時折り友人と話をしていて思う時があるのですが、「この人の知識って底が浅いな~」なんて感じることはありませんか。理解の度合いが浅いとでもいうのでしょうか、せっかくの知識を披露しているにもかかわらず、話が広がらない事があるんですよね。単に話題提供の程度で終わってしまう、なんとも勿体ないと感じてしまうのですが、皆さんはいかがですか。
その反面、非常に知識というのか理解の度合いというのか、深いと感じる人もいます。一つの話題から関連する話をどんどん出していって、聞いていて楽しいですし役に立ちます。例え話も適切で、時には別の表現で表したりその違いを話題にしたり、ドンドンと話が広がって有意義な時間を過ごせたという満足感すら残してくれる、そんな人もいるんですね。知識が浅いとか深いとかの表現は、いったい何を表しているのでしょうか。
調べてみました。それによると、知識が浅いとか深いとかの表現が現しているのは、知識の広がりや深さだと書かれていました。でも、これだけではよく分かりませんので、もう少し掘り下げてみます。
浅いとか深いとかの表現が出るという時は、いわゆる「底が浅い」と言うような意味があるようですね。知識が表面的な、表層的な範囲にとどまっていて、せっかくして披露してくれても話が応用編にまで広がらないような状況でしょうか。「それ、知ってる、〇〇〇という事だ」、それで話が終わってしまうような場合は浅い知識と判断できそうですね。今話題にしている内容との関連付けがさほど無いまま次に話が進んでしまうような場合、周囲の人は何となく物足りない感じがして気持ちの上でくすぶった状態のままになってしまいます。
知識が浅いと言う場合であっても、中にはけっこう広い範囲の知識を持っている人もいるようです。なにか特定の部分なら非常に詳しいという事があるかもしれませんが、全体として考えると、理解の程度があまり良くなかったり専門的な部分の知識が少し足りなかったりすることも多いようです。断片的な知識だとどうしても体系化されにくい事もあって、一言披露したらお終いという事になりかねません。
一方で知識が深いと評される人の場合は意味の説明だけにとどまらず、別の表現での言い換えや例え話、背景の知識、応用編に至るような広い範囲の話題をカバーできるでしょう。まあ、「これ、知っているから」と一方的に話し始められると、周囲の人は話の腰を折られたような気がして白けてしまうかもしれません。しかし、分かっている人なら話し過ぎず、適当なところで切り上げられるように披露するでしょうから、あまり嫌味にはならずに済みます。
雑学的にアプローチするのであればその知識が少々浅くても問題はありませんが、あくまでも広く薄く知っているという事をわきまえておく方がよいと思います。見下す様に受け取られるかもしれませんが、何か話題を切りだしたり話の口火を切るといったところにしておいて、周囲の人が話し出したら自分は少し控えめにすれば、決して侮られることは無いと思います。ただ、これは本人がある程度自覚していないとできない事なので、人によってはこの辺りの裁量は難しいかもしれませんね。
また、いくら知識が深いと言っても、うん蓄を垂れると評されるところまで話し込むと、周囲の人は気持ちの上で引いてしまう事が増えるでしょう。正直に「ウザい」と言ってもらえた方がいいかもしれませんが、きっと嫌われる寸前のところまでいってしまうでしょう。中には「いろいろと知っていて便利な奴」くらいにしか評価してもらえない事も出て来ます。そうなってしまったら残念ですよね。
世の中には普通に出会った人がじつは専門的な知識を持っていることがあるようです。話をしていてびっくりしてしまうのですが、そんな人だと知らずに深くもない自分の知識を自慢げに披露してしまって、後で赤面の至りという情けない状況になってしまうこともあるんです。相手の人はきっと腹の中でせせら笑っていることでしょう。
知識は持っていてジャマにはなりませんが、扱い方には注意が必要なんですね。人前で何かを話す機会がある人なら分かると思いますが、何か小難しい言葉を出した途端に周囲の人たちが一斉にスマートフォンで意味を調べ始める光景って、見ている側は複雑な気持ちになるものです。なぜなら、調べ物をしている間は誰もこちらの話を聴いていないわけですから、その間は話を中断して待たなければなりません。もしも自分の話の流れにリズムを意識して臨んでいるならば、これは大きな障害になります。
その場でスマートフォンを使って検索すると、すぐにその場で知識を提供してくれます。とても有用なのですが、このように困った一面も持ち合わせているんですね。これからの時代はこのような事を想定した話の流れを考えておく必要があるのかもしれません。
この検索で知った知識はあくまで付け焼刃のようなものです。今、難しい言葉を聞いて意味を調べた、意味が分かった、そういうことか・・・。そこで終わって済ませてしまうと、その知識は果たして身に付いたと言えるでしょうか。すぐに意味を忘れてしまいそうに思うのですが、どうでしょうか。元の話がキチンと理解できているようなら、途中で検索した言葉の意味も身に付いているでしょうけれども、ところどころ検索していて話の内容が抜けてしまっていたとすれば、検索した言葉の意味も一緒に抜けてしまっている可能性があります。これでは、浅い知識と判断できるでしょう。ひょっとしたら身に付いていなくて、「知ってる、けど忘れた」の状態だったとしたら、聞いたことはあるけれども知っていることにはなりません。浅い知識どころか、知識そのものが無い状態です。
個人的に思う事ですが、知識はひけらかすものではありません。自分に必要なモノで、自分が役立てるためのモノだと考えます。いらない知識を披露したところで誰も喜びません。そういった意味でも、「知識に価値はない」という言葉をもう一度噛み締めてみる必要がありそうですね。


