今回は3つの視点の5回目、個別に書き始めて2回目に当たります。今日のテーマは「何を学ぶか(学び)」です。これは「社会人基礎力」をベースにして自分の将来を展望するうえでの学びとして「何が必要か?」になるかということだと思いますが、ただ「何を学ぶか」とだけ尋ねられたなら「何を学びたいか?」になると思います。だとすれば、捉え方がちょっと違ってきそうです。
ただ単に「何を学ぶか」を考えるなら、最初に出て来る対象は「その時に強い関心を寄せているもの」でしょう。興味の対象と言い換えても良いと思います。中には「自分は生涯をかけてこの問題や対象について学びたい」というものがある人もいるでしょう。そういった人の場合なら、それが学びのテーマになるんじゃないでしょうか。
しかし、社会人基礎力の話を連続して書いてきた中での「3つの視点」の一つとして「何を学ぶか」と尋ねられたら、「自分がなりたい将来の姿」の影響が大きくなると思います。
前者は「自己実現(自分の将来)」の視点で考えていますので、「自分をどう満たすか」が重要になります。したがって、「内発的動機」を考えることになります。それに対して後者は「社会人基礎力」の視点で考えていますので、「組織や社会の課題をどう解決するか」、つまり「外発的ニーズ」の問いかけになります。
この文章は社会人基礎力の話に基づいて、その内容を考えて行くために書いていますので、個人的な話ではありません。したがって、組織の課題を解決するために「何を学ぶか」ということになります。
この時に必要なことは、周囲の状況や一緒に働く他者との関係性を考えることでしょう。個人の話であればプログラミングや語学などの「専門的な知識やスキル」を対象になりやすいでしょう。それに対して、社会人基礎力の視点で考えるならば、主体性や傾聴力など「どこでも通用するスキル」が必要になります。その評価も、自分が出来たと納得するのではなくて、周囲に好影響を与えられたか、課題を解決できたかという「他者からの評価」が基準になります。
こんな違いがあるんですね。ここで一つ、気になることが出て来ました。社会人教育や企業としての人材育成教育などは、その組織によってかなり温度差が大きいようだという事実です。「何を学ぶか」を考える以前に、その組織がどのような人材を求めているかすら明確ではない場合も多いように感じます。入職した時、それが新卒であっても中途採用であっても、その組織の沿革や理念、歴史などについて、一切知ることなく現場に放り込まれ、その現場も業務に関する作業マニュアルすら整備されていない状況という場合も非常に多いようです。にもかかわらず、即戦力を期待されている現状は、どうなっているのでしょうか。「人出不足なので補充した」としても、何が人出不足なのかが分からない例も数多く存在しています。そこで働く人たちの怠け癖を満たすための補充(?)と思ってしまう例すらあるようです。
こんな場合は、何を学べばよいのでしょうか。個人で考えて学びに取り組むとしても、仕事のスキルに関する学びと、自分のキャリアに関する学びが混在する可能性が高くなるんじゃないかと思います。そのような「一貫性の無い学び」って、役に立つんでしょうか。
このように書くと「場当たり的な状況での学びは役に立つのか」という疑問になってしまいますが、そもそも、人間ってラクをしたい生き物ですよね。しなくて済むならしたくない、何とかしてラクをしたいと考えてしまい勝ちです。組織の中にいても学びの機会が無い場合、多くの人は毎日の業務をこなすだけになってしまいます。そんな中で、もしも自分は何かを学ぶ必要があるんじゃないかと考えたり、興味の対象が現れたりするのであれば、その時点で自分のキャリアを考え直してみる良い機会かもしれません。
「一貫性がない」と感じているとすれば、どうしても「その場凌ぎ」という意識が付いて回りますが、じつは「変化への高い適応力」の表れだったり、「先見の明」のように先のことで何か感じ取って事前に動こうと思ったのかもしれません。一見すると脈絡が無いように感じるかもしれませんが、じつは「自分が腕を振るえる場所、土俵」をいくつも作っていたのかもしれません。
社会人になると、どうしても誰かの土俵で仕事をすることになります。組織という土俵もあれば、誰かが先んじて身につけたスキルを振りかざしてくる場所で協働作業を行なったり、結局のところ、自分の場所(ホームグランド)ではない「どこか」で仕事をすることになって、充分に腕を振るう事が出来ない窮屈な思いをしているとしたら、これはなんとかする必要がありますよね。
それならば場所は自分の責任で作らなければなりません、誰も代わりに作って用意なんてしてくれませんから。それが自分の守備範囲とは多少なりとも異なる分野の知識を学ぶことになったとしても、「仕事の必要性」よりも「自分の仕事に転用、応用」や「刺激」として捉えるなら、頑張れるんじゃないでしょうか。そのうえで自分のキャリアを意識して、自分が伸びたい方向を決めても良いと思います。
終身雇用制を期待できない世の中になってきていますので、もはや組織は護ってくれないと覚悟した方が良いと思います。それならば、自分の責任で越境してでも学ぶモノを考えて、「自律型のキャリア」を積み上げればよいと思います。むしろ、この考え方や実践力って、現代では非常に重視されているようですから。
そして、一つ一ついろいろな学びを身につけていって、それを結び合わせていく(点と点を繋いでいく)事が出来れば、それまでに積み上げてきた過去のバラバラだった学びが、人生の後半において思わぬ形で結びつき、独自の知恵に変わる時期が来るんじゃないかと期待が持てます。
社会人基礎力の話は、組織の中での自分の生かし方につながるものだと思います。「組織」として考えるなら、何も仕事や会社、業界といった枠の中でしか通用しないモノではありません。現役時代が終わった人ならば、地域を含めた社会の中での生きかたを考えるうえでも有用でなければならないと思います。なぜなら、「社会人~」と銘打っているくらいですから。
人生100年時代と言われて久しくなりましたが、一度それぞれの人が「社会人基礎力」の捉え直しをしてみてはどうでしょうか。社会人基礎力って、本来はコミュニティの中で必要とされる人物になるための指針のようなモノですが、何も仕事に限ったことではないと思います。「社会やいろいろなコミュニティとつながり続けるための力」として、捉え直してみてはどうでしょうか。そうすれば、社会人基礎力も自分に合うようにカスタマイズが可能なんじゃないでしょうか。
社会人基礎力の3つの能力を駆使して、興味を持ったら自分から主体的に参加してみてはどうでしょうか。「前に踏み出す力」ですね。地域社会や趣味の集まり、あるいはボランティアなど、自分が興味あるコミュニティを選んで、そこで他者との交流を図ることができれば、後半の人生が充実したものになりそうですね。
また、「チームで働く力」という能力もありました。現役の頃の「組織人」とはまた違った繋がり方が出来るんじゃないでしょうか。会社勤めの頃とは違った、お互いにフラットな人間関係の中で他者の意見を「傾聴」することを通して他者の考え方を知ることも、学びになると思います。そして、コミュニティのメンバーの一人として会社勤めの頃に身につけたモノを応用して「協働する力」として機能させる事も可能じゃないでしょうか。


