久しぶりに韓国映画を見ました。
映画「ケナは韓国が嫌いで」(監督:チャン・ゴンジェ)
主人公ケナはもう30歳目前。ソウル郊外の小さな団地で親と暮らす28歳の会社員ケナは、生まれ育った韓国にうんざりしています。ソウルの中堅大学を出たものの、満員のバスや電車乗り継ぎで、通勤は片道2時間もかかります。それなりの会社ながら単調な仕事の毎日で、恋人との価値観の違い。こんなはずではなかったという思いがつのります。
韓国にいても自分に希望はない。そう思ったケナは、ニュージーランドに移住します。そこで新しい生活を開始し、希望に満ちているように見えるのですが・・・・
映画を見て、チョナムジュ「82年生まれキムジヨン」を思い出しました。現代韓国における若者や女性の生きづらさ、うまく描いていると思えます。主人公が明るい展望をもっている点でキムジヨンよりは明るい映画になってはいますが。
でもここで思うのは題名にある韓国が「嫌い」という意味です。この嫌いというは彼女は単純に韓国を捨てたいというよりも、ある意味愛情表現ではないのかと。彼女は韓国で必死で生きてきた。愛してきた。でもなかなか韓国社会は彼女の方を振り向いてくれない。いらだった彼女は韓国を捨てます。新天地で希望に満ちた暮らしをしますが、その陰でこれで良かったのか、捨ててきたものの完全には捨てきれない感情を抱えています。そんな微妙な感情を描いているように思えました。
これは自分に当てはめると、自分にも好きだという感情のあるものと、嫌いだという感情のあるものがあります。でも好きだと思うものだけではなく、嫌いという感情も愛情に関する感情で、自分の内面に根ざすものではないのかと。好きでも嫌いでもなければ、何も感じないのでは。嫌いという一見ネガティブな感情の下にもどういう価値観や意識が潜んでいるのか。自分を探ってみる契機になるような気がしました。
「ケナは韓国が嫌いで」
(原題:한국이 싫어서
2024年/韓国/107分
◎監督・脚本:チャン・ゴンジェ◎原作:チャン・ガンミョン
◎出演:コ・アソン、チュ・ジョンヒョク、キム・ウギョム、イ・サンヒ他
