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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

忙しい人は常に「時間に追いかけられている」ような感覚になり易いと思いますが、処理がある程度効率的に出来るようになると気持ちにゆとりが生まれます。今回は似たようなことですが、「時間を生み出す事は出来ないか」という観点で考えてみたいと思います。

「時間に追いかけられる」、追いまくられるという事もありますが、これでは時間が主人公で自分は使われている身になってしまいます。主体的に時間を使っているのではなくて、時間に振り回されている状態ですね。「時間に追いかけられる」のではなくて、「時間を追いかける」ようにならないと、いつまで経っても新しいスキルを身に付けたり挑戦したりする事が出来なくなってしまいます。「時間を追いかける」、そして必要に応じてでもよいので「時間を生み出す」事が出来れば、もう少しラクな気持ちで仕事や勉強に取り組めるかもしれません。

「時間を追いかける」も「時間を生み出す」も、共通している点は「効率化」という事でしょう。そのためには自分が使える時間を上手く管理することや物事の処理に優先順位を付けて処理していくことが必要になります。共通点があるなら、違いもあるはずです。「時間を追いかける」といった場合は、今手掛けていることを効率よく片付けていって、早め早めに処理する、あるいは先の事を考えて処理の順序を入れ替えるなどの手法が思いつきますが、「時間を生み出す」場合は何か別の事をするために必要な時間を作る目的があるようです。

限られた時間の中で新たに必要な時間を生み出すためには、今行っている処理を効率よく片づけてしまうか、または急ぎではないものや優先順位が低いものを後回しにして時間をを空ける必要があります。時間を生み出す必要がある予定が少し先だったとしても、早いうちからそれに向けての調整を行なっておけば、その時になって慌てるような必要はありません。

時間は限られた範囲でしか使う事が出来ませんが、工夫次第では時間を増やすことも可能です。場合によっては今取り組んでいる仕事や処理自体を見直した方が良い場合が出て来るかもしれません。しなくて良いものならば止めるというのも「あり」ですよね。また、似たような処理をすることが分かっている作業がある場合なら、別々にするのではなくて一緒にまとめて処理をしてしまった方が効率が良いはずです。そうすれば、先に片づけてしまっているので未来の処理の時間が浮いてきます。こんな工夫を積み重ねていけば、同じ処理の量を一定時間の枠の中で行ったとしても、空き時間が出来た分だけ自分の使える時間が長くなったことになります。つまり、時間を生み出したことになるんですよ。

こういった処理によって、必要な時間を圧迫する「ムダな時間」(とまでは言わないまでも)を見直すことで、する/しないの判断を考えた方が良いと思います。また、必要な処理でも方法が古かったりツールが使えなかったりすると、余計な時間がかかってしまいます。処理の方法を見直すとか、ツールやパソコンなどを活用するなどの方法も考えてみてはどうでしょうか。

さらに、行なう作業の内容によっては過去の例を参考にする、取引先に関わる事ならば相手の好みや傾向を知っておく、作業効率をアップするために使いたいツールのスキルを身に付ける、等々の準備をしておくこともよいでしょう。「時間に追いかけられている」中でこれらを仕事の中で行おうとすると、とても大変な事になるかもしれません。まずは、挙げたことを行う為にもスキマ時間や空き時間などを上手く使う事が必要になりそうですね。

ここでひとつ、ぶっ飛んだ(と言うほどでもありませんが)発想による考え方を紹介します。これは「時間を買う」という考え方なのですが、最初にこの話を聞いたのは私が30歳代の前半の頃だったと思います(書き手の私の年がバレますが、今から30年あまり前の話になります)。

ある全国規模の学会に参加した時のことです。講演や展示会場を見て回ってそろそろ帰ろうかとなって、最寄りのバス停で一緒になった初対面の人たちと三人ほどで立ち話をしていたらバスが来ました。土地勘のない場所でしたので三人とも迷わず乗ったのですが、どうも行き先が違うのか景色がだんだんと田舎風になってきました。不安になって運転手さんに尋ねてみたら、反対方向に向かうバスだったのだとか。乗り換える必要があるという事で降りたのですが、反対方向のバスが来るまで結構な待ち時間が出来てしまいました。その時一台のタクシーが通りがかりました。すると、三人の中の年配の男性がサッと手を上げてタクシーを止めて、私たちが向かうつもりだった場所を告げたんです。OKということで三人とも乗ったのですが、目的の場所(駅)に着いてその男性にお礼を言って運賃をいくらか出そうとすると「一人でも三人でも同じだから、いいよ」と言って、「時間を買ったんだよ、それじゃ」といって駅に入っていきました。時間を買うという言葉を初めて聞いたものですから、最初は全然意味が分からなかったですが、今はこの文章を書いているので意味するところは判断がつきます。

こんな考え方もあるんですね。時短と言ってしまえばその通りかもしれませんが、当時はそのような考え方があるとは知りませんでした。そうそういつも時間を買うという事は出来ませんが、また、そんな機会に出会うこと自体が少ないと思いますが、こんな方法もあるという事を知っておくと、いざという時には役に立ちそうですね。

 

 

今回は時間の有効に活用するための方法、というよりも時間を有効に使って空き時間をつくったり、短時間で手早く物事を処理したりするための考え方について書いていきたいと思います。世の中には「時間術」「時短術」や「裏ワザ」と呼ばれる手法がいくつも存在しているようですが、そういったものも含めて考えてみようと思います。

先ずは、時間を如何にすれば有効に使えるかを考えてみたいと思います、いわゆる「時間術」と呼ばれるものですね。これは、「如何にすれば限られた時間の中で最大の効果を発揮できるか」を考えるための手法だと思います。時間管理と考えればよいと思います。時間は限られたものですから「資源」と考える事が出来ますよね。その資源をどうすれば最も効率よく運用できるか、そこが時間を管理するうえでのポイントになってきます。

時間術としての考え方では、大きな予定や急ぎの要件、重要な案件などの予定を先に抑える(日程を確保する)ことを推奨するモノが多いようです。また、たいていの場合で取り組む予定が多数ある場合は優先順位を決めて取り組むといった考え方を示したものが多くを占めています。また、管理しやすいようにツールを活用する方法を提案するモノもあります。ツールを使う場合はそれを自分が使いこなせるように馴染んでおくことが必要ですが、その例として「手帳」「ノート」「電子手帳」「スマートフォン」などが多いようです。

どんなツールを使うにしてもあくまで補助的なものですから、自分がそれに振り回されないようにすることが大切ですね。

自分が取り組む、あるいは取り組みたい、処理したいものはたくさんあると思います。その中には、長期にわたる大きな案件で取り組みも難しいがプロジェクトのように完成すれば終了というものがある一方で、小さなチェックで済むけれども毎日行う必要があるものもあるでしょう。重要度や緊急度も様々です。そうなってくると、毎日のタスク管理も必要になりますし、大きなものならば構想を練る段階から完了するまでの計画を立てることも必要になるでしょう。

普段の毎日のタスクや突発で割り込んでくるタスクに優先順位を付けて振り分けで順に片づけていく、こんなことを毎日繰り返しているとちょっと空しい気持ちになってくるかもしれません。そうなると、今度は自分を癒すための時間が必要になるでしょう。いろいろとタスクの中身が増えてきそうですね。

だからこそのツールというわけです。また、短時間で効率よく処理できる方法があるなら身に付けたいとも思うようになるでしょう。如何にすれば短時間で処理できるか、時短術と呼ばれるものが必須に感じられるかもしれません。タスクの内容が異なれば時短術も違ってきますので、一つ一つのタスクに応じた時短術を身に付けることになります。ライフハックなどを調べてみる必要も出て来ますね。

そういったタスク以外の処理はどうすればよいでしょうか。どこかの空き時間やスキマ時間を使って一つ一つ調べていくことになるでしょう。「これにも時短術が必要になるんじゃない?」、そう思いませんか? 時短術ではなくても効率よくスキマ時間で調べていく自分なりの方法、こんなものを考えておかなければならなくなります。これでは逆に忙しくなりそうですね。

スキマ時間や空き時間が出来たときに何をするか、それをあらかじめ決めておいて、それに必要なモノを用意したうえで外出するなどの準備をしておけば、それだけでもずいぶん効率よく物事を進める事が出来ると思います。意外な事にスキマ時間や空き時間は移動や時間待ちなどで頻繁に発生します。そのことに気が付くだけでも、時間を管理することの重要さが分かりますよ。

資料や文献を読むのか、文庫本などの参考になりそうな本を読むのか、思いついたことを書き留めたりまとめたりするのか、それによって持ち歩くものも変わって来ますが、あらかじめ決めておくとスムーズに取り掛かれます。こういった時間って短時間しか取れないことが多いんですよね。グズグズしているとカバンのなかの資料を探しているうちにスキマ時間が無くなってしまう事もあるでしょうから、持ち歩くものやカバンの中などは普段から整理しておく必要があります。そのかわり上手く何かの処理が出来る場合はタイムプレッシャーが働きますので、自分でもびっくりするほど作業が進むこともあります。タイムプレッシャーは取り組むときの集中力として働きますので、決して大きなストレスにはなりません。どんどん活用していただくと良いと思います。

具体的な時間術の方法はたくさんの書籍が発刊されていますので、自分に合いそうな手法が書かれているものを選んで身に付ければよいと思います。もちろん、そのままでは使いにくい手法もあるでしょうから、その部分は色々と工夫を凝らしてもらって、自分が使いやすい手法になるようにアレンジを加えるとよいでしょう。

ただし、時間を惜しむあまり、複数のタスクを同時進行させようとする場合は注意が必要です。同時にいくつものタスクを進行させて処理すること自体は何も問題はありませんが、人間は一度に一つのことしか集中して取り組む事が出来ないようです。漫画の世界では忙しいビジネスマンが両方の耳で2本の電話で別々の相手と話をしながらパソコンを触っていたり書き物をしていたりする絵を見ますが、実際にこんな事が出来るとは考えていませんよね。もしもこんなことをすれば、全部が中途半端になってしまいます。どれ一つとして成果に繋がる処理は出来ないでしょう。

多少遠回りになると思っても一つ一つを順に確実に処理していく方が、結果的には早くゴールに辿り着けると考えた方が良いと思います。決して無理はいけません。

 

スキマ時間や空き時間のことも書きましたが、がんじがらめの時間管理では自分でも窮屈になってしまい、メンタルが壊れかねません。時にはボーッとして気持ちの切替えに少し時間をかけてみるのも必要でしょう。メリハリのある時間管理が望まれます。

 

 

今回は時間の経過についてタイトルに示したように、「時間は未来から過去に向かって流れている」という観点で考えてみたいと思います。一般的には時間は過去から未来に向かって流れていくという認識が多いようですね。私も以前はそのように考えていたと思います。しかし、現在では「時間は未来から過去に向かって流れている」とする考え方の方が優勢になってきているようです。

実際にインターネットで検索してみると、「時間は過去から未来に向かって流れている」という意味の文言で検索したにもかかわらず、ヒットして出て来る説は「時間は未来から過去に向かって流れていく」というタイトルの記事やサイトばかりです。ただ、普段は「時間が過去から流れて来るのか、それとも未来から流れて来るのか、そんな事を考えているヒマがあるなら少しは仕事をしろ」の状態じゃないでしょうか。

私たちが生きているのは「今」ですよね。もちろん、何年か前の生年月日の時点から自分の一生が始まりましたので、過去から現在に至り未来のどこかの時点まで自分の生涯は続くことになります。ですから、過去から現在に続く時間の中で生きていることは間違いのない事実です。

しかし、過去(の出来事)を変えることは誰にも出来ません。「過去は変えられる」という言葉をよく聞きますが、あれは過去の出来事を変えるのではなくて、過去の出来事に対する自分の考え方や捉え方を変えることでその意味が変わる結果、過去の出来事に対する自分の意識が変わるということですから、出来事を変えているわけではありません。この点は勘違いしてはいけない部分ですね。

過去の出来事は固定していますので何も変える事は出来ませんし、自分が過去に戻ることも出来ません。将来タイムマシンが発明されるかどうかは分かりませんが、もしも過去に戻る事が出来るようになったとして、いったい何をしたいのでしょうか。過去の出来事を変えようというのでしょうか。ややこしいことが起きそうな気もしますが・・・。

自分にとって都合が悪い選択をしてしまったために現在の姿があると考えるなら、過去に戻って当時の選択をやり直したいと思う事もあるでしょう。ただ、そのためには過去に戻った現在の自分がその結果を知っているから思いつく事じゃないですか? 現在の状況を知らない当時の状態に戻って改めて選択をやり直すと考えれば、当時と同じ人物の状態に戻るだけですから選ぶ選択も同じになるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。もし違う方の選択肢を選んだとして、果たして今の自分はもっと幸せになっているでしょうか。ひょっとして、今の自分はいなくなっていたりして・・・。

こんなことを考えても仕方が無いと思います。それよりも、今の状態に注力した方が良いのではないでしょうか。過去はだんだん手の届かないところに遠のいていきます。時間が流れてくるということは、時間の流れによって近づいてくると考えてもよいと思いませんか? 過去が遠のいていくのであれば、それは近づいているのではなくて遠のいていると思いませんか。

次の日曜日を例に考えてみると、仮にその日は5日後だったとします。明日になれば4日後になり、明後日になれば3日後になります。そして数日のうちに日曜日当日になります。そして月曜日になれば、もう日曜日は過ぎ去った昨日のことになります。日曜日は意識したその時から次第に自分の方に近づいてきて、当日になって、そして過去に過ぎ去ってやがて遠くに行ってしまいます。近づいてきたうえでやがて去っていくのですから、時間は未来から近づいてくると考えてもおかしくはないと思います。ひょっとしたら時間そのものは無いのかもしれません。「何を言いだすんだ?」と思われるかもしれませんが、時間という概念があるだけでじつは時間はじっとしていて、自分が動いているだけなんじゃないかと思う事もあるんです。残念ながら何故だかは分かりませんが・・・。

まあ、時間が過去から流れてこようが未来から流れてこようが、私たちの生活は別に何も変わりませんので、下世話な話として考えるならどちらでもよいことかもしれません。なぜこんなことが気になるかを考えてみると、時間が流れてくる元と先を意識してしまうからでしょう。過去から未来に時間が流れて来るなら、過去を意識して未来を良くしようと思うのでしょうし、未来から過去に時間が流れていくと考えるなら、未来をそのまま良くしたいと思うからじゃないでしょうか。

過去に目を向けたところで出来事は変える事が出来ませんので、現在の自分の姿が気に入らないのであれば過去よりも未来に向けて軌道修正をしなければならないでしょう。今の自分の状態が気に入らないので未来を変えたいというならば、やはり未来を意識して軌道修正が必要になります。ただ、どちらの場合でも軌道修正をするためには現在の行動を変える以外に方法はありません。

行動が変われば結果も変わります。しかし、行動を変えるためには自分の気持ちを変える必要があります。自分を鼓舞して奮い立たせて行動を起こす必要が出て来るかもしれません。少なくとも、多少は決意や覚悟が必要です。変える事が出来るのは「今」しかありません。

詰まるところ、未来がどうだとか過去がどうしたとか言っても、行動を起こせる「今」が最も大事な時間ということになります。今をどう過ごすかによって未来が変わってくるのですから、常に私たちは分岐点に立っていること、ですね。