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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

今回は価値観について考えてみたいと思います。随分以前の事ですが、価値観について考えたことがありました。あの時は「自分の信条のようなモノ」として、物事を考えたり選択したりするうえでの自分なりの基準というような意味での価値観でした。今回は「仕事の価値観」ということで、仕事をするうえでの判断や選択を考える時の基準のような意味で考えてみたいと思います。

仕事の価値観は「仕事をする上で大切にしたい自分の考え方や思い、信念、判断基準など」、人によっては「仕事に求める自分のやりがい」かもしれませんが、「仕事観」と呼んでもよいものです。あまりそのような事を考えた経験が無い人もいると思いますが、考えておいて損は無いようですね。自分が気持ちよく働くうえで大事にしたいことですから、曖昧な状態の人も整理しておいた方が良いでしょう。

なぜなら、仕事の価値観は「なぜ(自分は)働くのか」といった自分への問いや、「仕事に求めるモノは何か」の問いに対する自分の答えに当たるものですから。おそらく、「やりがい」や「収入」、「生活の安定」、「ワークライフバランス」等々の言葉が出て来るんじゃないでしょうか。また、出てきた言葉が他の人と同じであったとしても、その優先順位は違ってくると思います。これはその人の経験や置かれた環境によって形づくられていきますので、職場環境やそこでの人間関係、就業の状況などに影響も受けるでしょう。また、これらが異動や転職によって変化すると、その人の価値観も変化する可能性があると思います。ただ、この価値観はその人らしいキャリアの選択や充実感を得るための根幹となるものですね。

仕事の価値観を明確にすれば自分らしい働き方が出来るという事は分かったとして、それをどのように役立てたらよいかも知っておく必要があります。

例えば就職の時に行なう企業訪問がありますが、どの会社に就職するかを考えると、ここで望まない企業への訪問はしないでしょう。自分に合った企業を選びたいところです。そのためにも、なんとしても企業と自分とのミスマッチは防がなければなりません。その企業に求められる人材、その企業が行なっている業務、社風なども含めて考えるなら、自分の仕事に対する価値観が明確なほど探しやすくなりますよね。

また、仕事をする上でのモチベーションや前向きな姿勢の維持と向上を図る場合も、自分の仕事に対する価値観が明確な方が取り組みやすいと思います。そして、納得感のあるキャリアの形成(さらにはストレスの軽減)にも必要です。このように自分の軸を定めることによって就活や転職における意思決定も迅速になり、同じ職場への長期的な定着や自分自身の満足度の向上を実現できます。結局、この辺りが仕事の価値観の目的でもあるんですね。

さて、ここまで書いてきてフト思ったのですが、仕事の価値観によるデメリットって何も無いのでしょうか。何事にもメリットがあればデメリットもありますから、仕事の価値観だって同じじゃないかという疑問が生じます。じつを言うと、デメリットも無いわけではありません。なぜって、自分らしい働き方をしたいのは当然だと思いますが、それが他の人に負担をかけることにならないとも限らないからです。自分の負担を軽くするために他の人の負担が増えたのでは何にもなりません。根本的に仕事の方法を変えたとしても、はたして解決するかどうかは別の話です。

自分の「仕事の価値観」に固執しすぎると、振りかざすと言った方がよいかもしれませんが、そんな事をすると他者や職場との衝突を招きかねません。自分の事ばかり主張して押し通すなんてことをすれば周囲の人に迷惑をかけることにもなります。また、皆がそれをやり始めると収拾がつかなくなります。お互いに柔軟性を欠くデメリットが出て来るんですね。ですから、他の人との兼ね合いも考えながら、「調整しながら相談のうえ」という事に落ち着くのではないかと思います。

仕事の価値観を主張し過ぎることで生じるデメリット、あるいはリスクは「他者との衝突」や「職場環境の悪化」だけではありません。それによって生じる「人間関係の悪化」も出て来ます。自分の価値観を他者に強要(?)することによって周囲との対立が生じるでしょう。そうなると、仕事上の円滑な協力体制が築けなくなります。これは業績に影響しますよね、もちろん、良い方への影響ではありません。

また、自分の仕事の価値観を大事にしすぎると、物事を考えるうえでの柔軟性にも影響が出ます、これも低下する方に。これは個人の範囲にとどまるかもしれませんが、「こうあるべき」という所まで固定観念が強すぎるようになると、何らかの理由で生じる「予期せぬ環境の変化」が起きた時など、柔軟な対応が出来なくなるかもしれません。考え方が固定化した仕事観に凝り固まってしまうと、新しい視点を受け入れられなくなる事も出て来るでしょう。こうなると、個人の範囲では済まなくなります。

また、仕事の 価値観はそれぞれの人の内面的なものですから、それぞれが自分自身で理解するまででも時間がかかる場合があります。そのうえ、言語化が難しいという点があります。ですから、職場と、あるいは他の人とのコミュニケーションで明確化することが難しいことも、デメリットの一つとして良いでしょう。また、それに伴って仕事が中断するようなことでもあれば、それにかかる時間的コストも考える必要が出て来ます。

加えて、それぞれが自分の価値観を大事にするのは良いとしても、その度が過ぎると、会社の方針と合わなくなるんじゃないかな。そうすると、その大きなギャップなどに不満を抱えやすくなるかもしれません。どこかで割り切る事が出来ればよいのですが、そうならない場合は(職場環境やその時の人間関係にもよりますが)、職場自体がストレスの温床になる場合だって出て来るかもしれません。

こういったデメリットや内に孕んだリスクもあります。仕事の価値観は大切ですが「伝家の宝刀」ではありませんので、必要に応じて許容範囲での譲歩もしていただく必要に迫られることがあるでしょう。そのうえでの自己実現という事も、考えておいていただければと思います。


 

 

今回は適性や適職について考えてみたいと思います。私個人としては、この二つの言葉はいずれも不思議な力のようなものを感じます。魅かれるところがあるのですが、その一方で言葉に振り回されている自分もいる、そんな気がしているんです。

適性という言葉はどのような仕事に就くかを考える時に頻繁に出て来ますね。「適性がある」といえば、すなわち「自分に合っている」という意味に捉えて、ちょっとうれしくなりますよね。反対に「適性が無い」といえば、「(自分に)向いていない、合っていない」という意味になります。ただし、これは本人の好き嫌いとは別の軸です。時々「好きだけど向いていない」とか「適しているようだけれども好きになれない」といったことが起きますが、こんなケースは稀でしょう。たいていの場合は「好きだし向いている」と、およそ一致している事が多いようです。

適性って自分ではなかなか分かりません。しかし、だからといって放置するわけにもいきませんね。なんとかして自分の適性を見つけないと、多くの例でこれから仕事に就こうというタイミングでしょうから、どうにかしてでも知る必要があります。そうしないと、後々長い年月過ごすことになる自分の生活に大きな影響が出て来ますから。では、どうやって調べるのでしょうか。

インターネットで検索してみると、適性の調べ方についての情報がいろいろと出て来ます。多くは就職を支援する企業や団体によるものですが、こういったサイトを利用して自分の適性を調べるという方法がやり易そうですね。そうして自分の向き不向きを考慮しながら、自分の好きや嫌いも踏まえて、どんな仕事にするかを考えていくというのが無難な方法じゃないかと思います。

適性が問題になるのは、つまるところ「仕事」を選ぶからでしょう。適性とは仕事の内容や自分の役割りときちんとこなすために必要な能力や資質、性格といったところでしょう。能力については仕事を始めた後から身につくものもたくさんありますので、最初から必要なモノとは限りません。しかし、その人の性格や資質は最初から身についています。これを外して適性を考えることは出来ないでしょうから、これは将来身につける能力が自分に向いているかどうかの判断材料にすれば良いのではないでしょうか。

適性には別の面もあるようです。調べてみると、職務適応や職場適応といった言葉が出て来ました。職務適応というのは、その人が仕事に馴染んでこなしていけるかどうか、後から身につけていく技術や能力も含むようです。職場適応の方はその人の性格や行動特性といった側面があるという事でした。これらは当人が仕事にキチンと出来るか、いろいろな仕事のやり方を身につける事が出来そうか、同僚や取引先などの人たちと上手くやっていけるかどうか、そういったことを企業側も知っておきたいという事でしょう。

適性を調べて仕事に就くという事は、どこかの企業や団体に入って組織の一人になることですね。今度は職場の問題も考えておかなければなりません。いくら仕事に対して適性があるといっても、職場に対しての相性がどうなのか、これは大きな問題です。周囲の同僚となる人たちとどうしても馴染めない、そりの合わない人がいてツラい、そんな事はどうしても出て来ると思います。これも先ほど挙げた適性の一つ、職場適応ということでしょう。

何が一番大きな要因になるかを考えると、おそらく人間関係に行き着くのでしょうね。これはいつの時代も変わらず組織が抱える大きな問題です。これによって上がるはずのパフォーマンスが下がってしまったり、上げようとする業績を停滞させる要因に事欠かなかったり、本来なら大変な問題に発展しておかしくないのですが、なかなか出て来ませんね。代わりに、いつの時代も変わらずにずっとくすぶり続けています。

原因を探ってみると、多くの場合は何らかのコミュニケーション上のトラブルに行き着きますが、それがすべてではないようです。中にはマウンティングや価値観の不一致等も原因の一つとして挙げる事が出来ると思います。ひどい場合は嫉妬や妬み、そねみといったような、こちらではどうしようもない理由が原因という事も無いわけではありません。

これらは個人間の問題が多いようですが、中には組織全体の問題もあるようです。ですから、どうしても職場(多くの場合は部署)に適応出来なければ、その人は退職して逃げ出すことになる可能性もあります。経営陣にとって、部署の起爆剤的な立ち位置を期待して誰かを配属したとしても、おそらく手腕は期待してもその人のメンタルの情報までは持ち合わせていたかどうかは怪しいでしょう。

こんなツラい職場は滅多に無い事を期待しますが、職場適応の重要な要素の一つとして「コミュニケーション能力」が挙がっています。ここに不安がある人は、少しずつでも高めていくような努力が必要になるんじゃないかな。

他にも、自分の感情がコントロールできればストレスコントロールは可能になるでしょう。また、自分の強みや弱みを客観視出来れば、伸び代は大きくなる可能性があります。自己成長のための振り返りができれば、人間関係にも応用できるんじゃないでしょうか。そこから、ストレス軽減に繋げることも出来そうに思えてきます。そのうえでコミュニケーションスキルが加われば、人間関係も改善の可能性は高まると思います。

せっかく適性を調べて適職と思う場所を選んだのであれば、長く続けられた方が良いのは明らかです(待遇面などの条件にもよりますが)。感情もコミュニケーションスキルも、ストレスコントローだって、後から身につけていく事が出来ますので、適性や適職について前向きに考えてみてはいかがでしょうか。


 

 

ここ何回か「やりたいこと」について書いてきましたが、大詰めになってきました。そろそろ何にするかを決めなければなりません。ということで、今回は「やりたいことをどうやって決めるか」というタイトルにしました。人は誰でも、自分がやりたいことを自分で決めなければなりません。誰かが提供してくれるわけではありませんから・・・。

少なくとも、「やりたいこと」ですから、これは自分事のはずです。自分で責任をもって決めなくては、ねぇ。ただ、自分事のはずなのに、誰かに頼って責任をもって決めてもらおうとする人がいるようなんですね。そんな事を企みながら、都合が悪くなれば「自分で決めたわけじゃないから・・・」と、誰かに責任を転嫁する言い訳を出して来る、そんな人もいるんです。でもね、他人が決めたことに従うと決めたのは当の自分です。同意したのですから、その人に責任があるんじゃないですか? 

それでは、「どのようにして決めていくのか、どうやって絞っていけばいいのか」の話ですね。今までの事も振り返りながら、それも含めて考えていきたいと思います。

先ず、「自分が何をしたいのか」を知らなければなりません。しかし、最初からして「分からない」という人もいます。だったら、子供の頃にまでさかのぼって、どんなことをしている時に楽しかったか、時間を忘れて遊んでいたかなどを振り返るところから始めてみてはどうですか。先ずは「自分を知る」ことですね。

「やりたいこと」が分からない、ピンと来ないという人の場合、「やりたくない事」はどうでしょうか。ハッキリと「これはやりたくない」と言えるモノはありますか。これを先に考えておくことも、じつは大事な事なんです。これを排除するだけでも、かなり「やりたいこと」に近づけますから。

やりたくないことが分かったら、これを除いたうえで「やりたいこと」探しに全力で取り組みましょう。自分の事を知るために、自分を分析してみましょう。先に「子供の頃~」と書きましたが、それ以後の事でも構いません。何をしている時に楽しいと感じますか、どんなことだと時間を忘れて没頭できますか、何に興味がありますか、どんな事ならできますか、さほど苦労しなくても出来ることはありますか、嫌いじゃないけれどもうまく出来なかった事はありますか、などなど、いろいろと振返ってみてください。そこから何かヒントが見つかるかもしれませんよ。

また、自分は「これだけは絶対に譲れない」というものはありますか。あるいは「これは曲げられない」という信条のようなものはありますか。これらはその人が大切にしたいこと、価値観といってよいものです。これは物事を決めるうえで、大事にしなければならないものですね。価値観に合わなければ何をやっても楽しいとは感じませんから。

ここまでで、「やりたいこと」がけっこう絞れてきたのではないでしょうか。まだ漠然として掴みどころが無いようでしたら、もう一度振り返るところからやりなしてみてはどうでしょう。今度は例えば「切り口」の捉え方を変えてみるとか、それぞれで出てきたモノの理由やその頃の状況まで考えてみるとか。そうやって精度を上げてみてはどうでしょうか。

ある程度絞る事が出来たら、この後にすることは「実践」です。実際にここまでで出てきたことについて、興味を持ったものがあれば、軽くでも構わないのでかじってみる、体験してみるといった直接の行動を起こしてみてはどうでしょうか。ボランティアでも良し、アルバイトでも良し、体験講座があるならそこに参加してみるのも良いと思います。本決めでなくてもよいのでリスクはあまり考えなくてよいでしょう。ちょっと体験してみる、軽く挑戦してみる、そんな行動を起こすことによって、今まで見えていなかった側面や知らなかった一面を知る事にもつながります。これは何も対象とする「やりたいこと」についてばかりではありません。自分自身についても、「こんな一面が自分にもあったのか」という新たな自分を発見できるかもしれません。

こういった事を繰り返しているうちに、「やりたいこと」もそうですが、「できること」が増えていくんじゃないでしょうか。ラクにできることって、じつはなかなか無い話なんですよ。たいていの事は練習して技術を磨いて、何度も練習を繰り返して上達していきますよね。にもかかわらず、さほど苦労しなくても出来てしまうと言う人も、中に入るんです。その「ラクにできる事」は人によって違います。しかし、一つでもそのような事があれば大きな自信につながると思いませんか。まして、それが他人はけっこう苦労して身につけたのに、自分はラクに、またはさほど苦労せずに出来るようになったことがあるなら、それはその人の特技かもしれませんし、才能があるのかもしれません。もしそうなら、その事実を大切にしていただくと良いと思います。

「やりたいこと」を決める場面って、一生の中ではごく限られた時にしか出会わない体験だと思います。しかし、そのタイミングは同時に、その先の一生の進路を決める場面でもあるでしょう。そうなると、どうしても慎重になってしまいます。しかし、慎重になり過ぎたり考えすぎたりすると、かえって動けなくなります。何も出来なくなって時間だけが過ぎていく、そうなったら焦りや悲しい気持ちしか残りません。いずれ、どこかで決めなければならない事です。最初から完全無欠を目指す必要なんてありませんので、まずは実践の段階で体験するところから始めてみてはどうでしょうか。

もしも身近に相談できる人がいるなら、その人に相談してみるのも良いと思います。特に、自分ではなかなか自分のことが分かりませんので、客観的に他人の目から見た自分の姿を評価したコメントを聞くだけでも参考になります。ただし、代わりに決めてくれというのはダメですよ。