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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

今回はメンタルヘルスについての話題を取り上げます。社会人基礎力の話で12の要素以外の内容を連続して取り上げていますが、メンタルに関わる話題は社会人のみならず、年齢や性別にを超えて誰もが抱える問題です。一人で抱え込むと、どうにも抜け出せなくなってしまいます。相談しようにも、相手を間違えると大変な事になります。自分で何とか処理が出来る方が良いので、今回取り上げようと思った次第です。

メンタルヘルスはマネジメントが出来るものでもあるようですね。また、メンタルを扱うスキルがいろいろとあるようです。いくらかでもそれらを使いこなす事が出来れば、それぞれの人が抱える心の負担は随分と軽くなるんじゃないでしょうか。最近は公的機関も重視し始めていますので、こういった第三者を利用するという方法も選択肢に挙がってきています。

今は本当にストレスが多い時代です。仕事には忙しく追いまくられ、暮らしの中でもいろいろと手続きや制約が付いて回ります。しかも、逃げ道も時間的余裕も、場合によっては選択肢まで限られています。世の中が便利になるほど、ヒトはどんどんせっかちになってきています。

メンタルヘルスが重視されるようになったのは、悪化させる要因があまりにも多くなったからじゃないのかと感じていますが、どうでしょう。その要因も細かく見ていけば収拾がつかなくなるほど出て来ると思いますが、大雑把に分けて3つくらい。一つは「仕事上のモノ」、もう一つは「仕事以外のモノ」。そして、非常に大きなモノが有りますよね、「人間関係」。これくらいに分類して考えてみようかと思います。

人間関係の問題は直接メンタルヘルスに関わってきます。仕事上での人間関係は逃げるわけにはいきませんし、自分がどうにもできなくなったとしても出勤はしないといけません。誰にも相談できませんし、ヘタに誰かに相談事として打ち明けたら、ただでさえ大変な状態なのに、別の意味での問題が加わってしまいます。
 

心が折れてしまう前に自分で自分を保護し、状況をなんとか打開するためにどうすればよいか、その具体的な対処法を「制度の活用」「利害関係の遮断」「心理的アプローチ」の3つの面から考えてみたいと思います。

①制度を活用する
これは、主に社内の制度や環境といった「システム」を活用するという方法です。会社のルールや客観的な事実を利用して自分を守る方法を考えようという事です。ただし、先に挙げたように、そこが自分にとって信頼できる場所かどうか、その担当者はどうなのか、その辺りは慎重に考えておかなければなりません。もしも心配ならば、外部の第三者のところに相談する事になると思います。これについては、後でもう一度取り上げます。

②利害関係から意図的に離れる
利害関係から離れるということは、トラブルを持ち込んでくる人物(原因となる人物)と、被害を受けていると感じている当人との感情の繋がりを一切断ち切るという方法です。

例えば、挨拶や最低限の業務連絡は淡々とこなして、それ以外の感情が動きそうな接触は持たないようにするという方法があります。また、社外に別の居場所を作る方法もあるんです。職場以外に趣味や地域のサークル、社外のプロジェクトなど、自分の価値をキチンと評価してもらえる場所が作れたら、それだけでも強力な心の防波堤になります。

③心理的に捉え方を変える
相手(の行動)を変えることはできませんが、自分を変える事は可能です。相手の行動などをどう受け止めるか、自分の心へのダメージを最小限に抑えるかのスキルを学んで実践すれば、かなり心がラクになりますよ。「自分がガマンすればよい」と考えてはいけません。相手は変わりませんから、自分がこれ以上壊れないようにすることです。

最後に、社内の窓口が信頼できないと不安に思う場合、それはその会社自体が「匿名性の担保」や「コンプライアンス意識」が低い組織かもしれませんね。その場合は外部の第三者に相談することになりますが、カウンセラーさんのような相談窓口もあれば行政関係の団体にも相談窓口は存在します。どこを選ぶかは、何を自分が目的にするかで変わって来ます。両者は役割りが違いますので、目的が「メンタルの回復や心の保護」なのか、それとも「状況の打開、実質的な解決」を求めるのかによって、窓口を明確に使い分ける必要があります。

心理的な安全や心の保護が優先の場合は、カウンセラーさんに相談する事になります。メンタルが壊れかけている場合、まずは話を聴いてほしい、心を整理したいという場合は、外部の公認心理師や臨床心理士などの専門の人が適しています。

この人たちは資格を持つプロですから、厳格な守秘義務があります。本人の同意なしに会社に情報が漏れることは100%ありません。ですから、存分に話を聞いてもらえるでしょう。感情のデトックスができ、孤立感が解消できます。ただし、会社に対しての具体的な介入をする権限はありません。あくまで「心のサポート」に徹する存在です。

それに対して、行政の窓口の方はというと、労働局などでは法的に「状況の打開や不当処分の防止」が目的の場合に適しています。会社に対して客観的な介入を求めたい、あるいは「相談したことによる報復(退職勧奨など)」を未然に防ぎたい、または闘いたい場合は、厚生労働省の労働局などの公的な窓口がよいでしょう。

法律に基づいたアドバイスが得られるので、会社側の行為が「パワハラ」や「不当な扱い」に該当するかどうか、法的な観点からジャッジしてくれます。また、第三者として労働局が会社との間に入り、話し合いによる解決を促す制度を利用できます。

更には、労働局などに相談や申立てをしたことを理由に会社が労働者を解雇したり不利益な扱いをしたりすることは、法律(労働施策総合推進法など)で明確に禁止されています。ただ、かなり揉め事が大きくなりそうなので、それなりの覚悟が必要でしょう。

これ以外に、後の会社などから報復をされる可能性を最小限に抑えるための具体策というのもあるようです。

ここまでくると、かなりの大事になりそうですね。

 

 

今回は「オープンマインド」を取り上げようと思います。名前から考えると「開けっ広げの気持ち」のようにも感じる(?)言葉ですが、意味は「偏見や拘りを持たずに素直に心を開いて、異なる意見や考え、価値観を柔軟に受け入れる心を持つ」というものです。「柔軟な思考」とか、「心が開かれた状態」と訳されています。要するに、「先ずは素直に聞け」ということでしょうか。これが必要な資質の一つとして候補に挙がるということは、それだけ難しいという事なのかも知れません。

オープンマインドとは、「先入観や固定観念にとらわれず、他者の意見や新しい価値観を柔軟に受け入れる心の姿勢」を指す言葉です。ありのままの自分を表現しつつ、相手の言葉に耳を傾ける「傾聴」と「自己開示」を両立させることで、良好な人間関係を築くことができるとされています。簡単に言えばそうなのですが、柔軟に受け入れる事って案外難しいのかもしれません。

そもそも、オープンマインドは自分が聞き手の立場で、他人の話を冷静に、慎重に、そして偏見や色メガネを持たずに聞く姿勢ということですね。ということは、その場には必ず相手がいるという事です。ですから、コミュニケーション上のルールのようなモノとして考える事が出来るんじゃないでしょうか。少なくとも「報告を聞くだけ」のための場ではないでしょう。

例えば、相手が話す側で自分が聞く側の時、聞き手の自分はオープンマインドの状態であれば、相手は安心していろいろと話してくれるでしょう。ところが立場を入れ替えて、相手が聞く側で自分は話をする側になった時、相手がオープンマインドではなかったとしたらどうでしょうか。また、話す側がオープンマインドでなくて、相手に合わせて都合よく話を変えたり隠し事があったりしたら、キチンとしたコミュニケーションにはなりませんよね。

つまり、聞く側だけではなく、話す側もオープンマインドな状態で臨む必要があるという事です。ですから、話す側はありのままの自分を表現しつつ、聞く時は相手の言葉に耳を傾ける、「傾聴」と「自己開示」を両立させることが必要になります。この両者が揃って初めて、良好な人間関係を築くことができますし、組織の成長も望めるようになります。

ただ、この2つだけでは不十分です。なぜなら、ここに「受け入れる寛容さ、柔軟さ」が加わってはじめてオープンマインドが完成するからです。まあ、傾聴と自己開示の時点で寛容さや柔軟さは含んでいると言われればそうなんですが・・・。

オープンマインドって、これを身につけるメリットは何でしょうか。


これはビジネスの場でもプライベートの場でも共通して言える事ですが、例えば、視野が拡大するというメリットがあります。視野を広げるって、実は大変に難しいことだと思うんです。なぜなら、自分が気付いていないことは分かりませんから、知らないという事になってしまいます。他人が皆知っているけれども自分は何も知らない、そんなこともないとは限りません。そのような、自分の価値観や考えだけでは気づけなかった視点を得る事が出来たら、問題解決能力や学習能力が向上するでしょうね。これは大きなメリットです。

また、(時と場所によりますが)自分の考えを開示することが出来たら、相手も心を開きやすくなってコミュニケーションが円滑になるでしょう。互いに、ちょっと立ち入った話が出来るところまで信頼関係を築く事が出来るかもしれません。こんな関係になれば、コミュニケーションからくるストレスなんて、気にしなくてよくなりそうです。「他人にどう思われるか」という不安や緊張が減りますので、人間関係での悩みが緩和されるのも大きなメリットでしょう。

では、組織ではどうでしょうか。会社や団体などの組織におけるオープンマインドは、変化の激しい現代において強力な武器になります。しかし、マネジメントを誤ると組織の規律や効率を損いかねない、言わば「諸刃の剣」にもなり得ます。

組織におけるオープンマインドの「メリット」としては、組織の全体、またはリーダーがオープンマインドだったとすれば、大きなメリットが期待できます。なぜなら、前例や固定観念に縛られる事無く物事を考える事が出来たら、若手社員の奇抜なアイデアや異分野の技術などを積極的に取り入れることも難しくはありません。これはヒット商品や業務改善に繋がる可能性が出て来ませんか。

また、オープンマインドが「何を言っても否定されない」という安心感が生まれるくらい浸透すれば、安心してミスやトラブルの(早期)報告が増えるでしょう。少なくとも隠ぺい体質ではなくなります。これが出来る組織であれば、致命的なリスクは回避できるようになるでしょう。また、居心地の良さから離職する人が減る事も期待できるんじゃないでしょうか。

また、最近の会社などの組織では海外からの人材が入ってくる傾向がありますので、国籍や年齢、性別、キャリアの異なる人が集まってきても、それぞれの強みをヘンな偏見なしで評価し、組織の力に変えることができます。

その一方で、デメリットも無いわけではありません。オープンマインドを盲信してしまったり、適切なルールや軸がないまま運用てしまうと、へんな問題が発生する可能性もあるんです。

たとえば、何かの話題で討論をした時、それによって意思決定を図ろうとしても時間がかかり過ぎる傾向が出て来るかもしれません。なぜなら、あらゆる意見や反対論をフラットに受け入れようとすると議論が発散してしまって、どこまでやっても結論が出ない状態に陥ってしまうリスクが出て来ますから。

また、個人の価値観を尊重する状態が過剰になると、組織としての共通の理念や守るべき最低限のルールや秩序が崩壊しかねません。こうなると、組織の一体感が失われてしまいます。また、すべての人にオープン(寛容)であろうとすると、「アラ探しをする人」や「不満ばかり言う人」の意見まで真面目に拾うことになりかねません。これでは真面目な社員やリーダーが精神的に疲弊してしまいます。

オープンマインドを組織で活かすためには、「オープンにする範囲」を決めておくことが大切です。意見は広く募るとしても、採用するかどうかは「組織の目標に合致しているかどうか」という客観的な基準でシビアに判断する、予めそう決めておく事が必要ですね。また、アイデア出しをする時は所要時間を決めてからスタートする必要があります。この時間はオープンマインドで何でも受け入れるとして、何分までと時間を決めておくんです。そして、次の意思決定や方向付けを決める段階に入ったら、オープンマインドから「選択と集中」のモードに切り替える、このような姿勢が大切です。

こうして、自由な意見を歓迎する「心理的安全性」と、結果を求める「規律と責任」のバランスを取ることが重要です。
 

 

前回で文章が終了しなかったので、もう1回だけ続きを書く事にします。今回は、クリティカルシンキングの手法を導入するうえでの話です。

クリティカルシンキングは別名が「批判的思考」ですから、誤解されやすい一面を持っていると思ってよいでしょう。このような名称ですから、この手法で物事を考えるなら、その過程で議論やディベートのような事を頻繁に行わないといけないんじゃないかと感じる人が出て来るかもしれません。それでなくても、新たな事を始めようとする場合は、必ずと言ってよいほど抵抗勢力のような人たちが出て来ますから。ましてや「批判的思考」という名前です。反対の立場を取る人たちに対しては、どう対応すればよいでしょうか、考えてみました。

じつは、問題行動を起こす人にはその人なりの心理的な原因があります。したがって、個別にアプローチを変えることが出来れば、妨げを排除しやすくなります。「個別」というだけで逃げ回る人も出て来るとは思いますが・・・。

①頭でっかちで理屈ばかり捏ねて何も行動しない人に対して
こういう人の中には、じつは「失敗を極度に恐れている」場合があります。「正論を言うこと」が自分の仕事だと勘違いしているなんて人もいるようですが、そんなときの対処としては、「行動」と「検証」を評価のセットにしてみてはどうでしょうか。「それで、君なら具体的にどう動く?」と尋ね返すんです。これを口癖にしてしまうと、相手もなかなか言葉を続けるのが難しくなりそうです。「反対のための反対」といった人たちに対しても、巻き込んでしまうという事で対処できる可能性はあると思います。

また、相手が評論家モードに入ったら、その切替えしとして「では、あなたが明日から実践する『最初のアクション』は何ですか?」と当事者としての行動を迫ってみるのも良いでしょう。評論家モードとまで行かなくても、完璧を目指したい人は最初は動こうとしないかもしれません。それならば、小さく試すことをルールにするのはどうでしょうか。「とにかく不完全でいいから、試しにまず1週間やってみて、その結果を検証しよう」と提案して、行動のハードルを下げるのもアリだと思います。

②過去のやり方を変えたくないと頑固に抵抗する人に対して
このような人の中には「慣れ親しんたやり方を変えるのは面倒だ」として抵抗する人だっているかも知れませんが、多くの場合は「自分のこれまでの実績や経験が役に立たない、否定された」と感じているようです。こういった人たちは現状維持バイアスが働いている可能性があります。

対処としては、「その人の実績などを否定しているのではない事」、そして「何のために導入するのか」といった説明を最初にしっかりと行なって、敬意を払いつつも「前提の変化」を伝える事が必要です。そのうえで、現在の状況が以前と比べて変化している事、そしてこの新しい前提に立って「今のやり方をさらに進化させる」にはどうすればよいかを一緒になって考えてもらうように、敵ではなく協力者として巻き込みむ方法を取るんです。

③批判(的思考)を「他人への攻撃」に使う人に対して
クリティカルシンキングは「批判的思考」と呼ばれるくらい、鋭く突いてくる一面を持っています。それを「他人の意見を論破するツール」として、「他人のミスを突く武器」として悪用してくる、困った事ですがそんな人もじつは一定数いるようです。メリットどころか、非難合戦、足の引っ張り合い、ケンカなどに発展してしまうことだって出て来ないとは限りません。非難のための批判になってしまっては、いがみ合いにしかなりませんよね。

こんな時は、「批判」の本来の定義をルール化してみるんです。代替案のない批判は禁止」にしてしまう位の荒療治が必要になるかもしれません。また、批判的な事を言う人の中には、他人の意見を否定する人もよく見かけます。他人の意見の上げ足を取るなどばかりの人に対しては、「それで、君ならどうする?」というように、必ず「では、どう改善するか」という代替案(ポジティブな提案)をセットで出させるルールを徹底します。「個人と意見を切り離す」事が大事なポイントです。むしろ、代替案や改善点のない意見は出さないことを会議のルールにしてしまう方が良いかもしれませんね。何の意見も出なくなる恐れはありますが。

少なくとも、会議やミーティングの場などで「私たちが批判的検討をしているのは『◯◯さんの人間性』ではなく『提案の内容』である」という大前提をリーダーやマネージャーが何度も口に出して軌道修正が必要です。

まだ他にもいろんな例があると思いますが、組織全体での導入をスムーズにするためには、個別の対処と合わせて、問題行動自体が起きにくくする仕組みが必要になります。

例えば、「まず動いた人」を賞賛するというもの、正論を言う人が悪いわけではありません。それよりも、「仮説をもとにチャレンジしてみて、行動して失敗から学んだ人」を組織として高く評価する姿勢を見せます。動かない人よりも動いた人を褒めるというやり方ですね。それが多少の勇み足になったとしても、ルールとして評価する仕組みを作っておけば、チャレンジはしやすくなるんじゃないでしょうか。

また、こういった挑戦的な取り組みの場合、上層部がやれと言ったにも関わらず何も動かなければ、下の人は動いてくれません。経営陣や管理職といった上席者がまず手本を示す事も必要です。上司自らが部下の前で「自分の過去のやり方はもう古いかもしれない。みんなで疑ってみよう」と、自己批判する姿が、頑固な社員の心をほぐすことに繋がります。

どうしても説明が困難な人は、困った事ですが、必ずいます。こういった人や抵抗勢力に対して「説得を試みる」のは、おそらく逆効果でしょうね。彼らの行動の背景には、論理ではなく「変化への恐怖」や「感情的な反発」があるためです。感情って、理性よりはるかに強いモノですから、これをひっくり返すことは非常に困難です。ですから説得するのではなく、むしろ、こちらが相手に対する見方を変えて臨んだ方が効果的でしょう。

たとえば、何に対しても「反対」の姿勢で臨む人は、こちらがフレームを変えてその人を観察すると、「批判に長けている」と映るんじゃないでしょうか。「感情的な批判」を「仕事としての問題点の洗い出しや指摘」に変えてしまうという方法はどうでしょうか。

また、こちら側の立ち位置を変えてみるという方法も考えてみる必要があるかもしれません。自分と相手を「対立する両者」という立ち位置、つまり「You」と「I」から「We」になることで、協力者や共同作業者として巻き込んでしまうという考え方です。

この辺りの具体的な事は先に挙げた通りですが、新しいことに取り組む場合は、誰にとってもハードルが高いんですね。