あなたの知らない韓国 ー歴史、文化、旅ー -10ページ目

あなたの知らない韓国 ー歴史、文化、旅ー

歴史や文化などを中心に、日本・韓国や東アジアに
またがる話題を掘り下げながら提供したいと思います。

歴史、文化、韓国語、日本語

 
 
 
 皆さんこんにちは。
 
 
 いかがお過ごしでしょうか。
 
 
 私は国内外問わずあちこち出歩くのが好きです。韓国に行った折にも地方に行くことも多く、ソウルや釜山にはない雰囲気を楽しみことができます。
 
 
 今回は報恩法住寺(보은 법주사)をご紹介します。俗離山は大田(대전)のバスターミナルからバスで1時間40分程度の俗離山山中にある静かな寺です。
 
 

 法住寺は新羅時代である553(真興王14)年に義信(의신)という僧によって創建され、776(恵恭王12)年に真表(진표)によって拡充されたと伝えられます。法住寺という寺名の由来は、義信が西域から経典をロバに載せて帰り、この地に留まったという説話に由来しています。

 

 

 その後この寺は真表らにより弥勒信仰(미를신앙)の道場となり、大寺院となりました。

 

 

 その後、高麗、朝鮮時代を通じて国王の庇護を受け栄えたようです。またこの寺には韓国で唯一と言われるものがあります。さてなんでしょうか。ご覧ください。

 

 
 
 
 一柱門(일주문)をくぐるといよいよ寺の入口です。
 
 

 

 

 

    山道の脇には小川が流れていて小石を積み上げて作った塔が並んでいます。まるで賽の河原みたいな風情ですね。

 

 

 

 

 

 日本の「賽の河原」伝承みたいに、鬼が来て崩していくのでしょうか。

 

 

 

 

 
    岩壁に浮き彫りにされた磨崖如来椅像(마애여래의상)がありました。珍しい椅像であり、高麗時代初期の磨崖仏の特徴を表した美しい磨崖仏です。
 
 

 

 

 

 非常に落ち着いた穏やかな表情ですね。仏の真理に近づけそうです。

 

 

 

 

 

 伽藍中心部を見渡した写真です。奥に主要建物が見えます。

 

 

 

 

 

 また寺の入り口付近にはいろいろ石像物もあります。上の写真は石槽(석조)です。石槽とは水をためる容器で、法住寺の3000名もの僧侶が使ったとつたえられます。新羅聖徳王19(720)年に制作の遺品です。

 
 

 

 

 

 石蓮池(석연이)もあります。国宝第64号に指定されています。統一新羅時代の8世紀頃のものと推定されています。池に仏法の象徴である蓮華が咲き誇る様子を表現したものと思われます。

 

 

 

 

 

 

 幢竿支柱(당간지주)です。高麗時代のもので、支柱も残っています。本来の高さは16mにも及んだと思われています。

 

 

 

 

 

    四天王門(사천왕만)です。四天王をまつった門であり、寺や仏法を信ずる者を守護する役割があります。
 
 
 
 

    法住寺捌相殿(법주사 팔상전)は国宝第55号に指定された建物で朝鮮時代に建立された木造建築です。捌相殿とは釈迦の生涯を八場面に分けて描かれた八相図をー安置した建物であり、法住寺の象徴とも言える建築です。韓国で唯一の木造五重塔形式の建物です。

 
 
 
 
 統一新羅時代に設けられた石灯(석등)です。灯火は釈迦の慈悲の光で、正しく明るい生活をすることで災厄を払うという意味があるようです。
 
 
 
 
 石灯本体を二匹の獅子が支える形になっています。三国時代の石塔や石灯には獅子が刻まれるものがしばしば見られますが、法住寺の石塔はその中でも優美なものとして評価されています。
 
 
 
 
  法住寺の本堂 大雄宝殿(대웅보전)です。新羅時代に建立されたと伝えられますが、現存する建物は朝鮮時代仁祖2年(1624)年の建築です。毘盧舎那、阿弥陀、釈迦で構成される塑像の三尊仏が安置されています。中央の毘盧舎那仏は宇宙の真理を、阿弥陀は過去の長い修行による救済を、釈迦は現世での衆生の救済を意味するものとされます。
 
 
 
 
 
 また変わったところでは新羅時代の喜見菩薩(희견보살)石像もあります。喜見菩薩とは、成仏したいという強い願いを持ち、仏の前で自身の身と骨を燃やしながら供養した篤信者です。法華経薬王菩薩本事品に登場する逸話で、何があっても強い意志で望むことの比喩だと言われます。
 
 
 
          ○
 
 
    いかがでしたか。俗離山は自然と文化財に溢れた山です。たまには大都市を離れて、自然と文化の中に身を浸して見るのはいかがでしょうか。
 
 
所在地
忠清北道 報恩郡 俗離山面 寺内里 209
(충청북도 보은군 속리산면 사내리 209)