六甲アイランド美術館210227 | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

先日の続き。

 

小磯記念美術館から南へ徒歩10分。神戸ゆかりの美術館に到着。

 

 

花森安治「暮しの手帖」の絵と神戸を見ました。花森安治(1911-1978)は朝ドラ「とと姉ちゃん(2016)」で、唐沢寿明演じる花山伊佐夫役のモデルになった人物です。



明治44年(1911)神戸生まれ。第三中学(現・長田高校)から旧制松江高校を経て東京帝国大学を卒業。戦中は満州に出兵したが病気のために除隊し、帰国後は大政翼賛会の仕事に関わったそう。

 

 

終戦の年の秋、大橋鎭子しずこ(1920-2013)氏と出会い、暮しの手帖社の初代編集長に就任。心筋梗塞で亡くなるまで、編集者・グラフィックデザイナー・ジャーナリスト・コピーライターとして「暮しの手帖」の制作に携わりました。



昭和23年(1948)9月、第1号創刊。当時の誌名は「美しい暮しの手帖」で、昭和28年(1953)12月の第22号から「暮しの手帖」に変更。



暮しの手帖の主な内容は、家庭婦人を対象としたファッションや飲食物/料理、各種商品テスト、医療/健康関連の記事や、様々な連載記事や読者投稿欄など。


 

創刊以来、年4回の発行であったが、昭和43年(1968)から年6回の発行に変更。100号を1世紀し、花森氏が携わったのは2世紀53号まで。展示室には、そこまでの表紙絵や誌面がずらりと並んでいました。


 

誌面拡大パネルには、民藝運動家の柳宗悦むねよし、版画家の棟方志功、洋画家の猪熊弦一郎、服飾デザイナーの田中千代などの連載も登場。

 

 

息抜きに日本紀行シリーズもあったりして、誌面拡大パネルの記事をまともに読んでいると、丸一日を費やしてしまいそうなボリュームでした。

 

 

面白かったのが、花森氏が撮影した神戸港の映像。確か昭和40年(1965)頃の映像だったかな?阪神・淡路大震災前の風景で、懐しかったです。

 

 

「暮しの手帖」は現在も続いていて、1月25日(月)に第5世紀10号が発売されたそう。もっと規模の大きい美術館だったら、最新号までの歩み、今後の課題など未来へつながる話まで続くでしょう。

 

 

神戸ファッション美術館では「こわくて、たのしいスイスの絵本展」を開催中。チラシのかわいい絵に惹かれて入館。3人の絵本作家の原画を見ました。

 

 

画家であり美術教師であったフェリックス・ホフマン(1911-1975)。第2次世界対戦中兵役に出たのをきっかけに、子供達に寂しい思いをさせないために絵本を書き始めたとか。「狼と7匹の子山羊(1957)」は、三女のために書いたものだそう。

 

 

エルンスト・クライドルフ(1863-1956)は、生活費を稼ぎながらミュンヘンの美術学校で商業デザインや絵を学んだ苦学生。学生時代にバイエルンの山中で長い療養生活を送り、その時に触れた自然が、処女作「花のメルヘン(1898)」に大きな影響を与えたそう。

 

 

ハンス・フィッシャー(1909-1958)は、スイスの国民的画家。ジュネーブの美術学校で装飾画を、チューリッヒの芸術学校で版画を学んでいます。主な作品に「子猫のぴっち(1948)」「ブレーメンの音楽隊(1940年頃)」などがあります。1947年から10年間、壁画の制作に取り組み、チューリッヒやベルンの小学校、官庁、空港などに多くの作品を残しました。

 

 

ここで一つ疑問が。「狼と7匹の子山羊」とか「ブレーメンの音楽隊」って、グリム童話じゃなかったっけ?そもそもスイス絵本ってグリム童話のパロディーが多いのでしょうか?

 

 

絵本展あるあるですが、子供の泣き声がうるさくて、もうひとつ集中できませんでした。

 

 

どれも小さな美術館とは言え、同じ日に3館まとめて周るのは疲れます。まあ、スイスの絵本展は花森安治展のついでだったので、見なくても良かったかな?

 

 

リバーモールはチューリップの名所。また近いうちに訪問しようと思ってます。