もまた格別です
走るなら
寒くても暑くても
自然とともがやはり一番です




人の気持ちわかります











ちょっと!!













トイレに足を運ぶ
って結構気を使います
といったら
したいくらいだった

