
アテネマラソン完走後に乾杯した、パルテノン神殿のあるアクロポリスの丘麓のカフェ。
わたしはアテネでみんながよく飲んでいた冷たいカフェを。ネスカフェにミルクを混ぜてすこし甘くしたような感じのです。


なにかもわからない遺跡が目の前にふつうにあって
そこで猫がまったりしてて


(あ?)
国が変わっても見かける猫ってどこもあまり変わらない気がする・・人はこんなに違うのにふしぎだ。
アテネはそのへんでぶらぶらしてる犬も猫もみんな楽しそうでした。人生エンジョイしてる感があって。動物も人間も、みんな仲良くみどりに囲まれて、気持ちよく暮らしてるような、そんな印象。

が、がーちゃん!!!(笑)
この「上からみた感じ」が、亡くなる前の帰省で、実家の玄関で「なになに?」と覗いてる姿(3枚目)と一緒で、泣きそうになりました。がーちゃんの写真はあれがいちばん好きでロンドンの部屋にも飾ってるんです。(ちなみに友人に「あのがーちゃん、y/modeさんと似てる」と言われたことがある。笑)
わたしの手足をロックしてくる(こんなことに・・ 2009年5月 )甘えん坊さんでした。天国でたのしくやってるかなあ。ふふふ

見上げるとアクロポリスの丘
さよなら、おじいちゃん のコリンズさんとお別れしてきました。葬儀の日がフォトレッスンの日・・と判明した数時間後に、するするっと行けることになってびっくりでした。後で判明したのですが、おじいちゃんと、私と、生徒さんと、ご縁があってまたまたびっくり。生きてると面白いこといっぱいあるなあ。
教会では、息がとまりそうに美しいシューベルト Litany for All Souls Day が流れていました。おじいちゃんが大好きだったそうです。号泣でした。(親族よりも泣いてたわたし)
一度会っただけだし、特にお世話になったとも言いがたいし、なんでこんな悲しいのか、やっぱり不思議だった。
そしたら、その後の地元パブでのレセプションでうれしい出会いがあって、帰り道には「わたし、この街に住んでるって感じがする!」なんて超ハッピーで、心がぽっかぽかしてた。そうか、おじいちゃんは、亡くなってから私にプレゼントをくれたんだ。
そういうことだったんだ。
順番は、いろいろあるってことに、気づきました。
人は、死んでからも人の心に生き続けたり、誰かにプレゼントしたりできるんですね。素敵。人生って思ってるよりもっと壮大かも、とうれしくなった出来事。
わたしも生きてる間もだけど死んでからでも誰かを喜ばしたりプレゼントできる人でありたいなあ。なんていうか・・ロマンを感じる。
(↑ あ、ピンピンしてるので大丈夫ですよ!笑 治療の件は、検査の結果もいいかんじで流れからして最高のシナリオで進みそうです。もうわたし、イギリスにどれだけ良くしてもらってるんだろうと感謝の日々です)
葬儀でも、「彼は現世での生は終えましたが、彼があなたに与えてくれたものは、ずっとあなたの中で生き続けます」という言葉がありました。
与えてもらったものは、あとで気づくことも、あとで繋がることもある。
気づける自分でいたいな。
生きるってこと(2012年12月:泣いたり笑ったり、いろんな方向に感情が振れた一日。谷川俊太郎さんの詩、Jobsが語った死、「あなたの人生です」のリマインドも)

夜のアクロポリスの丘
* パルテノン神殿はこの奥。丘からの景色は「思うは招く」の記事にて。神殿もまたあらためて!
~
ハネムーン前の両親をかこんだフォトがでてきたので、祖母からのもらったものに追加しました。
おばあちゃんからもらった何よりものプレゼントは、わたしのお母さんだと気づきました。
考えてみたら当たり前のことなんですけどね。
おかあさんを産んで育ててくれてありがとうと思ったことはなかった。ありがとうおばあちゃん♡

(ね、エンジョイしてるでしょ。笑)