こんなありえないロンドンが好き | おいしく、楽しく、美しく!

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自分らしく豊かに生きる。心と身体の調律
Private Salon
Le Papillon Bleu





かっこよさとダイナミズムと伝統とありえなさに溢れる。そんなロンドンが好きです。





いろんな意味で、ちっちゃくなくて、懐が大きいというか。


たまたま隣に座っただけの他人同士がまるで友達かのようにふつうに話してたり

いろんななまりの英語が溢れ返ってて、いろんな国の人がいろんな言語をしゃべってて(ピカデリー線とかたまに英語以外の複数言語しか聞こえてこなくて「ここどこやねん」ってなる)

細かいことなんか誰も気にしてなくて


たとえば電車のなかで

おもむろにバッグからパンプスを取り出し履き替えてる女性がいて

よく見たらそれまで履いてた靴を、そのまま中に直接つっこんでたり(=化粧ポーチやらストールが入ってる中にそのまま)


てか気にしてなさすぎやろ!爆 どういう衛生観念


*この手の目撃談はめずらしくない


この前は向かいの席の男子が、足元の床にポテチ袋とドリンクを置いて、音楽聴きながらリラックスした様子で飲んでは缶を足元に置き、ポテチ食べてはまた足元に置き… 

マイペースに電車の床をテーブル使いしてた。笑


バスに乗ってたら車掌さんがしれっと

「このバスはXX(もともとの目的地)にはもう行きません。○○に行くのでXXに行きたい人は次で降りて乗換えてください」

いつの間にか行き先が変わってる

とかね・・  

理由を告げることも、まして悪びれることもなくさらりとです。 むしろ気持ちいいわ!笑

(みんな、 はあー やれやれ って感じで降りる)

ちなみに地下鉄でこれが起こったこともあります。

価値観ひろがります。





イギリスの鰻料理にも表れてた通り、目を疑うイギリス人のざっくり感はちょっとツボで

あー もう。 ということがあっても、

スケールの小さいことでいらっとする世界ではないんだここは。と思います。

(まちがっても日本の効率性やプロの責任感を求めてはいけない)


たとえば、ある日うちの玄関の門があっさり倒れたのですが(それもどうかと思う)

直しにきた職人さんが毎回「あれが足りない/部品がちがうかった/サイズがちがうかった/型がちがうかった/天気が悪かった/娘の誕生日だった(え。)」etc etc etc で半年経った今まだ直ってないとか。笑

(ちなみにごくシンプルな小さな門)

面白くなってきて一体いつ直るのか楽しみに見守っています。。今年中にはなんとか・・

(ちなみに倒れたのは去年11月)

そもそも遊びにきた友人が帰りに閉めたらあっさり倒れたっていう。笑


寝てたら天井落ちてきた人の話きいたことあるし(お芝居の真っ最中のアポロシアターでもありましたね)

ありえないと思っていたことがありえる不思議の国イギリス!笑


かと思えば地下鉄で、いまどきのお兄ちゃんがおばちゃんに普通に席ゆずってたり。これは頻繁に自然に行われてるのでいかに普通のことかが伝わってきます。


いろんな人種、宗教、価値観があふれてるロンドンでは、そもそも何が「あり」かというのもオープンにならざるを得ない

そういうダイナミズムのなかにいると、より自分もオープンになる気がする。日本人のもつ繊細さを大切にしつつ、ちいさなことに囚われない寛容さも育てていきたいな~




オペラなので天井桟敷から


この一週間、めずらしく来客が3回もあってクレープやお寿司を一緒に作ったり、めずらしくオペラ(La Traviata )を観に行ったり、日本から旅行中の友人と気になるお店にいったり

プラスいつものバレエにフランス語に…と時間に追われてました。


プラハのことも書きたいんだけど、今日はじわじわ刺さってくるロンドンの魅力、おもしろすぎるイギリス人 の第二弾でした。(写真はV&A美術館と、Royal Opera House)




バレエのあとテムズを渡ってサウスバンクへ


もうすこしで、ロンドンに住みはじめて2年。

はじめの頃の「わー ロンドンー!」(興奮)にくわえて、奥底から沸きあがるなんともいえない愛しさを感じます。自分の一部みたいなかんじなのかなあ。


渡英して一年になりました (去年6月)

一周年のプレゼント


今年はどうやって祝おうかな。ブヒ


この夏は毎月ロンドンに遊びにくる友人がいるので今から楽しみにしていますぶーぶー