minaです。![]()
私は、今年の4月頃から、
藤本さきこさんのブログや本を読ませていただいたり、
認定講師の森本はるかさんのセミナーに参加させていただいたりして、
設定変更に取り組んでいる一人です。![]()
(読む度に新しい気づきがあります。
)
そこで、
「勝ち負けの世界をやめる。」
について、
一つ、ハッとした気づきがありました。
ので、今日はそのお話です。
私は、ヨガインストラクター養成コースを修了したばかりで、
ヨガに関して、まだまだ新米です。![]()
世の中には、たくさんの素晴らしい先輩方がいらっしゃいます。
学ばせていただくことがたくさんあり、
尊敬することばかりなのですが、
ありがたいことに、
「自分らしくやればいいんだよ。」
と言っていただくことは多く、
私自身、それを信じています。![]()
とはいえ、
指導経験や
誰かに何かをお伝えする
という経験がほとんどないので、
なかなか自信を持てないことは多く、
自信がない故に、
自分以外の人が自分より優れて見えてしまいます。
そうして、
勝手に自分で人と比べて、
自分の不甲斐なさに落ち込む・・・
ということがよくあるんです。![]()
なんですけど、
このときの私って、
先輩や自分以外の人が「上」 で、
自分は「下」
と、無意識にしてしまっているのでは?!
って思って、
これって、
「自分で勝手に負けているだけ。」
なんじゃ・・・![]()
と思ったわけです。
もちろん、尊敬や憧れはあって、
そういう気持ちはあっていいものだと思います!
だけど、
だからと言って、
「自分をあえて「下」にする必要ってあるのかな?」
って思ったんです。
例えば、
自分を「下」としているから、
ワークショップなどのイベントに、
私みたいなぺーぺーが参加してもいいのかしら・・・![]()
ってモンモンと悩んでしまったり、
先輩や同期のSNSを見たり、
レッスンを受けたりしたときなどに、
「私の言葉ってなんか浅いなぁ、薄いなぁ。」
とか思ったりして、
勝手に落ち込んじゃうんですよ。
もちろん、
勉強になるし、
参考になるし、
なるほど!ってなる。
でも、そこに
「自分はこの人より下である。」
を入れる必要ってあるのかな?
って思ったんですね。
そこで、
「上」とか「下」とか一回とっぱらって、
知識うんぬんは抜きにして、
「対等」ってことにしてみたら?
って思いまして。
そうしたら、
なんか、、、
モンモンと悩むのがアホらしくなりました。
(笑)
「対等」ってことにしてみたら、
苦しさが減るし、
相手のことも素直に楽に見ていられる。
そう思えたら、
モンモンと悩んでいる自分って、
「ただ悩んで苦しむのを楽しんでいただけ。」
としか思えない。
(笑)
ただ、そう思って、
気持ちがスカーッとするかと言ったら、
うーん。。。。
軽くはなるけど、スカーッ!!
っとまではならない。
「ホントに?
先輩は立てるものなんじゃないの?
だから、自分は下でいるべきなんじゃないの?」
みたいに思う自分が出てくる。。。
でも、
どうしてそう思うのか?
さらに聞いていくと、
「だって、周りを立てないと図々しいって思われて、
嫌われるでしょ!」
だそうです。![]()
![]()
(笑)
生意気とか思われて、嫌われたくないのか。。。
いや、まー、確かに、
相手に不快な思いをさせるようなことはしたくないですけど。。。
どう思うかは、人それぞれなわけで。。。
だから、
「何も心配ないとしたら、本当はどうしたい?」
って、聞いてみる。
そうしたら、
「私が参加してみたいから申し込む。」
って気軽に出てくる。
「自分は自分でいいんだわ♡」
って素直に思えるなぁ。
と思ったんですよね~。![]()
もちろん、
ドキドキソワソワはするし、
怖さ、不安はあるんだけど、
「周りにどう思われるか。」
は考える必要がなくなって、
「自分がどうしたいのか。」
に集中して、決めるだけでいいんだなぁ~
って思った、というお話でした。![]()
(「やさしく学ぶYOGA哲学 ヨーガスートラ」(向井田みお)より)
”YOGAは考えを無理やり止めようとすることでも、
何も考えないように無感動、無反応になることでもありません。
むしろ、考えという物に向きあい、その性質を知り、しっかりとらえ、
考えをうまく使える技術を身につけ、苦悩につながるような
無駄な頭の騒音をしずめて、本当に考えるべきことを見据えることです。”
