サポートライター みけ の独り言 -2ページ目

サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

今回も「12の要素以外」の内容で、「メタ認知能力」を取り上げます。最近、この言葉も頻繁に耳にするようになったと思いませんか。調べてみると、この言葉(と言うよりも能力)は社会人として、仕事をする人にとっては欠かせない能力として考えられるようになってきているようです。ピンと来ない人がいるかもしれませんので、先ずは「メタ認知能力ってなんだ?」と言うところから書いていきます。

メタ認知能力というのは、自分の思考や感情、行動について、つまり自分のすべてに対して、「もう一人の自分」が冷静に、かつ客観的に見つめることによって、自分自身をコントロールする能力のことです。

自分の認知、例えば考える、感じる、記憶するなどの活動を、上位の次元から客観視して冷静に判断することができると、冷静な自分が状況を見て判断することで、より確実な答えに辿り着く事が可能になると思いませんか。実際に、自分が冷静になれば状況を少し離れたところから見渡す事が出来ます。トラブルなどに対して俯瞰してみる事が出来れば、問題の解決策はもちろんの事、自分でも持て余すかもしれない感情をコントロールしたり、自己成長のための判断を下す事も可能になるでしょう。仕事に関する事であれば、業務遂行上に必要な対人関係も、円滑に構築することが可能になります。そのような場面で役立つ、現代のビジネス環境や教育現場での重要なスキルとして捉えられている能力です。

認知と言う言葉の意味は、「心理学や日常生活において、外界の情報を知覚、理解、判断する心のはたらき」の事を指します。五感で感じ取った(といっても、視覚か聴覚がほとんどだと思いますが)、あるいは入ってきた情報について、自分の経験や知識に基づいてその内容を理解し、解釈、そして判断する一連の過程のことですね。この認知の中には、「知覚、記憶、思考、推論」などが含まれるとのことです。

ちょっと気になるのは、「認識」というよく似た言葉がありますよね。認知と比べて、どういった違いがあるのでしょうか。認知と言った場合は、「知っているか、存在を認めているか(表面的な把握)」といった程度のことを指します。「気付いた」と言ったくらいのところでしょうか。これに対して認識といった場合は、「どう理解しているか、どう捉えているか(意味づけを伴う深い把握)」を指します。認知と比べると、より深い気付きですね。

もう一つ、メタ(meta)と言う言葉がありますが、これはギリシャ語由来の「〜を超えた」「高次の」という意味を持つ言葉です。「対象を一段上の視点から客観的に見る(俯瞰する)」、そんな状態を指す時に使う言葉なんです。つまり、一言で言えば「自分自身を外から眺める」ことですね。

こういった事から「メタ認知」といった場合は、外から冷静に自分の言動を見つめるもう一人の自分が、本来の自分が行うその言動を分析や判断をする存在ということになります。もう一人の自分としての、少し高い位置から見下ろす存在ということですね。

この能力、何が良いかというと、メタ認知能力が高い人であれば自分を客観的に、冷静に、かつ俯瞰的に見る「もう一人の自分」がいる事になりますので、自分の感情を冷静に(冷徹に?)理解して、必要に応じて感情をコントロールする事が出来ます。そして、自分への理解が深まれば、より適切な判断ができます。その判断に基づいて行動ができれば、成果にも繋がりやすくなるんじゃないでしょうか。

なにか問題やトラブルが発生した時にも、冷静に対応策を見つける事が出来るでしょう。また、自分の短所を理解してそれを補い、同時に自身の長所を活かすことによって、問題の解決も効率的に行なう事が出来るでしょうし、自身の持続的な成長も捗る事になるでしょう。

反対に、メタ認知能力が低い人の場合はどうなるでしょうか。まず、自分を冷静に見る事の出来る「もう一人の自分」がいませんので、自分自身を客観的に、冷静に見つめることが困難になります。ということは、自分自身を客観的に認知する能力が不十分という事になりますね。何らかの思い込みが強かった場合、誤った方向に判断をしてしまう事が起きてしまうかもしれません。

また、その時の感情に任せた行動を取ることにもなりかねません。ということは、仕事に取り組んでも、その成果が不安定になる可能性が出て来ます。また、周囲の人にすれば「扱いにくい人物、気分屋」といった目で見られるかもしれません。こうなると、対人関係がうまく行かなくなりますので、相手も慎重な姿勢で接して来るでしょう。

相手の言動が変わって来るかもしれませんが、当人はもう一人の自分がいない分だけ相手の行動や質問の意図を汲み取ることに苦労する事にもなります。相手も慎重になってホンネやここだけの話、裏事情などを言わなくなるでしょう。そうなれば、余計に思い込みや感情による言動が増すことになって、状況の判断が次第に難しくなります。適切な判断が出来なくなれば、チームでの協働もうまく回らなくなり、相手の信頼を失ってしまうことも起きるでしょうね。

これは仕事をする上で、大きなマイナスポイントです。そう考えれば、メタ認知能力がビジネスマンにとって必須という事も頷けます。メタ認知能力が低いんじゃないかと思った人は、気付いた時点で「何とかして鍛えてでも伸ばしたい」、そんな思いに駆られるんじゃないでしょうか。

聞くところによると、メタ認知能力は小学校の高学年頃から中学生位にかけての時期に、急速に伸びると言う話も有ります。そして近年、学習意欲を高めるために「メタ認知」が重要だと学校教育でも注目を集めています。メタ認知が発達してくると、それまで一方的に自分の好きなことを好きなように話していた子が、「自分の話があまり相手に受け入れてもらっていないようだ」と気がつきだすのだとか。そして、話の内容や説明の仕方を変えるといった行動が見られるようになり始める、そんな傾向が出て来るのだそうです。

そして学習面では、自分の学習状況や進み具合を振り返る事が出来るようになり、自分が得意なことや苦手なこと、さらにはどのような方法で勉強するのが自分に合っているのかなどの判断や評価が自分で出来るようになっていくのだそうです。こうなってくると、社会人の基礎力云々なんて言っていられなくなるかもしれませんよ。

では、具体的にどうやってメタ認知能力を伸ばせばよいか、その方法が気になりますよね。ここまでちょっと長くなりましたので、続きは次回に致します。

 

 

今回は「謙虚さ」についての話を書こうと思います。何となく「謙虚である事」の意味は分かるのですが、言葉で説明しようとするとピンと来ない感じがするのは私だけでしょうか。

「謙虚さ」や「謙虚である事」って、どちらかというと美徳に数えられますよね。人とのつながりを持つ中で、「自分が、自分が・・・」といった出しゃばるような態度を示す人は周囲の人たちから敬遠されますので、多少なりとも控えめな態度が必要ですね。とくに、社会人に必要な資質としての「謙虚さ」を考えれば、これは必須、外せませんね。「謙虚」を「慢心することなく、素直に他者から学ぼうとする姿勢」と説明される事もあるようです。

もう少し詳しく調べてみると、「謙虚」とは控えめでつつましやかな態度や、自分の能力や功績を誇る事無く、他人の意見を素直に受け入れる様子を指す褒め言葉であるという説明も出て来ます。日本では、自惚れずに相手を敬う姿勢を指す言葉として、人間関係を深めるうえでの「人柄」や「成長する姿勢」を美徳として評価する時によく使われます。

「謙」という漢字が使われていますが、これは「自分を低くして相手を敬い、控えめな態度をとること」を意味します。日常的には謙虚、謙遜、謙譲といった言葉に使われ、控えめで驕らない心や振る舞いを指します。また、「謙る」と書いて「へりくだる」という動詞としても用いられます。このような漢字が用いられている言葉という点から考えても、控えめでつつましい態度を示す言葉が「謙虚」であると言えそうですね。

詳細な意味と特徴をもう一度確認しておきます。「謙虚」とは、その本質は「自分の実力を過信せず、常に学ぶ姿勢を持つこと」であり、特徴として「感謝を忘れない、聞き上手、自己分析ができている、非を認める」姿勢や態度であることが条件になるという事ですね。何よりも、その人を評価する言葉です。その褒め言葉として使われるときの意味は、「人間ができている」とか、「好感が持てる」というようなポジティブな評価として受け止められている、「謙虚」とはそのような言葉です。

さて、この「謙虚さ」を発揮するためには、自惚れない事、驕り高ぶる言動をせずに、むしろ控えめである事はもちろんの事、自分の能力や立場を誇らず慢心せず、素直な姿勢で他者や周囲の人の意見を尊重し、常に学ぼうとする態度、これらは必要な条件ですね。しかし、単にそれだけでは「謙虚さ」としてはまだ不十分です。

常に学ぼうとする姿勢は素直に知識を吸収しようという態度になりますし、他者の意見や考えを尊重して耳を傾ける姿勢は良好な人間関係を築き上げるためには欠かせません。このような自己成長の機会に対して、「学ぶ姿勢」をさらに一歩進めて「感謝する気持ち」にまで至る事や、他者の意見なども含めて自分の中に誤った知識や考えに気付いた時には、それを認めたうえで修正する柔軟さも必要です。これら全体をまとめ上げたものとしての「謙虚さ」に対してであれば、賞賛の評価は正当なものと言えるでしょう。

ここまでくると、「謙虚さ」は最早、「人格」と言ってもよいと思います。しかし、ビジネスの世界では、この「謙虚さ」も「スキル」として捉えているようです。ということは、訓練しだいで身につける事も磨く事も出来ると考えて良いんじゃないでしょうか。

では、どうやって自らを謙虚な人物に鍛え上げるか、その辺りが気になりませんか。

これも調べてみました。「謙虚さを持つ人材を育てる」という視点と、「自分が謙虚な人間になることを目指す」視点で書かれたものが出て来ました。どのような人物であっても、どのような立場であっても、先ずは自分からやってみるという姿勢は必要ですね。ということで、「自分が謙虚な人間になることを目指すためには、どのような方法があるのか」、この視点で続けます。

まず一つ目、心にゆとりを持つことでしょう。他の人の話を聞いて受け入れるためには、自分の心にゆとりがないと受け付ける事が出来ません。中には自分と全く異なる意見や考えの人も出て来ます。そういった人たちと意見を交わす度に衝突していては、話をしっかりと聞く事なんて出来ませんよね。

また、時には誰かの意見を聞きながらイライラすることだってあると思います。しかし、そういった感情を押し殺すのではなく、コントロールできるようにならなければなりません。そうでないと、相手の話を最後まで聞く事なんて出来ませんから。心にゆとりを持つためには、何事にも余裕をもって臨むことから始めてみませんか。例えば「時間に余裕をもって取り組む」といったことからでも良いと思います。

二つ目、心にゆとりが出来てくれば、そして自分の感情をある程度でもコントロールできるようになれば、他人の話をしっかりと最後まで聞く事も出来るようになります。この時、自分の自慢話や過去の話を持ち出すのは良いことではありません。また、相手の話を整理しながら、自分が勘違いをしていないか確かめながら聞く必要があります。頭ごなしに否定したり、自分の意見を押し付けたりするのも、良いことではありません。そのうえで、聞きっ放しではなく、必要に応じてアドバイスや話し合いを進めるが大切です。

三つ目、仕事上の話であれば、チームワークが重要になります。話し合いの場で自分の意見を通そうと画策したり他者の意見を非難したりしない事に加えて、相手を気遣う心をもつことが大切です。チームワークを大切にするとコミュニケーションが良くなりますので、風通しが良くなります。そうすると周囲の状況がよく見えるようになりますので、全体としての仕事のとりくみを円滑にすることができるようになるでしょう。

 

また、チームワークが良くなると情報共有や連携が活発になる事が期待できます。そうすると、生産性の向上や業務効率化にもつながりますので、仕事上の成果が出しやすくなるんじゃないでしょうか。

 

コミュニケーションが増えるならば、それぞれの人も話がしやすくなるでしょう。互いに感謝やお詫びのコメントをすぐに伝える事も、抵抗が少なくなるんじゃないでしょうか。もちろん、その時はお互いに対等であることが望ましいと思います。肩書上の上下関係はあるかもしれませんが、人としては対等でありたいものです。

その他にも謙虚になるために注意すると好い言動があると思いますが、これは皆さんも考えてみてはどうでしょうか。そして、自分が取り組みやすそうなところから始めてみるのも良いと思います。

謙虚であるためには「自己成長の穏やかな貪欲さ」と「前向きな姿勢」、「高い自己肯定感や自己信頼感」が求められそうですね。つまりは、「自分に自信を持つこと」、あるいは「自分を信頼すること」でしょう。

もしも自分にヘンなプライドがあると思ったら、ちょっと横に置いてみてはいかがでしょう。


 

 

今回も社会人基礎力には含まれていない言葉ですが、社会人としては必要ではないかと思える要素の一つを紹介します。「思いやり」というものですが、これは「相手を尊重し、理解しようとする気持ち」で、自分と誰かとの2者が存在している時に成り立つものですね。優しい気持ちというように感じますが、実際には「優しさ」とは少し違うようです。

一言でまとめてしまうと、「思いやり」は「行動」、「優しさ」は「心」といったところでしょうか。「思いやり」とは相手の立場に立ったうえでの気配りや行動を指しますので、「対人関係の具体的な姿勢」になります。したがって、相手の状態を察する、想像する必要がありますよね。

それに対して「優しさ」の場合はその人の性格や温厚な態度のような「内面的な感情や状態」を指します。こちら側の事ですから、自分の中で完結しています。つまり、対象になる人物がいなくても成立するんです。

こんな違いがあるのですが、社会人としての「思いやり」という事になるとどうでしょうか。当然、仕事が絡んできますよね。「社会人に必要な思いやり」と言った場合は、相手の立場や状況を想像したうえで、業務が円滑に進むように先回りして行動する、サポートと言った方が良いかもしれません。

もちろん、そうなってくると、対象となる「業務」は全体の業務の事もあれば、相手の業務の範囲という事もあるでしょう。「先回りして行動する」という場合も、先の業務がスムーズに流れるように状況を整えておく場合もあれば、可能な範囲で一部の業務を先に処理しておく場合もあるでしょう。どのような行動になるかはその時の状況で変わってくるでしょうし、その相手の人物によっても、その時の業務内容によっても変わって来ます。

社会人としての思いやりをビジネスの場で発揮するとすれば、位置づけとしては社会人の基礎力というよりも「(仕事をする上での)ビジネスマナーの根本」という事になりそうですね。マナーであれば(マナーでなくても)、相手(の仕事)を尊重する姿勢は絶対に必要です。特に、相手の立場に立って一緒に考えるという事は、どちらの都合にも関わりますが、何よりも成果の大きさに繋がります。協力し合うという事は、それほど大切なんですね。

この「相手」という人物は、自社の同僚ばかりではありません。取引先のように他社の担当者も含めて考えなければなりません。時々見かけるような、他社の社員を見下すような姿勢や言動は慎まなければいけません、厳禁ですよね。

「相手の立場に立つ」ということは、「相手目線で物事を考える」、あるいは「相手目線で一緒に仕事をする」という事になるわけですが、「相手目線で~」とは具体的にどんな行動が必要なんでしょうか。例えば、相手は自分に何をしてほしいと思っているのか、それを考えてみる事は必要ですね。自分で考えてみる事も大事ですし、相手の気持ちを察することも必要です。直接尋ねてみるという方法もあります。

直接依頼された時はもちろんの事、そうでない場合であっても、常に相手の状況を考えておくことが必要です。同僚なら身近な存在ですから、ある程度観察もしやすいでしょう。日頃のコミュニケーションが必要ですね。意思の疎通がそれなりにでも出来ていれば、どんなところで躓きやすいか、何が得意で不得手は何かといったことをこちらが知っていれば、その人へのサポートもしやすくなります。社内事情などは共有出来ますので、話もスムーズでしょう。相手の人物が分かっていれば、コミュニケーションや仕事のサポートとしてのアプローチも相手に合わせる事が出来ます。

しかし、取引先となるとそうはいきません、難易度が高くなります。互いの会社の事情が違いますし、同業他社との駆け引きや相互関係にも影響が出て来るかもしれません。最後は担当者同士の人間的な部分で仕事や成果が決まる、そういう事も出て来るでしょう。そのうえでの思いやる気持ちですね。

いずれにしても、今、必要なことは何なのかを考えつつ、それを実践していくことが仕事の質やスピードを高めます。そのためにも、こちらの事情や都合、意見ばかりを押し付けていては、決して思いやりのある態度とは言えませんよね。相手目線にもなっていません。人が違えば意見や考えも違う、都合も違えば事情も変わってくる、それをきちんと理解することが大事です。

さて、思いやりを発揮するためには、相手の状況を知ることが必要な事は分かるとして、その相手が我慢強い人物だったらどうなるでしょうか。こちらから察して何か行動を起こさないと、相手からヘルプや協力の依頼をしては来ないかもしれません。そして、どうしようもないほどの状況になってから協力の依頼が来るかもしれませんし、ひょっとしたら、それでも来ないかもしれません。冷静に考えれば、一人で全部を抱え込んでいたとしても、何も解決しないでしょう。

そうならないように、事前にこちらから「察して」何か行動を起こす方が良いという事になります。そのためには、相手の状況を理解したうえで、相手の気持ちに寄り添うこと、言い換えれば「共感」が必要になります。ただ、この「共感」というもの、かなりの曲者です。難しい事に加えて、認知するためには脳にかかるエネルギー等の負担がかなり大きいうえに、こちらから気を向けるといった精神的な努力が必要なんです。負担が大きい行為であるがために、無意識のうちに避けようとする人だって、けっこう多いのが現状です。なぜなら、知らんふりをして自分の事だけしていれば、その方がラクですから。

ある記事には、思いやりの気持ちを皆が持てるようにということで、「自ら共感することを選んだり、察することの大変さを軽減させるために」、いろいろと声掛けをすることを提唱している企業などがあるそうです。もし、声掛けをしてくる社員さんや同僚がいたとすれば、その人を大事にしなければなりません。間違っても、厳しく否定する事だけは止めておきましょう。せっかくの芽を摘んでしまうかもしれませんから。もし、自分が親切心で声をかけてそんな返事が返ってきたら、イヤですよね。次から、協力が必要だと分かっていても、決して自分から声をかけるという事はしなくなるんじゃないかな。

ただ、おせっかいであったり、自分を成長させたいがために何とか頑張ろうとしている人もいるでしょうから、その辺りの判断は慎重に行う必要があると思います。ちょっと声をかけてみて、相手の返答を受けたうえでの判断になるかもしれません。

誰かに対する思いやりだといっても、先ずは自分の仕事をキチンと仕上げる事、全体像を把握できている事などは必須です。これは、忘れてはいけませんよ。