ヨゴネゴ~二日酔いの僕へ~remix -2ページ目

ヨゴネゴ~二日酔いの僕へ~remix

日常の矛盾に鋭いメスを入れる社会はBlogである。

ウン、うそ 
だってムリ 

こんな二日酔いの脳みそからコボレ落ちた言葉の備忘録です。

せ:ええっ!初めてだから分からない!
ヨ:大丈夫、僕にまかせて。
せ:ど、どうしららいいの?
ヨ:落ち着いて、そのまま・・そのまま
せ:あっ、なんか入ってきた


こんな赤外線通信でゆるく初じまった僕の今年なのですが、皆様あけましておめでとうだコノヤロウ!

事業所の配置換えで今年から本部に戻ってきたヨゴなのですが・・・会社の奴、僕を仕留めに来たね(コロス気ダナ
という訳で、飲みすぎによる逆流性食道炎と闘いながらの今年なのだと思います。
それでは皆様良いお年をw







いや、まだ終わらん。
 イや、終われんのだよ。



アリ君!結婚おめでとう!!!!

昨日アリ君の結婚式の2次会へと参加してきましたwow
普段無口な彼が一生懸命スピーチをし、もてなし、そして奥さんを気遣う姿に"もはや教えることは何も無い"と、その成長ぶりに心で涙を流す思いでありました。(僕の事は棚上げ
いやー、いい2次会でした。

久々にまさみちさんや酔いどれさんとお話をし、酒を組交わし、食事に舌鼓を打つ。
いやーいい2次かいだった。

そしてなにより!ビンゴ大会で大物を引き当てました(^^)V

 「ナノケア」



おかげで、会場のいろんな人から"ナノケアの人"と呼ばれるように・・・orz



いや、いいものなんだろうな。
 イや、いいものなのだ。

我が家にナノたんが来たので、後は嫁を手に入れればよいのです。



 どこかのビンゴの景品で"嫁"は扱ってないでしょうか?
 目撃情報お待ちしております
**筆者の狭い見識に基づき書かれております**

4、オタクの今後-ワールズ・エンド・ガーデン-

最近"オタクはアーティストだ!"とか言ってる人が出てきてますが、90年代アイドルの卒業文句みたく恥ずかしい感じがします。"村上隆"や"押井守"が世界で中途半端に認められたからでしょうか?
今後は、"オタク"という言葉に"クリエイティブ"な意味がふくまれていくことは間違いないですね。そして、その動きは"ヲタク"の事情なんかほっといて、どんどん加速していくでしょうね。
しかし、本来"オタク"というのは最大の消費者であり、その消費しきれない思いによってクリエイトする生き物なのだと思います。
なので、今後"オタク"という言葉との認識がズレはじめ、やがて誰も使わなくなるでしょう。その後はまた別の"言葉"が使われていくのでしょうね。(20年も使えば十分ですが)

また、今後"オタク"はオシャレに気を使うようになるのかといえば・・・ならないと思います。
なぜならば、"オタク"趣味には結構お金がかかるのです。蒐集したい物のために「衣・食・住」というファクターを省みない(最大限犠牲にしている?)のがオタクだからです。
コスプレならばいざ知らず、アパレル業界の発展に貢献することは今後もないものと思ってください。

最後に、悲しいけど"オタク"は"オタク"でしかないんですよね。自分の楽しみを追っかけていったら"オタク"になっていただけですからね。
どんなに時代が変わっても、なにが変わっても、僕は"オタク"でいます。


 オタク万歳!
**筆者の狭い見識に基づき書かれております**

3、ヲタクの生きる道-3つ目のお願い-

"エヴァ"が社会現象を起こし一時認められた感のあった"オタク"ではあるが、消費し尽くされれば元の木阿弥。
しかし、一度資本主義活動に取り込まれてしまってはモラトリアムに戻る事は許されなかったのである。
こうして"オタク"はネットやゲームという仮想現実に次第に溶け込んでいくことになるのである。

1999年 Keyの「Kanon」を代表とする"泣きゲー"が発表されるや、"幼なじみ""ドジ娘""羽付きランドセル"などのキャラクターの特徴に焦点が当てられるようになった。そしてそれらは、RPGやカードゲームで使われていた"属性"と呼ばれるようになる。
また、その"属性"やキャラクターに対し"フェチズム"とも"崇拝"とも取れる"萌え"(起源については諸説あり)という行動が目立つようになっていった。

この間にも"アキバ系"や"コスプレ"等がメディアに取り上げられ、その行動を"奇妙"なものとしての報道が続いていた。

しかし、2004年に"2ちゃんねる"に端を発した「電車男」がブームを迎えると、三度"ヲタク"が注目を浴びることになったのである。"オタク→モテナイ→恋愛経験少ない→純粋 = 純愛"という"純愛ブーム"に乗っかる形に歪められた構図を押し付けられ、社会に消費され始めたのである。
こうした報道により、今現在"ヲタク""と一般人との垣根が下がりつつある。良い方向に考えれば、社会に受け入れれら始めたと思えば良いのだろうか。

しかし一般と"ヲタク"の違いを決定的にしているのは"心の中にファンタジーを持っているか、受け入れているか"という要因であると思う。それは、大人になれない子供と言ってしまっても良いと僕は思う。


 あなたは心の中に"3つ目の願い"がありますか?