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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

時間との戦い(?)についてよく聞く話の一つに、「時間に追いかけられる」という話題があります。目に見えない、概念の様な時間がどうやって追いかけて来るのか、そんな疑問を抱く人はまずいないでしょう、「時間が足りない」という意味で言っているんですよね。時間も資源の一つですから、使い方によっては足りなくなると思うのは理解できる話です。しかし、一方では「時間を追い掛け回している」と言う人もいないわけではありません。また、いつもちょうどギリギリという人だっているでしょう。今回はそんな事について考えてみたいと思います。

まず、「時間に追いかけられる」とか、「時間に追われる」といった場合、時間が足りないという意味で使っていますね。時間が足りないというのはどこかにその原因があるという事なのですが、いったいどこなんでしょう。

物事がスムーズに流れていく場合、いろいろな要因が考えられます。担当する人がいる場合だと、その人の処理が上手いとか慣れてムダの無い動きが出来るといったことが考えられるでしょう。いかに要領よく処理していけるかによって作業効率は大きく変わります。また事前の準備が抜かりないとか、段取りがキチンとできているといったことも要因になります。他の人を巻き込んで一緒に何かに取り組むような場合だと、事前に協力を仰いでおくとか根回しをしておくといった事も、大切な準備の一つですね。

しかし、実際の現場ではまた違うところに問題がある場合があります。それは、「与えられた時間に対して、やることが多い、多すぎるんじゃないか?」といった状況になっていないかという事です。タスクが多いと、手当たり次第に処理していく人も出て来ます。実際に「手を止めて考えている時間がもったいない」と、むしろ段取りを考えようとする人を非難する例も出て来ます。

場当たり的に、手当たり次第さばいていかなければならないという事もあるかとは思いますが、出来ればいったん手を止めてでも、処理する順序や急ぎのものがあるかどうかの確認は必要だと思います。また、抱えているタスク同士の相互関係にも目を向けた方が良い場合もあります。例えば、一つのタスクの処理が終わったら、その結果を利用したり使ったりして別のタスクの処理をするような場合ですね。それ以外にも、同じような処理をするタスクがいくつかあれば、まとめて片づけてしまう事が出来るかもしれません。さらに、手当たり次第の処理で急ぎのモノを見落としてしまうと大変です。いったん手を止めてでも優先順位を確認する事は必要ですね。

あと、処理の方法が非効率という場合があります。昔ながらのやり方が必要かもしれませんが、さすがに「そろばん」を使って計算する人はいないでしょう。それと同じで、紙と鉛筆と電卓で処理をするのも構いませんが、パソコンがあるなら分かっているデータを入力してあとは自動で計算をさせる事が出来れば、時間も手間も大幅に削減できます。処理方法を見直すだけでも効率が上がるかもしれません。

この例は私が実際に経験したトラブルですが、有能な人の中には他人から頼られる(?)、あるいは自分から手伝いに行く人をよく見かけます。自分のタスクを止めて他人の問題解決を手伝いに行くんです。こうすると止まっているタスクは担当者が不在ということになりますし、手伝ってもらった人のタスクは終了しても自分のタスクの方はこれから続きの処理をしなければならない状況です。結果として、別の人が困っていても協力してもらえなくなって全体が止まってしまうという例が何度かありました。担当者がどこにいるかが分からないためのトラブルです。

この例は特殊かもしれませんが、大きな問題ほど全体としての進捗が遅れてしまう事になりますので、これもまた「時間に追いかけられる」結果になってしまいます。例を挙げればまだまだ出て来ると思いますが、このような場合はどんなことをして対処すればよいのでしょうか。

毎回のタスク処理を考えてみると、およそ色々なタスクが押し寄せて(?)来ますが、その中からある程度でもよいので傾向を掴む事は出来ませんか。短時間で処理が済んでしまうタスクが多いとか、処理の難易度はバラバラだけれどもこんな処理をすれば片づけやすいようだとか、もし傾向があるならばその対処を想定して手順などを決めておくという事前の処理はどうでしょうか。

また、時間がかかる案件ならば計画を立てて処理にあたるとか。なるべく早い時期に全体のめどが立つような処理を行うと、後がラクになります。また、待ち時間が必要なタスクをこなすことがあるならば、空いた時間の有効利用を考えておくのもよいでしょう。

意外かもしれませんが、ツールが必要になる場合は整理整頓も処理効率に大きく反映してきます。探し物に時間を取られないよう、何がどこにあるか等を一元管理しておくことも重要です。

過去の案件の処理のデータを参照するという事も、意外に役立つことがあります。処理が終わったのでこの案件はお終いとせずに、時間がある時にでもデータベース化しておけば必要に応じて参照出来ます。自分のモノ以外に他の人が処理したモノでも、可能ならデータベース化しておいてはどうでしょうか。

もう一つ、他人の頭を借りるという方法もあります。その人の首から上を持ってくるのではありませんが、他人の智恵を借りるということですね。その人も仕事があるでしょうから際限なく手伝わせる事は出来ませんが、その人ならどのように処理するかを尋ねてみるという方法もあってよいと思います。事前に解決策のメドを立てておくという事です。そして実際にその処理が必要になったときにはすぐにその方法を利用すれば、短時間で処理が出来ますよね。

時間に追いかけられるか、それとも時間を追いかけるか、どちらの方が気がラクになると思いますか。一度このような事も考えてみてはいかがでしょうか。

 

 

今回は「時間は幻?」、こんなテーマにしました。普通に考えると「時間は有る、感じる、そして一定のスピードで流れていくもの」だと信じている人が多いと思います。ですから、「時間は幻なのか?」と問いかけること自体がありません。それだけに、「時間は幻だ」なんて言われると、「それって、どういうこと?」となるでしょう。

確かに、時間を時計やストップウォッチなどで測定すれば一定の速さで流れていくことが分かります。また、そのスピードはどの時計やストップウォッチで測定しても同じになります。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、退屈な時間はとても長く感じられるといった事は、誰もが経験していますよね。また、幼い頃は一年がとても長くて正月が待ち遠しかったのですが、大人になったら同じ一年間がとても短く感じられて、あっという間に「また正月か・・・」といった気持ちになります(お年玉の都合があるので)。

つまり、計測すれば時間は一定のスピードで流れていますが、その時の心の状態によって同じ時間でも長く感じたり短く感じたりと、感じ方が違ってくるという事です。ですから、時間には相対的に変化する一面があるわけですね。

楽しい時間ほど長く感じたいと思いますが、実際には難しそうです。しかし、充実した時間の感覚を活用して仕事や勉強を効率よく行えば、少しは変わってくるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。

私や私と近しい間柄の人の中には、時間に関わるとても不思議な体験をしたという例がいくつかあります。それは、例えば短時間でこれだけの作業は不可能じゃないかと思うくらいの物事を処理して片づけてしまったという例なんです。例えば、食事の後の洗い物をして、洗濯物をたたんで収納して、買い物リストを作って、その日のタスクリストも作って、外出の予定があったので衣服を着替えて身なりを整え、必要なモノをカバンに詰め込み終わるまでの一連の作業を10分足らずでやったことがあるんです。普通ならとてもムリな話ですが、本当にこれが出来たんですね。自分でも不思議でした。ひょっとしたらこの間だけ時間の流れが遅くなっていたんじゃないかとか、時空が歪んだのか考えましたが、結局分かりませんでした。周囲の人に聞くと、数は少ないとしても似たような経験をしたことがあると言う人が何人かいたのも事実です。こんなことって、あるんですね。人によっては作業の内容が自宅の掃除という事もあるでしょうが、その時間の過ごし方の密度が高かったという事でしょうか。

単位時間あたりの処理量を増やすことで過ごし方の密度を高くするという方法は実際に存在します。例えばあるスキルが必要な作業を考えた場合、そのスキルの習熟度によって単位時間当たりで処理できるタスクの量は変わってきますよね。初心者と中堅レベル、大ベテランで師匠クラスといった3人を比べたら一目瞭然です。初心者が1件の作業をやっと終える頃には中堅の技術者は3件くらい仕上げているでしょう。師匠クラスならもっとたくさんの処理が終わっていて、仕上がりも文句なしのレベルになっていることでしょう。

同じ作業でも習熟度の違いで処理できる量が大きく変わってくるという事は、それだけ時間の過ごし方の密度が違うとも言えます。もちろん、その背景として、長い時間をかけて努力を積み上げてきた実績があるからで、初心者も頑張ればいずれ師匠クラスの仕事が出来るようになるでしょう。

また、習熟度の違いは作業効率にも影響を及ぼしませんか。慣れた人ほど道具を大事にするでしょうから、作業中のトラブルは少ないと考えられます。そのためにはメンテナンスをしっかりと行っておく必要がありますね。初心者だと、先ずメンテナンスの方法も最初に教わる必要があります。そのうえで、道具や途中で使用するものをタイミングよく使うために、作業の手順に合わせた配置なども必要になるでしょう。それらを分かったうえで作業を行えば、効率もアップします。途中で作業の手を止めて中座して道具を取りに行けば気持ちも途切れてしまうかもしれませんが、手を伸ばせば届くところに配置しておけば気持ちが途切れることも無いでしょう。

もう一つ、集中力も作業効率に影響を及ぼす要因です。人間はどうやら一度に集中できる対象は一つのようです。一度にあれもこれも片づけようとしても、ほぼ上手くできません。複数の仕事を同時に並行して処理しようとすることがありますが、自分は出来ているつもりでも実際には思ったほどの処理が出来ていない場合が多いようです。たくさんの案件を抱えていて同時進行で進めている人の場合、一つ一つに向き合う時は全力で集中して効果的に物事を進めているのでしょう。そして別の案件に取り組むときは、すぐに気持ちを切り替えて目の前の案件に集中すると考えられます。つまり、切り替えが早いというのも重要なポイントです。気持ちの上で引き摺らないで次に行くという事ですね。

こういったことも作業効率に影響してきます。流れ作業で行なう処理なのか、それとも一つ一つの案件が独立しているものを気持ちを切り替えながら集中してさばいていくのか、全く異なる処理の方法ですが、どちらの場合も習熟が上がることで、結果として一定時間内に出来る処理の量が変わって来ます。こういったことも時間の過ごし方としては考えておくとよいでしょう。

このように、意識すれば時間の長さは違ってきます、実際には違って感じられるという事ですね。逆に言えば、時間を意識しなければそこに時間は存在しない事にもなりませんか。例えば眠っている間、私たちは時間を気にする事は出来ません。夢の中でどれだけ長い時間を過ごしたとしても、何年も過ぎたと感じたとしても、実際にはそれだけの時間を過ごしてはいないのが普通じゃありませんか?

いつの間にか眠ってしまっていた、フト気が付いたら〇時間も過ぎていた、こんな経験は多くの人がしていると思います。電車に乗っていて座席に座れた場合、時としてウトウトすることがありますよね。でも降りる駅の直前で日本人は目が覚めるという技を持っている人が多いようです。海外の人には驚きの能力らしいのですが、「気が付いたら」という事ですからそれまでの間に、いつの間にか意識がぼんやりとした時間があったということですね。その間の時間の経過は感じ取っていません。

この辺り、利用できないかなって、今考えています。

 

 

「時間について考える」の2回目、前回は時間は誰にも平等に与えられるという意味について考えてみましたが、今回は時間をうまく活用する術を中心に考えてみたいと思います。「時間」そのものが何かを生み出すことはありませんが、効率よく上手く使う事が出来れば生産性に直結しますので「時間→生産物」が成り立つことになります。ということは、時間は目に見えるものではありませんが、生産物(または成果物)と交換できる「資源」と考える事も出来そうですね。

時間って、放っておいても流れていきます。時計などで測定すれば、流れていく時間の速さは誰が計っても同じです。しかし、時間の捉え方や感じ方によって長くなったり短くなったりするものでしたよね。では、ボンヤリと過ごすか、それとも忙しく過ごすか、あるいはドタバタと忙しく動き回りながら右往左往して過ごすか、それともトレーニングを重ねて練度を上げて効率よく過ごすか、過ごし方も人それぞれ、いろいろなパターンが表れて来ます。

同じ1時間を使う場合でも、何度も手が止まってボンヤリとする人、頑張っているようだけれども何かモタモタしている人、チェックリストのようなものを見ながら手が止まることなくどんどん作業を進めていく人、そのスタイルはさまざまです。それぞれの人は頭の中(または心の中)でどんなことを考えているのでしょうか。何に注目しているかという点が大きいように思うのですが、どうでしょう。

何度も手が止まる人は、ただひたすら時間が過ぎていくのを待っているのでしょうか。作業内容を覚えきれていないために手が止まっているというわけでも無さそうです。ひょっとしたら大きな心配事があるのかもしれませんが・・・。こういった場合、多くの例で時計を見ている事でしょう。

忙しそうだけれどもモタモタドタバタしている人、これもまた作業内容を把握できていないのかもしれません。必要な道具類の配置が手順に沿ったものではないのかもしれませんし、忙しいを理由にラクに作業を進めるための工夫を何もしていないのかもしれません。こういう人は作業をこなすことにしか注目していない可能性があります。

チェックリストを使って手が止まることなく作業を進めていく人、こういった人は作業の練度を上げたり作業を飛ばさないように自分で管理したりする術を身に付けているということですね。成果は一番多いでしょうし、仕上がりも一番良いのではないかと思います。

作業の進め方や成果物の仕上がり状況などで評価をするとなると、詰まるところ担当した人がどんな思いで作業を行ったかが大きな影響を及ぼしていると思いませんか。成果物の量や仕上がりに注目している人は、いかに効率よく作業を進めるかを考えている事でしょう。そのためにチェックリストを使ったりしているわけですね。自分が受け持つところで成果を出すということですから、時間を資源として使って成果物と交換していると考える事も出来ます。ボンヤリすることが多かった人は、時間(=資源)の無駄使いをしてしまっていたことになります。

さて、時間を資源として捉えるなら、今度は「資源なら効率よく生産性を上げたい」と思いませんか。「効率よく」という言葉があるように、ついつい時間はムダに過ごしてしまう事が多いモノでもあります。眠っていても時間は過ぎていきますから。

そうなると、「効率よく」という言葉を実現するためには何かその人なりの工夫をした方が良さそうです。全部を自分の頭の中で行うのはちょっと大変そうですね。「効率よく」時間を使うためには、どんな能力が必要かを考えて、そして出来れば何か道具の様なモノを使って自分の負担を減らしたくなりませんか。そのための考え方が「時間術」であり、ツールとして使う事が多いものが「手帳やノート、パソコン、スマートフォンなど」のグッズになります。

まあ、考え方が分かって自分に合いそうなツールを良いしても、それを使わなければ「効率よく」とはなりません。こう考えてみてはどうでしょうか、物事を始める前には計画を立てることが多いでしょうから、何をどのタイミングで使用するかの全体を先に見渡しておいて準備しておくんです。「忘れてた!」とならないように手元に揃えておくという事は大事ですね。その時点で作業がストップしてしまいますから。

これはキチンと行うためには段取りを整えておく能力が必要ですね。また、作業が始まったらその進み具合や仕上がり具合の確認も必要になるでしょう。この辺りは一括りにして管理能力ということになります。作業を均一にするためには作業マニュアルを作っておかなければなりませんし、締め切りがある場合はそれに間に合うようにしなければなりません。また、自分の受け持ち分だけではなく、作業内容によっては周囲の人の状況や全体の様子にも気を配る必要が出て来るでしょう。そうなると自分だけの時間管理では不十分になりそうですし、手帳かノートのようなもので記録も取っておかないと分からなくなることも想定しておく必要があります。

時間を資源として捉えるだけで仕事がいろいろと複雑になってしまいそうですが、これがうまく回り出せば順調に作業が進むようになります。作業として書きましたが、どのような仕事でもその内容が変わるだけで考え方が大きく変わるわけではありません。事務作業の人であっても、営業担当であっても、アクションが違うだけで考え方は変わらないと思います。

いろいろと面倒になるのでイヤだと思う人だって出て来るでしょう。しかし、目に見える形の資源なら無駄使いはしないと思いますが、時間を資源と捉えても目に見えないモノなので無駄使いしない行動は身に付けにくいかもしれません。しばらくはクセを付けるつもりで頑張りましょう。