特別企画 オタク論(その3) | ヨゴネゴ~二日酔いの僕へ~remix

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日常の矛盾に鋭いメスを入れる社会はBlogである。

ウン、うそ 
だってムリ 

こんな二日酔いの脳みそからコボレ落ちた言葉の備忘録です。

**筆者の狭い見識に基づき書かれております**

3、ヲタクの生きる道-3つ目のお願い-

"エヴァ"が社会現象を起こし一時認められた感のあった"オタク"ではあるが、消費し尽くされれば元の木阿弥。
しかし、一度資本主義活動に取り込まれてしまってはモラトリアムに戻る事は許されなかったのである。
こうして"オタク"はネットやゲームという仮想現実に次第に溶け込んでいくことになるのである。

1999年 Keyの「Kanon」を代表とする"泣きゲー"が発表されるや、"幼なじみ""ドジ娘""羽付きランドセル"などのキャラクターの特徴に焦点が当てられるようになった。そしてそれらは、RPGやカードゲームで使われていた"属性"と呼ばれるようになる。
また、その"属性"やキャラクターに対し"フェチズム"とも"崇拝"とも取れる"萌え"(起源については諸説あり)という行動が目立つようになっていった。

この間にも"アキバ系"や"コスプレ"等がメディアに取り上げられ、その行動を"奇妙"なものとしての報道が続いていた。

しかし、2004年に"2ちゃんねる"に端を発した「電車男」がブームを迎えると、三度"ヲタク"が注目を浴びることになったのである。"オタク→モテナイ→恋愛経験少ない→純粋 = 純愛"という"純愛ブーム"に乗っかる形に歪められた構図を押し付けられ、社会に消費され始めたのである。
こうした報道により、今現在"ヲタク""と一般人との垣根が下がりつつある。良い方向に考えれば、社会に受け入れれら始めたと思えば良いのだろうか。

しかし一般と"ヲタク"の違いを決定的にしているのは"心の中にファンタジーを持っているか、受け入れているか"という要因であると思う。それは、大人になれない子供と言ってしまっても良いと僕は思う。


 あなたは心の中に"3つ目の願い"がありますか?