県内の声さまざま 大飯原発再稼働、ぬぐえぬ不信
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0005140523.shtml
関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働が16日、正式に決まった。福島第1原発の事故は、制御不能の放射能の恐ろしさや故郷を奪う残酷さを見せつけた。「私たちの教訓はどこへ」。兵庫県に避難する福島の被災者は、国への不信感を募らせる一方、同じ原発立地県が下した苦渋の選択に理解を示した。安全への不安がぬぐいきれない中、県内の生活者からは電力不足の夏を控え、「本当は反対と言いたいが…」と、複雑な声が漏れた。
「幼なじみも親戚もばらばら。こんな悲しさ、もう誰にも味わってほしくない」。福島県南相馬市から避難し、神戸市垂水区の市営住宅で妻(35)や子ども2人と暮らす男性(40)は、福島原発事故後初めてとなる原発再稼働の正式決定を受け、強い口調で語った。
自宅は福島第1原発から約15キロ。27歳で自動車の修理・販売業を始め、地道に顧客を増やしてきた。2008年、借金をして工場を新築したが、わずか3年後、東日本大震災が起きた。
政府の避難指示を受け、着の身着のまま故郷を離れた。知人から「市営住宅に入れる」と聞き、震災の1週間後、縁もゆかりもなかった神戸にたどり着いた。
帰郷のめどが立たずに避難生活は長期化が必至だ。長男(3)は辛抱強い性格だが、何度か「帰りたい」と泣いた。「友達、おもちゃ、田舎の広い庭。思い出を全部置いてきてしまい、申し訳ない」。それでも仕事を再開できる日を信じて月数回、福島に通って顧客を訪ね歩く。全国に散った得意先も探し当て、励まし合っている。
自宅で16日午前、家族と大飯原発の再稼働決定のニュースを聞き、「福島を置き去りにして、なぜ野田首相は『事故防止は可能』と言えるのか。事故があれば結局、誰も責任を取らない」と批判。「電力の安定供給を掲げて、ほかの原発も再稼働されるのでは。もっと市民を交えた議論が必要」と話した。
一方で原発立地県への理解も示す。「原発は地域経済と切り離せない存在」とし、「地元が容認したのは、厳しい決断だったと思う」と思いやった。
今年3月、長女が生まれた。「普通の幸せ」が身に染み、故郷や将来を思うと「現実とのギャップで胸が締め付けられる」という。国や福井県などに対し、「再稼働を急ぐ前に、もっと福島の現状を知り、自分にあてはめて考えてほしい」と話した。(山岸洋介、初鹿野俊)
◆兵庫県内「反対言いたいが…」
神戸市北区の主婦(35)は「子育て支援活動の一環で福島の母親と交流したが、子どもと外で遊べない悩みは深刻だった。百パーセント安全でない限りは、再稼働に反対です」と訴えた。
加古川市のスポーツ用品店店長の男性(39)は「本当は反対と言いたいが…」と口ごもる。寝たきりの父(76)を自宅に残して仕事に出ることが多く、計画停電になれば心配で仕事に出られなくなるという。「弱者にしわ寄せが来る状況がよくならない限り、再稼働を認めるしかない」
透析患者らでつくるNPO法人「兵庫県腎友会」(神戸市中央区)の会長、森利孝さん(70)=小野市=も「患者は透析を受けられないと命に関わる。再稼働が停電回避につながるのなら、立場上、反対とは言えない」と漏らす。一方で、自身は長崎の原爆で被爆し、母や兄をがんや白血病で亡くした。「放射線を浴びれば長く苦しみ、影響を心配し続けなければならない現実を身をもって知っている。将来的には原発廃止を」と話した。
「賛成とも反対とも言えない」。兵庫県中小企業団体中央会会長で建設資材製造会社経営の中村孝さん(71)=尼崎市=は複雑な表情だ。「中小企業にとって電力は命綱。原発以外のエネルギーで賄うに越したことはないが、すぐには無理。福島の教訓を生かし、事故のないように稼働せざるを得ない」と語った。
神戸市東灘区の総菜メーカー、ロック・フィールド社長で神戸商工会議所副会頭の岩田弘三さん(71)は「原発の再稼働問題では野田首相の姿勢はぶれていない。電力不足の幅が緩和されれば経済活動に専念できる」と評価する。一方で「節電の努力は本来あるべき姿。再稼働しようがしまいが続けたい」とも話した。