黒島結菜のオールナイトニッポン 11月5日深夜放送分
収録放送。日藝100周年ニッポン放送スペシャルコラボ企画ということで、今年度第15回日藝賞受賞し日藝アンバサダーにも就任したということで黒島結菜ちゃんが担当することになったようです。
今回のジングル曲は、現役の日藝生作成。
「こんばんは。俳優の黒島結菜です。」という言葉でスタート。
ラジオ出演はほぼ初めて(10分~15分の短いコーナーで喋っただけ)と話していました。ニュースを知っときたいなという時期があって、何かしながら(散歩とか)聴けるからとラジオのニュースを聴いてたそうです。芸人のラジオも聴いてた時期があるとか。TVはほぼ観ないそう。
自己紹介。沖縄県出身1997年生まれ。24歳。芸能界に入ったのは中学校3年生ぐらいの時に事務所に所属。沖縄でCMのオーディションがあって、それに母親が応募して(オーディションで人の自己アピールを見て、自己アピール力をつけなさいと言われたそう)受けたそうです。人前に出るのが苦手な子だったとか。
他の人の自己アピールに圧倒されて「私は何もない」となり、「何もアピールすることはないんですけど、これをきっかけにちょっとでも自己アピールができたらいいと思います。」と言ったそうですね。その後事務所から声がかかったよう。
お芝居は凄く楽しいと結菜ちゃん。初めて演技レッスンした時とかも恥ずかしいって気持ちが強かったものの、嫌じゃなかったそうです。その後、”みんなが注目して私を見てる訳じゃないし、それぞれの仕事をしていてその中の一員なんだ”と気付いてから凄い現場が好きになったとか。みんなで物作りをしている空間が好きなんだと思いますと話していました。
初の連ドラは『アオイホノオ』。朝ドラ初出演『マッサン』と大河ドラマ初出演『花燃ゆ』。『花燃ゆ』までが1年の間の出来事だったと思うと結菜ちゃん。柳楽さんの芝居のスイッチを見て、こうできるようにならなきゃと思ったそうです。朝ドラは観たことなかったとか。カメラとスタッフが多いという印象であっという間に撮影が終わっていったような気がしたと話していました。『花燃ゆ』は、出演者が豪華すぎて怖かったとか。「何でこんなところにいるんだろう。帰りたい。」と初日震えてたそうですね。今でもNHK行くと仲良くしてくださるスタッフさんが当時演出に入ってて、優しくお芝居について一から教えて下さった現場でもあったのでいい想い出になってる作品ですと話していました。
『呪怨』シリーズにもちょこちょこ出てる(3作)という話とホラーの話。出ると言われてるところにも行くことがあって、その時はお祓いもしたそうです。『呪怨』をやったのがこの業界入りたての頃だったので、「ホラーってこんなに楽しく撮ってるんだ」という印象があるから楽しんで観れると話していました。ここで出てくるなという作り手側で観ちゃうと。『呪怨』の撮影中、同じ場所で音がちゃんと録れない(乱れたり音がなかったり)ということもあったそうです。出ると言われてるスタジオで。それでもみんな楽しく撮っていたとか。
デビュー当時は沖縄の高校に通いながら仕事で東京に行くという感じだったそうです。日帰りで東京に行くこともあったと。狭いビジネスホテルに泊まって、なぜか朝はお父さんが電話で起こしてくれてたと話していました。高校卒業したら東京の大学に行くという大ざっぱな夢が元々あったため、東京行きは不安はなかったそう。毎日のように竹下通りに行ってたとか。人がいっぱいいたりとかいろいろ面白かったからと話していました。渋谷もよく歩いてたとか。
日本大学芸術学部の写真学科に通ってたということでその時の話を。当時のマネージャーさんに「仕事以外の環境も知ってた方がいいんじゃないか」と大学に行くことを勧められたそうです。元々大学行く気はなかったそう。その時丁度写真が好きでフィルムで撮ってたので、検索して写真学科を知ったとか。推薦入試が小論文と面接と評定の3つだけで、評定はめちゃくちゃよかったのでそこはクリアしていたため受けることを決めたようです。
小論文は800字で「写真を見て感じたことを書く」のと「デジタル化が~の考えて自分の考えを書くタイプ」の2パターンが過去問にあったため、後者は無理だと判断し前者の方だけ練習するという賭けに出たそうです。前者の方が出てきて無事クリアし、面接は写真が好きなら大丈夫と言ってもらえて合格したと話していました。入ってからは、フィルムが好きでフィルムの授業を積極的に受けてたようです。写真工学とか写真色彩学とかの写真の仕組みの授業は何回も単位を落とし、取れずに卒業したと話していました。その頃もっと勉強しとけばと後悔してるみたいですね。
初めての一人旅でキューバに行ったという結菜ちゃん(20歳の時)。写真を撮る目的もあり。おじさんと犬の触れ合いの写真がお気に入りで、大事すぎて誰にも見せたくないと話していました。一人旅は1人じゃないと行けない場所がいいとキューバにしたそうです。クラシックカーが見たくて行ったそう。可愛くて派手なところが好きみたいです。ほとんどハバナにいて、日本人宿(民泊みたいな。アメリカでいうモーテル?)に泊まったそう。4泊5日くらい。初日に財布をすられたという話も。案内してやるよというおじさんについて行ったら、実際に案内してくれたものの別れた後にないのに気付いたそうです。宿に戻ってちょっと泣いて寝て、次の日からはその日に使うだけのお金をポケットに入れて移動するようになったと話していました。(この経験から)だいぶたくましくなった気がしますと言ってましたね。
ここで日藝の先輩の青山剛昌先生からスペシャルメッセージ。当時ボロボロの校舎で人が集まると床が抜ける恐れがあるからとライブが中止になったというエピソードを話していました。
メール読み。『学校』をテーマに事前募集。初読みの後、自分のコメントがこれでいいのかなと思ったのか「やばい。難しい初めてのメール。」と笑いながら言っていました。緊張もしてたのかなと。結菜ちゃん、次のメールに行く時に「はい次。」とか「じゃあ次。」とか「次行きます。」とか言ってて何かいいなと思いましたね。リアクションもよかったなと。変なエピソードに「おかしいよこの人。」と言いながら笑ったり。後、よく笑ってましたね。
メールの仇名のエピソードから自分の言われてた仇名の話。1人の人に黒糖とかブラックアイランドとか言われていたそうです。いい想い出と話していました。
メールテーマ2つ目『こんな日藝生いそう』。メールを読む前に、結菜ちゃん自身が見た日藝生の話を。袖をぶわっと広げるとその両サイドにもう2人その服を着れるような服を着てる男の子がいたそうです。要は1枚の服に3人入るみたいな服を着てたと。その人は今でも会うことがあるそうです。
日藝の”藝”に簡単な方の”芸”を使うと怒るやつというメールから、字の話に。略す時だけ藝の字を使うそうです。結菜ちゃん、初めて知ったと言ってました。「万年筆で書いてる奴」というメールに、一時(いっとき)万年筆で書いてたと話す結菜ちゃん。手があまり疲れなくていいと話していました。
変わり種ジングル1。「鮮度を保って使い切る。一人暮らしにおける白菜の保存方法を知りたいならこのラジオ。黒島結菜のオールナイトニッポン。」。変わり種ジングル2。「写真ってただ撮影するんじゃなくてその瞬間の光を切り取る作業なんですよね。それはラジオも一緒。そうは思いませんか?黒島結菜のオールナイトニッポン。ではまたどこかで。」。
2人の学生とリモートトーク。うち1人が沖縄出身だったよう。うち1人が就職がほぼ日という会社に決まったという話から、ほぼ日の日記帳を使ってたという話を結菜ちゃんがしていました。シンプルで使いやすかったと。カレーとかも作ってる会社だそう。日藝に関する話を中心に盛り上がっていました。
Wi-Fi環境が悪いとか風通しが良すぎて髪型が崩れやすいという話も。結菜ちゃんは卒業式には行ってないそうです。
変わり種ジングル3。「黒島結菜です。行ったことのある国はスロベニア。スロベニアの首都はリュブリャナ。そばとぶどうの栽培が盛んな地域。黒島結菜のオールナイトニッポン。好きなそばは、ざるそばです。」。
『学校』メール2。オンライン授業に関するメールから、一緒に住んでる妹のオンライン授業をちらちら見てるという話をする結菜ちゃん。ドアップで映ってる女の子がいたと話していました。書道教室にマドレーヌを焼いてくるおばあちゃんがいて告知がないのにその日に人が集まるという現象に名前を付けてほしいというメール。マドレーヌ現象と名付けた後、自分の習い事の話になりました。小学生の頃に習字(小学5・6年まで)をやっててそれが一番長かったそうです。ピアノはすぐ辞めちゃったと話していました。
かさぶたを机の下ではがしていたら~というエピソードから、学生の時机の下で本とか読んでいて呆れられてたという話と中学生の時の野球部の男の子が頭皮の日焼けのめくれたやつを授業中はがしてたのを思い出したという話をしてました。
沖縄つながりでウチナータイムから連想しての遅刻の話。『ウチナータイム選手権』。コーナー説明の後、「2時間もやってるとこういうコーナーもありますよ(フフフフ)。」と結菜ちゃん。結菜ちゃん自身のウチナータイムの話。中学生の頃5人くらいで仲良い友達がいたそうです。みんな遅刻常習犯だったとか。例えば朝の11時に約束してたら、5人集まるのが14時15時ぐらいだと話していました。30分おきに来る感じで。スケジュールがぐだぐだになっても誰も怒らないとか。
自身の遅刻エピソード。新幹線に乗る時間に起きたことがあるそうです。マネージャーの電話で起きたとか。
遅刻の度に家の時計を1分ずつ進めてそれを理解して時間を計算してまた遅刻しを繰り返していたというメール。本当の時刻がわからなくなり(TVもスマホも当時はなく)太陽の傾斜角度と体内時計を頼って更に遅刻したという話でした。そのエピソードから沖縄に戻ると時計見なくなるという話を。何時でも時間を気にしなくなるそうです。
お知らせ。『明け方の若者たち』の話。今年の2月くらいに撮影してたそうです。青春って感じの映画だと話していました。来年朝ドラ『ちむどんどん』ヒロインの話。クランクインして1ヶ月くらいだそう。地元の話を朝ドラでできるのは贅沢と話していました。一番いい沖縄への恩返しみたいだなという気持ちで今撮影してるそうです。撮影楽しいと話していました。
エンディング。リモートトークは緊張がほぐれたそうです。選曲については、曲名とかを覚えずに聴いちゃうタイプで誰が何という曲を歌ってるのか理解してなかったとか。そのため曲紹介に苦戦してたようです。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブはキューバ関連で好きになったよう。他の曲もいろんな想い出がある曲だそうです。
いつかまたラジオやってみたいと話していました。
結菜ちゃんの選曲は6曲。結菜ちゃんが読みに苦戦してたものも何とか検索で正式名称にたどりつきました。1曲目から順に、BTS『DNA』、ジュリー・デルピー『A Waltz For a Night』、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ『De Camino a La Vereda』、ボン・イヴェール『ホロシーン』、くるり『すけべな女』、PLASTIC BERTLAND『Ca Plane Pour Moi』。
黒島結菜ちゃん、ずっといいリアクションしてて聴いてて楽しかったですね。時にはリモートの男子学生のサングラスに触れたり。喋りも聴きやすかったなと思いました。またラジオやってほしいですね。
まだradikoのタイムフリーで聴けます。
孤独のグルメ Season9 第8話『群馬県高崎市のおむすびと鮎の塩焼き』
おむすびの専門店へ。40種のおむすびがありました。
種類は、高い順からうに、かずのこ、いくら、すじこ、ねぎとろ、甘えび、ほたて、まぐろ(づけ)、明太子、いか明太、たらこ、鮭、あなご、川のり(四万十川)、川のり(わさび株)、こはだ、粒うに、いか塩辛、チャンジャ、しらす、あさり佃煮、あみ佃煮、牛佃煮、キムチ、葉唐辛子、野沢菜、奈良漬、山海漬、山ごぼう、ツナ、山椒、しその実、黄唐きゅうり、しょうが、昆布、梅干、おかか、ねぎ味噌、納豆、みょうが味噌。120~350円の価格設定。
山海漬とは、野菜と数の子と酒粕とわさびで作る新潟の郷土料理だそうです。山の幸と海の幸で作るから山海漬というようですね。
五郎さんは、おむすびは4回注文し、うに、いか明太、ねぎ味噌、かずのこ、しょうが、あなご、鮭、たらこ、まぐろ(づけ)【鮭からの3種は売上1位を当てようとして注文したことになってしまいました(笑)】、山椒(粒)、川のり(四万十川)を。他はなめこ汁、鮎の塩焼き、大海老にんにく炒め、烏龍茶を。
おむすびはどこから食べても具に当たるように作ってあるよう。持ちやすい&手が汚れにくいように(?)海苔の両端を立てて出していました。一番人気は川のり(四万十川)のようです。確かに意外ですね。
粒山椒。僕は結構少量で胸やけしちゃんですよね。
おむすびの種類。メジャーなものから変わり種あって選びがいがあるなと思いました。海老のにんにく炒めも鮎も美味しそうでしたね。
冒頭で五郎さんが食べていた焼きまんじゅう。やはり味噌ダレのようです。あんなしでも美味しそうですね。
孤独のグルメ Season9 第7話『東京都葛飾区新小岩の貴州家庭式回鍋肉と納豆火鍋』
今回行った店は、日本唯一の貴州料理専門店(メニューに書いてありましたね)。基本的に辛い料理で、納豆をよく使うようです。鍋にも入れるんですね。
五郎さんが頼んだのは、シェフお任せ貴州の前菜三種盛り(ハーフ)【サービスで鶏肉の糟辣椒(貴州代表唐辛子)煮込みが、他は発酵らっきょうと水納豆の和え物、コールラビ(野菜)と燻製肉炒め、コンニャクの和え物】、厚揚げの回鍋肉(貴州家庭式)、納豆火鍋(つけタレにも納豆)【追加で羊肉(生肉)】。
貴州は山岳地域みたいです。
水をおかわりした五郎さんに、サービスで豆乳が出てました。実際の店ではこういうサービスあるんですかね?
豆腐と納豆は中国から逆に漢字が伝わったという話がありますし、中国でも納豆は食べるってことなんですよね。中華料理には納豆のイメージありませんが、家庭料理だからこその納豆なんでしょうか?それとも貴州料理だからなのか。
どれも美味しそうでした。