私の
PEUGEOT PX10物語
その頃は高校の3年間に自転車競技用レース「ロードレース」に憧れて日々自転車と向き合っていた時代がありました。
唯一残っている写真がプロフィールに使いました自転車と私の映像です。
PEUGEOT PX10E
1975年までの青春時代の私・・・こちらの初投稿のブログ記事から起用
この写真は唯一PX-10と一緒に映った記念写真です・・・1975年かまくら由比ガ浜にて
高校時代に苦労して手にしたプジョーのフレンチロードバイク
このPX10はその当時の一番自分との示す存在であり、それが生涯の最も印象付ける私の多くをのせた意味合いのある自転車となりました。
しかしながら、大学時代を機に、
このあと実家を離れている期間中に今まで保有して来た自転車4台・・・
① 高校時代、レース仕様だけでなく時代的にサイクリングブーム。 級友とのサイクリングサークルではよくあちこち行ってたそのためのランドナー的様子の26インチ自転車(これは高1の時に横浜のクラスメイトより頂いた物を磨きをかけて塗装塗りまでしたもの
② 6つ上の兄の自転車を受け継いだもの。 PEUGEOT の自転車。1966年頃高校に通うために買った自転車で当時は輸入の舶来ものとしてとても珍しく、27インチと言う事でもまだ日本には無い時代のもので、小学生だった私には衝撃的な出会いの自転車だったのをその時の感動を覚えている。 以後、兄が通学が終わると乗らないので自動的に私がもらった形にさせてもらってた。高校当時では改造してロードレーサーバイクに変身させていた。 多分、PEUGEOT PL8もしくはPX8だったのではないかと推測している。
③ その②でのPEUGEOT の自転車を販売していた自転車店が都内の目黒区祐天寺だったのだけど、それから私たちは川崎市に引っ越していた事で、たまたま近所にその自転車屋さんの息子さんが高津区で「オリオンサイクル」と言う看板でお店を出した事で、あらためて今度は私が知り合いとなり、通常乗りの通学にも使えるロードレーサータイプの自転車を作ってもらったのが「ロイヤルノートン」のフレームから各国産の部品で組んでもらった1台。
④ こちらが今話しに持ち上がっているPEUGEOT PX10となります。
これらの4台がまとめて、何を思ったのか?親はこれらを不要と考えたようで処分してしまってた。 私が知らないうちに市の「粗大ごみ収集日」に全部出して処分したと後になって聞いて、止めるも出来ないままの内にゴミとなって消えていたのです。
それにはショックのあまりしばらく呆然・・・2年くらい立ち直れない思いで抱え込んでしまいましたね。
以来、
私はこの自転車というものからは離れていっさい乗る事をやめにしました。
とくにここに映りますPEUGEOT PX10に対しては特別な思いがあるもので、
それ以来そのショックから立ち直れないまま「トラウマ」になってずっと抱えて来た思いが私の心の根幹部分に残る形で今まで来ています。
60歳を越えて健康にも少しずつ考える中で、「そう言えば・・・」と、かつて乗っていた事を思い出される。
45年ぶりに自転車を思い、自転車との関りを復活する・・・なんともあのトラウマにあるものへの復活です。
今まではそれが「もう触れない」のトラウマだった。、
このあらためて自転車と向き合い
始める思いが生まれた事での今までに存在して来たそのトラウマ。
この残された時間で存在する中においては
このトラウマを糧にした形に変え、
これからそのPX10を手に入れてかつての自分との存在に関わって行く時間へして行く事に
一つの生き方へのエネルギーになれる提案をつくることに思いを向けて見たわけです。
トラウマもいつまでも負のものばかりでなく、前向きにさせる糧に変えられるチャンスがまたそこには含んでいる事を手にしちゃえ!です。
これからPX10にまつわる色々の嬉しさと、そこに集中して行く思いに未知なる広がりへの可能性にかけてみるのも楽しい時間になれそうです。
PEUGEOT PX10
PX10と言えばあの人!
人がそう思うほどのこれからになるのもまた面白そう・・・









































































































































