宮水発祥の地 | 散策日記Ⅰ

散策日記Ⅰ

美術館&博物館で開催された展覧会の記録、それにまつわる散策記です。

白鷹禄水苑から10分ほど歩くと、宮水井戸喜一があります。

 灘五郷の草分けとして辰屋が酒造業を開始したのは1662年。徳川4代将軍家嗣の治世で、政治経済の基盤がようやく整いかけた頃のことでした。

 初代吉左衛門が、神託により西宮の邸内に井戸を掘ったところ、清らかで甘い水(後の「宮水」)が沸き出ました。この良水を用いて酒造りを始め、江戸中期には灘酒の人気の高まりと共に、「白鹿」は灘の名酒として不動の地位を確立することが出来ました。

 

道を隔てて宮水庭園があります。後ろの建物は、白鹿の宮水井です。

 

同じ敷地内に大関の宮水井もありました。

 初代大坂屋長兵衛が今津の地で酒造業を開始したのは1711年。元禄文化が幕を閉じた頃のことでした。その当時の酒銘は「万両」でしたが、1885年の商標条例施行を機に「大関」と商標を変えました。

 「今津の灯台」と呼ばれている今津港の常夜灯は、廻船業も営んだ5代目大坂屋長兵衛が、航海安全を祈る気持ちから1810年に私費を投じて建立したものです。

 

すぐ近くに宮水発祥の地碑があります。

 宮水は、戎・札場筋・法安寺の3つの伏流水(地下水の強い流れ)が宮水地帯でブレンドされてできています。このブレンドの結果、宮水の成分は次のような特徴があります。

  • リン成分が約10倍量と特異的に多い
  • カリウム、カルシウム成分が多い
  • 鉄分が極めて少ない
  • 塩分を適度に含む

 

北へ数分歩くと、沢の鶴の宮水井がありました。フェンス越しから撮った写真です。

 

阪神西宮駅へ向かう途中、鯉のぼりを見ました。暦の上では夏です。