今回は目的と手段の取り違えを中心とした話題を取り上げます。この話題は、目的と手段がいつの間にか入れ替わってしまっているという、頻繁に起きては問題視される話題なんですよね。私は、目的を換言すればゴールだと考えています。そのゴールに辿り着くためにどのような方法を使うか、それが手段だと思うのですが、時におかしなことになるんですね。
例えば、ゴールを目的地に例えるとしたら、どうやってその場所に移動するかの方法が手段になります。駆けっこなら走る以外に方法はありませんが、普段の出張などを例にして考えるなら、その距離に応じて「徒歩で移動」「自動車を使って移動」「新幹線を使う」「航空機を使う」等の手段が出て来ます。その時に必要な条件を満たす最もふさわしい手段を用いるのが一般的だと思います。安上りという条件は常に付きまといますが。
海外出張なら「歩いて行ってこい」なんて絶対に言われないでしょうし、取引先との打ち合わせが主な内容の出張ならわざわざ出向かずにオンラインで行えば済む場合もあるんじゃないでしょうか。
これが自社内で何か事業のような仕事になると、どうもヒトによっては捉え方が変わってくることがあるようです。どこか別の決まった場所にモノを運ぶ場合、目的はモノを移動させることですが、何を使って運ぶかは手段ですよね。ところが、手段としていくつか選択肢があったとするとこれが次の時点で目的になってしまい、どれが一番効率が良いかを選ぶことが手段になってしまいかねません。そして、効率の良さを調べることがさらに次の目的になって、そのためにどんな方法を使うかが次の手段になって・・・、こうして果てしなく手段が目的化してしまうかもしれません。最初の目的の「モノを移動させる」はどこに行ったのでしょう。
忘れてはいけないことは、「『モノを移動させる』のは何故か」という所ではないでしょうか。これがどこまで分かっているかどうかで、目的と手段が入れ替わったり混同したりするリスクは大きく下がるとと思います。もっと言えば、「モノを移動させる」こと自体が手段かもしれません。また、必要な作業として考えるなら、「モノを移動させる」は「目的」ではなくて「目標」なのかもしれません。なぜなら、目標なら達成したらお終いで構いませんが、目的なら目標の先が必要になってきます。それが「なぜ、モノを移動するのか」の「なぜ~」の部分ですね。
移動するといっても勝手にモノが動くわけではありませんから、人の手で移動させるということです。したがって、この場合は「移動する」も「移動させる」も、意味合いではあまり違いはありません。「なぜ、モノを移動させるのか」を考えたら、移動先で組み立てるためだったり、別の部品と組み合わせるためだったり、様々な理由が出て来るでしょう。ひょっとしたら、理由を深掘りして考えているうちに「これって、移動させなくてもよいんじゃない?」という事になるかもしれません。
目的と称するなら、ゴールの先の事まで視野に入れておけばもっと効率的な手段を考え着くかもしれないという事になりますよね。
こんな話が分かりやすいでしょうか。3人の職人がレンガを積み上げていたという話です。ご存じの方も多いと思いますが紹介します。
少し距離を置いて3人の人がレンガを黙々と積み上げて、何かを作っていました。何をしているのかと声をかけられたとき、一人目の人はこう答えました、「見ての通り、レンガを積み上げているんだよ」と。尋ねた人は「結局、何を作るためにレンガを積み上げているんだ?」という疑問が残ってしまいました。そのまま歩き続けると、二人目の人が同じようにレンガを積み上げていました。何をしているのか尋ねると、「教会を建てているんだよ」と答えました。尋ねた人は、「なるほど、それじゃさっきの人も教会のどこかを建てていたんだな」と思いました。そのまま歩いていくとさらにもう一人レンガを積み上げている人に出会いました。何をしているのか同じように尋ねてみると、「歴史に残るような教会を建てて皆の憩いの場所を作るんだ」と答えたということです。
一人目は何の作業をしているかを答えただけですね。何を作っているかを知っていたかどうかは分かりませんが、指示された範囲のことをしていたに過ぎません。作業が終わったら、毎日クタクタになるでしょう。
二人目の人は教会を建てていると答えた人ですね。レンガを積み上げる作業が全部完成した様子は思い浮かべているでしょうけれども、何のために建てているのでしょうか。修理のためでしょうか、それとも新たに最初から建てるためでしょうか。目指すものは分かっているようですが、建築目標は教会、それでお終いのようですね。
最後の人は、なぜ教会を建てているかの理由まで一緒に語っています。教会を建てる目的を理解してレンガを積み上げているという事のようです。肉体的にはクタクタでも気持ちの上では疲れ知らずの状態かもしれません。
結局のところ、三人目のヒトのレベルまでちゃんと理解したうえで、私たちは自分の目の前の仕事に取り組んでいるかと言う姿勢が問題になりそうです。ここまで分かったうえで仕事をするなら、目的と手段を取り違えるようなヘンなトラブルは起きないでしょう。何よりも「目的」という言葉、この場ではふさわしくないように感じませんか。私には「目標」と別の言葉に置き換えた方が間違いが少ないように感じたのですが、どのように思いますか?


