学習の段階 | サポートライター みけ の独り言

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電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

ヒトは肉体的には成人になれば成長が止まりますが、精神面や学習面での成長は止まる事はありません。自分で意識的に止める事は出来るかもしれませんが、学びとして一括りにすれば日々わずかずつであったとしても、死ぬまで成長は続きます。学習はどちらかというと「受動的」なイメージが強く、知識やスキルを教えられるといった感じなのに対して、学びと言えば「生きるうえでの智恵や礼節」等も含む広い範囲のモノになるイメージがあります。また、学習が指導といった形で行われることが多いのに対して、学びは本人の気付きによって大きなものにする事が出来れば気付かずにスルーしてしまう事もあります。このように考えると学びと学習ではニュアンスが異なるものですが、今回は生涯続くであろう学びを学習の段階になぞらえて考えてみたいと思います。

一般的な考え方かもしれませんが、学習と言えば4段階、または5段階として考えることが多いようです。中には3段階とする考え方もあるようなので、夫々について書いていくことにします。

先ずは一般的によく聞く4段階の話から始めます。4段階というとどんなステップを踏むかですが、表現としては「無意識的無能」「意識的無能」「意識的有能」「無意識的有能」、こんな言葉で各段階が表現されます。無能だとか有能だとか、「知らんがな」と言いたくなるような酷い表現だとも感じますが、他に適当な言葉が無かったのでしょうか。それぞれについて見ていきます。

最初は「無意識的無能」と呼ばれる状態です。これは「知らないし、できない」という状態を表していて、これから学習しようという内容に対して「(学習する内容についての知識が全く無いので)何も知らない、そして(スキルも何もこれから学習するので、やってみろと言われても)何もできない状態」のことです。つまりは「初心者」、いや、もっと手前の「入門したばかりで右も左も全く分からない状態」という事ですね。この段階では教える側も学習の必要性を認識させ、そして基礎知識を習得させることが重要です。

次の段階は「意識的無能」と呼ばれる状態です。これは「(学習を始めたことで多少の知識は身に付いたので、多少の事は)知っているけど、(経験もないしスキルも頭で理解している程度なので、少しは知っているが身に付いているとは言えない状態だから)できない」という状況です。やり方を知っているが、実際にはできないという状態を指します。これでは知識はあるものの、それを実践で活かせない状態ですね。ですから、実践的な練習を重ね、知識をスキルに転換させることが重要です。

3段階目は「意識的有能」と呼ばれる状態です。これは「多少はトレーニングを積んできたので知識は身に付いた、スキルの方も一つ一つ確認しながら集中して)意識すればできる」所まで上がってきました。意識的に行動すれば、ある程度はできる状態です。ここまでくると、今度は何度も練習を繰り返すことで体で覚えるような感覚、無意識でもできるようになるレベルに近づけることが重要です。

最後の4段階目は「無意識的有能」と呼ばれていて、「(十分身に付いたと思うのであまり集中して)意識しなくてもできる」という状態です。意識しなくても自然にできるようになった状態ですね。基礎的なものは理解できていますし、実践も出来る状態ですから、この先は新しいスキルを習得したり、応用したりする段階まで来ています。

ここまでが学習の4段階とされていますが、5段階という場合はどんなステップで分けているのでしょうか。じつは、ここまでは4段階と同じで、この後に5段階目をがあるという事なんです。

では、その5段階目とはどんなものかですね。それは、さらに上の段階として「人に教えられるレベル」となっています。ですから、今度は自分が指導する側に回るという事です。自分の時を振り返ってみれば分かると思いますが、それぞれの段階で学習者一人一人の状態は異なるでしょう。全員を一様に同じような指導をするという事は方法としてふさわしくありません。なぜなら、学習者は皆進捗状況も理解度も違います。したがって、必要なサポートが異なるからです。この段階は「意識的有能/無意識的有能」と呼ばれる状態です。他人に教えることで、自らの理解をさらに深めることができます。

さて、学習の〇段階ということば、もう一つ3段階というものがありましたよね。今度はそちらを考えてみたいと思います。

学習の3段階とは、一般的に「理解」「定着」「応用」の3つの段階を指すのだそうです。この3つを意識することで、学習効果を高めることができるという考え方ですね。今、ふと思ったことなのですが、古来から伝統芸能などの言葉として「守・破・離」というものがありますよね。私はそれと似ているなと感じたのですが、皆さんはどう感じましたか?

順に説明していくと、先ずは「理解」の段階です。これは新しい知識やスキルを初めて学ぶ段階です。言ってみれば入門の段階と考えてよいでしょう。どんなことをするかというと、指導を受けながら教材を読んだり、授業を聞いたりして、内容を理解し把握することを目指します。解説動画を見たりするのも効果的ですね。理解を深めるために、図や表を使ったり、人に説明してみるのも良いでしょう。ただ、古典芸能のように昔は解説動画なんてありませんでした。指導と言っても弟子入りすることになるでしょうから、最初は住み込みの内弟子のような状態じゃなかったかと思います。師匠との生活を共にしながら技や知識を学んでいった、というよりも、少しずつ盗むくらいのつもりで頑張った人が多かったでしょうね。

理解が出来て一通りのことが分かってきたら、今度は「定着」の段階です。理解した内容を記憶に定着させる段階です。復習をしたり、問題を解いたりして、知識やスキルをしっかりと身につけることが目的になります。理解した内容を記憶に定着させるためには、復習が不可欠です。一度学んだ内容を、時間を置いて何度も何度も繰り返し学習することで、記憶が定着していきます。体で覚えるといったことも、この段階でしょうか。今の時代なら、問題を解くことも、知識やスキルの定着に役立ちます。

そうやって努力して知識や技術が身に付いて一人前の状態になったとしても、学んだ知識やスキルを、実際の場面で活用できるようになることが、本来の学習の最終目標のはずです。そして、そこに自分の個性を表現していこうという段階になります。それが「応用」の段階。身につけた知識やスキルを、実際の場面で活用する段階です。問題を解いたり、人に説明したりすることで、応用力を高めます。問題を解く際には、単に答えを出すだけでなく、なぜその答えになるのかを理解することが重要です。また、人に説明することで、自分の理解度を確認することもできます。

うまい具合に「守・破・離」と合っていそうですね。これらの3段階を意識して学習することで、より効率的に学習を進めることができます。特に伝統芸能のような場合、自分の個性を一緒に表現するレベルまで技を高めることによって、歴史に名を遺すほどの人物になる可能性もでてきます。今の時代では一般的な学習のところで終わることが多いかもしれませんが、学習の〇段階という事を知ったうえで取り組むと、大人になった後で何らかの勉強をする場合でも十分応用が出来る考え方だと思います。

ただ、学習の〇段階となっていて、学びの〇段階と言う言葉にはなっていません。その違いは学ぶ範囲の大きさや本人の気付きなどの要素が大きく違っていましたよね。これらも踏まえて、生涯の自分の支えになる事を探して、勉強していてはいかがでしょうか。