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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

今回も時間についての考察です。今回は、後になると必ずといってよいほど後悔が付きまとうかもしれない「ムダに過ごした時間」について考えてみます。後になってから「しまった!」なんて言うことになるんですよね、でもその時は別にムダに過ごしているとは感じていなかったという場合も多い事でしょう。

なぜムダだと思ったかと言えば、それは「その時間を有意義に過ごすことが出来なかったから」でしょう。何かを生み出したわけでもなく、知識や技術などを向上させようとしたわけでもなく、ボーッとして頭の中の整理をしたわけでもなく、ただヒマを持て余して時間を潰したような過ごし方だったからではないでしょうか。

例えば、朝起きてしばらくボーッと何もせずに過ごすという習慣がある人はいませんか? 前回でしたか、生活や仕事の中でボーッとする時間も必要だとは書きましたが、朝目覚めてボーッとしてもあまり意味は無いのではないと思います。なぜなら、睡眠後ですから、頭の中は一日の中で一番クリアな状態のはずだからです。身体は未だ充分目覚めていないのかもしれませんが、過ごし方としてはもったいないことですね。

これは何も目覚めたらすぐに動き出せと言っているわけではありません。起きてすぐは身も心も寝ぼけているでしょうから5分や10分くらいはボヤーっとする事もあるでしょう。しかし、これが「時間」で表せるほど長くなってしまえば話は別です。起きて数時間は脳も一番冴えている時間ですから、この時間に何もしないという事がないように、せめて何かを考える時間に当てるとか、暗記する必要がある物に取り組むなど、生産的な時間に当てたいものです。

それから、スキマ時間や空き時間はどの様に過ごしていますか。例えば、移動する間の時間ですね。通勤のように電車を利用する人もいれば、自家用車を使う人も徒歩だけで済む人もいると思いますが、ひょっとしてスマートフォンでゲームをして時間を潰したりしていませんよね。車の運転中はさすがにゲームなどできないと思いますが、電車内では両手が開きますのでついついゲームなどを始める人もいます。

しかし、これもまた過ごし方としては問題があると思いませんか。電車内だと振動があるので読書は出来ないと言う人はいるかもしれませんが、オーディオブックのようなモノを利用すればどうなるでしょうか。また、ICレコーダーを使って自分で大事な事を録音して、それを聞く時間に当てるという方法もあります。頭の中を整理して今日一日の段取りを考えるとか、帰宅の途であればその後の予定を考えるなど、時間の使いようもあるでしょう。そんな事を毎日やっていては息が詰まるというなら、何もなければせめてボーッとするのでもよいと思います。

もう一つ、ムダな時間の占める割合が大きいものとして、モノを探す行為というのがあるそうです。大事なモノを無意識にどこかに置いたために場所が分からなくなったとか、机や書類棚が整理できていないために毎回探すことになるとか。こういう時間こそ、ムダな時間という事になりませんか。

少し面倒かもしれませんが、ある程度はモノの場所を決めておく事も必要です。出来れば身の回りの整理整頓、要らないモノは処分するなどをこまめに行っておくことも、ムダな時間を減らすうえでは大切ですね。これは習慣の部分も大きいでしょうから、クセづけをしておけば無意識にでも出来るようになります。そんな事も考えてみませんか。

また、時間のムダ遣いという事では、インターネットを使ってSNSで遊ぶなどで時間を過ごすという事も挙げる事が出来ます。インターネット上には様々な人が投降した記事が有ったりSNSに写真や動画がアップされていたりしますので、ついつい時間を費やしてしまい勝ちです。気が付いたらかなりの長時間遊んでいたという事も珍しくはありません。

インターネットでSNSなどの閲覧をいったん始めてしまうと、なかなか止めようと思っても止まりません。そういった点は問題視する必要があるんじゃないかと思います。これは使う人の側が自分で抑制しないと、こういった遊びは際限なく時間をムダにして費やしてしまいます。タイマーや目覚まし時計などを用いて音で気持ちを切り替えるきっかけを作るといった工夫も必要ですね。

SNSという事では別の問題もありますが、今回は話題が逸れてしまうので機会があれば別のところで考える事にします。

時間をムダなく活用するという事を考えるときに、時短術というライフハックのようなスキルを思い出す人も多いと思います。短時間で効率よく処理するという点で優れた手法が沢山あるようです。これらを活用するというのもムダに過ごす時間を減らすうえで良い方法かもしれません。

時短術は以前にも取り上げたかと思いますが、時間のかかる事(例えば仕事、家庭ならば家事、育児など)、手間で時間がかかることを効率よく処理して時間を短縮するための工夫やテクニックのことですね。前日のうちに準備をいくらか済ませておくという方法は時短術と少し違う気もしないではありませんが、結果として時短術になっています。時間がある時にある程度のことを予め処理しておくようにすれば、その時になってアタフタしなくて済みます。ただ、これを行うためには予め何が必要か、どんな準備をしておけば良いかを知っておかなければなりませんので、常に先回りして物事を考えるクセを身に付けておくと便利ですね。

前回も書きましたが、ボーッとして過ごす時間の全部がムダというわけではありません。何もしない時間も、必要あってそうする場合がありますので、自分がツラくなるところまでムダな時間を潰す必要はないと思います。ボンヤリと過ごすことが休息になって心身ともにリフレッシュにつながるなら、それはムダな時間ではなく、必要な時間と捉えましょう。


 

 

「1日は常に24時間、誰にも平等に与えられている」という言葉がありますが、感覚的な時間はその人の過ごし方によって長くも短くも感じられるものです。また、24時間の枠の中で自分が自由に使える時間はそれほど多くは無いと言う人も多い事でしょう。仕事をしている間は他の事が出来ませんし、家族と過ごすためにはいくらかの時間が必要です。何らかのコミュニティに属している人はそのグループ内の立場に応じた役割りがあるでしょうから、そのための時間も必要になります。そこから諸々の生活上必要な時間を除くと、残る時間はあまり多くは無いでしょう。少しでも時間を多く取りたいために、移動の時間や待ち時間を有効利用したくなるわけですね。

また、今の時代に生きる私たちは様々な場面で情報が洪水のように押し寄せて来ます。現代の人が1日に受け取る情報量は昔と比べると、びっくりするくらい増えています。どのくらい増えたかというと、例えば平安時代の人と比べると1日あたりに受け取る情報量が今の時代の人は当時の人が生涯かかって受け取る情報の量に匹敵するのだとか。一生分という事ですね。時代が下って江戸時代の人と比べても1年分にあたる量だと言われるのです。それほど爆発的に増加したということです。

これは、どの程度利用しているかは人によって異なるでしょうけれども、テレビやラジオ、新聞、その他の既存のメディアから情報を受け取る以外にも、インターネットの普及に伴う情報伝達力のアップ、各種SNS、インターネット上に上がって来る膨大なデータ等が要因です。それに伴ってデマやウソの情報も増加しています。まさに玉石混交の状態です。あまりにも多すぎて、どれを信用すればよいのか分からないと言う人も多いのが現状です。ここまでくると、一人一人の情報選択能力や「考える力」が重要になってきます。必要不可欠と言ってもよいでしょう。

頭の中がオーバーヒート気味になっていませんか。これを鎮めるためにリラックスできる時間を確保するとか、少ない時間をやり繰りして趣味に没頭するなど、いろいろと工夫している人も多いと思います。そんな中で、時々何も考えずにボーっとしてしまうことって、ありませんか?

ふと気が付いて時計を見るとずいぶん時間が経っている事もあります。こんな時って、ものすごく損したような気になるかもしれませんが、じつは大事な時間の過ごし方だったかもしれないんです。

この「損した気持ち」になりそうな過ごし方をしてしまった(?)時間ですが、じつは脳にとってはとても良い時間の過ごし方かもしれないんです。何故かというと、最近よく聞く説として「ぼーっとする時間は脳のパフォーマンスを高めるために非常に重要だ」と言われているからです。ムダな時間を過ごしてしまったと悔やまなくても良いという事ですね。ムダに時間を過ごしたのではなくて、記憶の整理、発想力の向上、ストレスの軽減、自己理解を深めるなどといった多くのメリットもある、必要な休息だったんですね。

もちろん、こうしたボンヤリとした時間を過ごすにも注意点があります。自分では長い間ボーッとしていたと感じるかもしれませんが、それでも数時間程度でしょう。過度にボンヤリとしてしまう状態、例えば一日中ボヤーっとしてしまうと、むしろ逆効果です。そんなに長くボンヤリとした時間を過ごしてしまうと脳が退化してしまう可能性が出て来ます。ちょっとした休憩といった感じで良いのではないかと思います。なによりも、休憩と緊張のバランスが大切ですね。どちらかに偏ってしまうのはいけません。適度な緊張も脳のパフォーマンスを高めますので、適度な休憩と活動のバランスを大切にしましょう。

では、一見ムダな時間を過ごしているようにも見えるような「ボーッとしている間」に、脳は一体何をしているのでしょうか。気になります。

この状態は、「脳のスタンバイ状態」とでもいうような状態なのだそうです。スタンバイしている時、私たちは「この後、どんなことが始まるんだろう」などと考えることがありますよね。何を待っているかがある程度判断できる場合だと尚更です。いろいろと想像を巡らせるかもしれませんが、全部が仮定の状態です。「もしも、こんなことが起きたら、こうしよう」等、静かに想像しているかもしれません。

じつはそれと同じような事をしているのが、この「脳のスタンバイ状態」なんです。脳はこれからの自分の身に起きるかもしれない事を想像してどのように対処しようかと考えたり、自分が過去に体験したことの記憶を整理したり統合したり、そんな事をしているんですね。そして、今の状況を考えながら頭の中で準備をしているらしいのです。

ボンヤリとしながら自分の今の状況を考えたりしているわけですから、周囲の何かに反応して思いがけないアイデアを思いつくこともあるようです。空からアイデアが降ってきたといった状態でしょうか。例えば、友人と雑談をしている時、テレビを何となく眺めているようにして見ている時、電車の中で周囲の人の話し声が聞こえる程度に聞いている時等、急に思いつく、閃くと言ってもよいでしょう。これが解決策やアイデアになる事もあるでしょうし、そこまで行かなくても打開策のヒントになることもあります。

日本では昔から「三上(さんじょう)の閃き」という言葉がありました。フト思いついたりする場所が3つあるというんですね。それは全部、何かの上にいる時、または乗っている時だという事なのですが、いずれも昔の人にとっては馴染みのある場所のようです。

一つ目は「 馬の上」、昔はある程度以上の階級の人は移動するときは馬を使ったんですね。今の時代に置き換えるなら、電車や車で移動する間になります。2つ目は「 枕の上」。寝床でウトウトしている時でしょうか。3つめは「 厠(かわや)の上」。今で言うトイレの中のことですね。これらの場所はいずれも身も心もリラックスし易い場所です。そのうえ集中力が高まる状態をつくりやすいということでしょうか、良いアイデアが閃きやすいとされた場所なんですね。

これらは昔の人の智恵ですが、脳の性質を上手く利用した話なのだそうです。きっと、日頃からずっと考えていることが、リラックスしているときにフトまとまった形で出て来るのかもしれませんね。

 

 

忙しい人は常に「時間に追いかけられている」ような感覚になり易いと思いますが、処理がある程度効率的に出来るようになると気持ちにゆとりが生まれます。今回は似たようなことですが、「時間を生み出す事は出来ないか」という観点で考えてみたいと思います。

「時間に追いかけられる」、追いまくられるという事もありますが、これでは時間が主人公で自分は使われている身になってしまいます。主体的に時間を使っているのではなくて、時間に振り回されている状態ですね。「時間に追いかけられる」のではなくて、「時間を追いかける」ようにならないと、いつまで経っても新しいスキルを身に付けたり挑戦したりする事が出来なくなってしまいます。「時間を追いかける」、そして必要に応じてでもよいので「時間を生み出す」事が出来れば、もう少しラクな気持ちで仕事や勉強に取り組めるかもしれません。

「時間を追いかける」も「時間を生み出す」も、共通している点は「効率化」という事でしょう。そのためには自分が使える時間を上手く管理することや物事の処理に優先順位を付けて処理していくことが必要になります。共通点があるなら、違いもあるはずです。「時間を追いかける」といった場合は、今手掛けていることを効率よく片付けていって、早め早めに処理する、あるいは先の事を考えて処理の順序を入れ替えるなどの手法が思いつきますが、「時間を生み出す」場合は何か別の事をするために必要な時間を作る目的があるようです。

限られた時間の中で新たに必要な時間を生み出すためには、今行っている処理を効率よく片づけてしまうか、または急ぎではないものや優先順位が低いものを後回しにして時間をを空ける必要があります。時間を生み出す必要がある予定が少し先だったとしても、早いうちからそれに向けての調整を行なっておけば、その時になって慌てるような必要はありません。

時間は限られた範囲でしか使う事が出来ませんが、工夫次第では時間を増やすことも可能です。場合によっては今取り組んでいる仕事や処理自体を見直した方が良い場合が出て来るかもしれません。しなくて良いものならば止めるというのも「あり」ですよね。また、似たような処理をすることが分かっている作業がある場合なら、別々にするのではなくて一緒にまとめて処理をしてしまった方が効率が良いはずです。そうすれば、先に片づけてしまっているので未来の処理の時間が浮いてきます。こんな工夫を積み重ねていけば、同じ処理の量を一定時間の枠の中で行ったとしても、空き時間が出来た分だけ自分の使える時間が長くなったことになります。つまり、時間を生み出したことになるんですよ。

こういった処理によって、必要な時間を圧迫する「ムダな時間」(とまでは言わないまでも)を見直すことで、する/しないの判断を考えた方が良いと思います。また、必要な処理でも方法が古かったりツールが使えなかったりすると、余計な時間がかかってしまいます。処理の方法を見直すとか、ツールやパソコンなどを活用するなどの方法も考えてみてはどうでしょうか。

さらに、行なう作業の内容によっては過去の例を参考にする、取引先に関わる事ならば相手の好みや傾向を知っておく、作業効率をアップするために使いたいツールのスキルを身に付ける、等々の準備をしておくこともよいでしょう。「時間に追いかけられている」中でこれらを仕事の中で行おうとすると、とても大変な事になるかもしれません。まずは、挙げたことを行う為にもスキマ時間や空き時間などを上手く使う事が必要になりそうですね。

ここでひとつ、ぶっ飛んだ(と言うほどでもありませんが)発想による考え方を紹介します。これは「時間を買う」という考え方なのですが、最初にこの話を聞いたのは私が30歳代の前半の頃だったと思います(書き手の私の年がバレますが、今から30年あまり前の話になります)。

ある全国規模の学会に参加した時のことです。講演や展示会場を見て回ってそろそろ帰ろうかとなって、最寄りのバス停で一緒になった初対面の人たちと三人ほどで立ち話をしていたらバスが来ました。土地勘のない場所でしたので三人とも迷わず乗ったのですが、どうも行き先が違うのか景色がだんだんと田舎風になってきました。不安になって運転手さんに尋ねてみたら、反対方向に向かうバスだったのだとか。乗り換える必要があるという事で降りたのですが、反対方向のバスが来るまで結構な待ち時間が出来てしまいました。その時一台のタクシーが通りがかりました。すると、三人の中の年配の男性がサッと手を上げてタクシーを止めて、私たちが向かうつもりだった場所を告げたんです。OKということで三人とも乗ったのですが、目的の場所(駅)に着いてその男性にお礼を言って運賃をいくらか出そうとすると「一人でも三人でも同じだから、いいよ」と言って、「時間を買ったんだよ、それじゃ」といって駅に入っていきました。時間を買うという言葉を初めて聞いたものですから、最初は全然意味が分からなかったですが、今はこの文章を書いているので意味するところは判断がつきます。

こんな考え方もあるんですね。時短と言ってしまえばその通りかもしれませんが、当時はそのような考え方があるとは知りませんでした。そうそういつも時間を買うという事は出来ませんが、また、そんな機会に出会うこと自体が少ないと思いますが、こんな方法もあるという事を知っておくと、いざという時には役に立ちそうですね。