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サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

今回は人を育てる時や成長して欲しい時の考え方になりそうなテーマを取り上げて考えようと思います。誰にも長所がある反面、直した方が良いんじゃないかという短所も持ち合わせていますよね。それをどう捉えて、その人を伸ばすか、あるいは成長してもらうか、こう考えた時の3つのパターンについて取り上げる事にします。

①長所を伸ばす

これは一番ラクなやり方じゃないでしょうか。指導する側も興味を持たせやすいし、当人も努力と意識せずに取り組めると思います。また、取り組んでいて少々大変な時でも、楽しく感じる事が出来るんじゃないかとも思います。この時、もし短所が気になったとしても、いったんそれを横に置いて、得意な事に取り組むことになります。ちょっと気がかりと言う人が出て来るかもしれませんので、場合によっては合わない例が出て来るかもしれません。

この方法には大きなメリットがあります。言わずもがなですが、いくつか挙げてみると、自己肯定感の向上、モチベーションの維持、短所の改善、更には独自の価値の創造につながる可能性などですね。得意なことに取り組むわけですから当人も存分に集中出来るでしょうし、それによって自信もつくでしょう。そういったところから自己肯定感も高まりますし、自己効力感(「自分は目標を達成できる」という自信や確信を持つこと)も生まれます。
それらはやがて、今度は苦手なことにも応用して出来るようにしようという意欲にも繋がるでしょう。さらに言うと、自分の長所(つまり得意な事)に取り組むわけですからストレスを感じることも少なくなります。そして何より、楽しんで自分の能力を磨くことができるので、人生や仕事に対する満足度も高まります。

これについて、先のコメントの中で「独自の価値の創造につながる可能性」と書きました。その意味ですが、長所を磨いていくなかで様々な気付きが生まれてくると思います。その気づきの中には「こんな側面があった」、「ちょっと工夫するだけで随分簡単になる」などの気付きも生まれてくると思います。さらに、「視点の位置をずらせばどうなるか」、「この角度からアプローチすれば何が起きるだろう」、「全体を俯瞰すれば、何が見えるか」、「この作業って、別の件の処理と似ていないか?」など、新たに試してみたいポイントだって見つかるかもしれません。

そんなところから発展して、今までになかったユニークなものを発見することだって、無いとは言い切れませんよ。こういった気付きや発見があれば、他の人にはないユニークな価値の創造にもつながる可能性が出て来ます。先に書いたコメントは、こんなことも期待できるんじゃないかという意味のつもりです。長所が短所を補っても未だ余りある魅力となることもあるんです。

②短所を直す

こちらの方は長所を伸ばすやり方に比べると、少々ツラく感じるかもしれません。振り返ってみると、学校に通う頃はむしろこちらの方が機会が多かったんじゃないかとも感じます。学校でも、家に帰ったら親からも、「短所を直せ」、「欠点を改善しろ」、「弱点を克服しろ」などなど、ずいぶんと攻め立てられた(?)記憶がよみがえります。

また、振り返ってみると、短所を直せと言われても具体的な事は指導されていなかったようです。ただ面白くないことを監視の元でひたすら繰り返した、本当に苦い経験しか出て来ません。何が良かったのか未だに分かりませんし、克服できたかどうかも判断できていないのが現状です。さらには、「長所はいつでも伸ばせるから後回してよい」として、こちらの方は放置されていたんじゃなかったっけ。酷い例では長所を長く放置したことで理解できていたことの大半を忘れてしまって、得意が不得手に転じてしまった例も有ったとか無かったとか。

ただでさえ自分でも短所だと感じている部分ですから、わざわざそこにスポットを当てて取り沙汰にしなくてもいいじゃないかって、そう思うんですよね。文句の一つも言い返したくなるのですが、それを言えば何十倍もの叱責が返ってきます。指導する側がこんなことをしても逆効果だと思うのですが、どうでしょう。

そして、苦手という事が悪いのか、苦手なので成績が良くないことを攻め立てているのか、叱責する割には、「どこが苦手なのか」、「どうすれば直せるのか」といった肝心のポイントはほとんど示してもらえなかったような記憶しかありません。これでは修行ですよね、荒行と言った方がよいかも・・・。そして、苦手なものほど余計に嫌いになっていく・・・。

これでは直していることにならないと思います。直すならば、まず「どこを直すか」「どうやったらうまく直るか」を特定する必要があると思います。結局、どこを直せばよいかが分からないからいつまで経っても直らないので、具体的にどの部分を直せばよいのかを明確に示して、それを改善するための具体的な努力や工夫を伝えることをしないと、ポジティブな結果につなげることは出来ないと思うんですよね。

子供であっても大人であっても、自分は何処が苦手は漠然と分かっていることが多いでしょうから、それを具体的に「どの部分か」を知るところから改善の行動は始まります。その次には「どうやって直すか」の方法、ここでも具体的な方法論が無いと、直すにしてもどうすれば直せるのかが出て来ません。さらには、いくらかでも改善出来たところがあれば、それをポジティブに捉える事も必要です。にもかかわらず、「まだここが出来ていない」なんていわれたら・・・、分かりますよね、どんな気持ちになるか。

一つでも改善できれば、本当ならそれは自信につながります。しかし、短所をコンプレックスと言い換えたとすると、一つ改善できても、次々とコンプレックスに感じるものが出て来るんじゃないでしょうか。「そこまで気にしなくても・・・」と第三者が感じたとしても、当人にとってみれば欠点であり短所と捉えているのでしょう。なかなか諦めてくれません。

こうなってくると、その短所と思っているところは当人がそう感じているだけで、本当はあまり短所と捉える必要が無いんじゃないかという例も出て来るんじゃないでしょうか。あるいは、そこまでこだわって直さなくてもいいんじゃないかと思うような例があるんですよね。

③長所を伸ばして短所を補う

これは長所を伸ばしつつ、短所も一緒に直そうという考え方のようですね。これは短所だけを取り上げて直そうとするよりもはるかにストレスが少ない方法だと思います。短所に取り組む時はいつだって強くストレスを感じてしまいませんか。おそらく、長所と短所の両方に取り組むわけですから、いくらかでもストレスは和らぐんじゃないかという想像が出来ます。

ただ、子供の頃はともかくとして、大人になると長所はアピールできても、短所になると口をつぐんでしまったり明確に出来なかったりする場面が多いようですね。普段から、あまりこういうことを考えない人も増えているようです。自分が不利になるからでしょうか。もしかしたら、社会人になったのだから短所や弱点の部分を使わなくてよい仕事を探す、そんなスタンスに変わってきているのかもしれません。

私個人としては、「長所をとことん伸ばしていけば自然に短所も気にならなくなる。また、長所に引っ張られるような形で短所自体が短所でなくなって、いつのまにか普通に出来るようになっている」、そんな考え方を取りたいと思います。この考え方だと、長所を伸ばすことで自分の能力全体が上がっていくと捉えているようですね。自分が大きくなって能力がアップすれば短所も気にならなくなるでしょうし、能力アップのおかげで「以前は出来なかった」ことも、ある程度は出来るようになるというわけですが、実際にこんな事もあるようなんです。短所が気にならなくなることで取り組む時に身構えて緊張する事が無くなるからでしょう。自然体で取り組むことで、「いつの間にか普通にこなせるようになっている」というのは、理想的だなと思います。

皆がこのように出来れば、もっとラクになりそうですね。


 

 

このシリーズの最初に書いたときのテーマが「丁寧に生きる」というものでした。そんなところから始まったこのシリーズも今回で100回目になります。そこで、初心に戻って「今、自分はどんな生き方をしているか、何を考えて生きているか」を見つめ直してみようと思いました。最近、肩の力が少しずつ抜けてきたように感じるので、普段の生活の中で何を考えているのか、ちょっと自分の中を覗いてみようと思います。

正直言って、自分の生き様をあまり難しく捉えたり複雑に考えたりするのが面倒になってきたんですね。あれやこれやと考えてしまうと気が散ってしまうという事もあるのでしょう、気持ちの上で負担が増えて、行動を起こせなくなる気がするんです。もう少し単純に考える事は出来ないか、ゴチャゴチャとオプションを増やして負担ばかり増えたって仕方がない、そんな事を思うようになってきたんです。物事をもっとシンプルに考える、そんな生き方が出来たらいいなと自分でも思うように変わってきた気がします。

例えば、あるコミュニティの集まりに参加しようか、それとも止めておこうか、迷ったとします。以前はいろいろと考えてなかなか決める事が出来なかったという例も多かったと思います。しかも、行ったら行ったで「行かなくてもよかったようだ」と思い、行かなかったら「行けばよかったかもしれない」と残念な事をしたと思う、そんなことが頻繁にあったのですが、もっと単純に考えてどうするかを決める事が出来れば、ラクになりますよね。判断の軸は簡単です。「面白そう」と思うかどうか、あるいは「面白いと期待できる」かどうか、これくらいで判断すれば簡単に決める事が出来ると思います。軸を加えるとすれば、「何か自分にも得られるモノが有るかどうか」くらいでしょう。

行っても行かなくても後悔の念が湧き起こるのであれば止めておいても良い、単純にそう考えれば何も問題は起きません。ほぼすべてにおいて、こんな考え方を軸として自分の中に持っていれば、あまり迷ったり悩んだりしなくなるでしょうね。

個人的な体験ですが、あるスピリチュアル系のセミナーに参加した時に主催者から言われた言葉があって、妙に納得したという事がありました。その言葉というのが、「あなたの場合、やってもやらなくても結果としてあなたの感情に大きな違いは生まれない」というものだったんです。私なりに解釈すると、「やっても、やらなくても、後悔するなら同じじゃないか」という事じゃないかなという答えになったんですね。それなら、もっと単純に考えて「する」か「しない」かを決めたって、結果としての自分の気持ちが同じなら、「どっちでも良い」という事でしかありません。

そんな経験をしたことが、自分の意識の変化に影響を及ぼしているようです。でも、この方が早く決める事が出来ますし、ラクに決める事が出来ます。しかも、行けば行ったで「面白かった、役に立つ話が聞けた」、行かなかった場合は「きっと、その方が自分には都合が良かったんだろう」と捉えるように、気持ちが変わって来ました。行かなかったのですからそこでどのような話が出たのかは分かりませんが、自分には「今、今回」は良いタイミングではなかったのでしょう。そのうち、必要ならまた機会が巡ってくる、それくらいの気持ちでよいと思います。

こんな判断軸を持つと、本当に気持ちがラクになるんですよね。

今回のテーマは「シンプルに生きる」というものですが、辞書的にはどんな意味があるのでしょうか。気になったので調べてみました。すると・・・、「『シンプルに生きる』とは、不要な物事や複雑さを排除し、自分にとって本当に大切なものに集中する生き方。物理的な物だけでなく、お金、時間、人間関係などを単純化し、心地よさを追求することが含まれる」と書かれていました。細かい点はその都度考えるとして、大筋で今の私の判断軸と大差ないもののようです。

私が今判断の軸にしているものは3つくらいです。
一つめは「楽しいか、面白そうか、楽しいと思えるか」、または「そうでないか」といったもの。これは、よく言われる「ワクワクするか、心地よいものか」と似た軸だと思います。

二つめは「何か自分にも得られるモノが有るかどうか」というものです。これは別に損得勘定で動くという事ではありません。世の中には私がまったく知らない事や分野に精通している人がいますので、そのような人から知らない世界の話を聞く事が出来れば、それだけでも私にとっては視野が広がります。これも体験として興味深いものです。

三つめは二つめの内容とも重複しますが、新しい体験になるかどうかです。例えば、初詣にしか行く事が無い神社仏閣も、正月以外は違った様子でしょう。実際に全くの平日に行ってみると新鮮な気持ちになるかもしれませんし、気が付かなかったものを見つけるかもしれません。全くはじめてのコミュニティでも、面白そうな事をしているグループだと思ったら参加してみるのは「有り」だと思います。

余談になりますが、新しい体験は脳にとっても非常に有用だと聞きます。数は少なくなりますが、初めてで知り合いが誰もいないコミュニティにフラッと行って参加してみるのも、新しい体験として良いと思います。一年の中でほんの数回程度でも、こんなことをしてみるのは面白い体験が出来る機会ですね。適当に相槌を打っていても「楽しく感じられないなら次は無い」、それで良いと思います。

それよりも、普段の生活の中にちょっと目新しいことを取り入れるようにすると、時にびっくりするような体験をするかもしれません。私も時々そのような体験をするんです。子供の頃に通った道を今の自分が同じように歩いてみると、実は驚くほど狭い道だったと感じることがありました。私の身体が大きくなっただけなのですが、実際に体験するととても新鮮な驚きが得られるんですね。相手は何も変わっていなくても、自分の方が変わったために感じるギャップは興味深いものです。同じことは書籍でも、その他の事でも、探せばいくらでも出て来ます。

そういった体験に新鮮な驚きや楽しいと感じる気持ちを持つ、そんな事も大事にしたいなと思います。

 

 

今回も棚卸しについて考えることにしますが、自分の知識や技術以外にも振り返るものがあるんじゃないか、そう思ったので今回は経験について取り上げる事にしました。自分が経験したことや当事者の立場で体験したことが対象になりますので、これまでに書いてきた知識や技術に加えて実績やキャリアを含めた全般についてを振り返ることになるでしょう。

キャリアや経験について考える前に、経験と体験の違いを最初にハッキリとさせておこうと思います。

「体験」は当事者として自分が実際にその場にいて行うこと、あるいは行った事を指します。ですから、何か特定の物事や出来事の瞬間や、その時に受けた感覚や湧きあがった感情、印象といったものに焦点を当てます。自分の行動やその時のメンタルの動きなどが対象になるという事ですね。

それに対して、「経験」といった場合は「体験」はもちろんのこと、これを繰り返したり振り返ったりすることによって、そこから得られた知識やスキル、教訓、学びなどまでも含みます。ですから、積み重ねてきた「体験」を振り返って考えて得られるものがあれば、それによって初めて「経験」が形作られていくという関係です。

経験と体験の違いが分かったところで、今回の対象になるのは「経験」の方ですね。どこで何をしていた時に、どのような経験を積んだかという事を振り返る事になるのが「経験の棚卸し」ということになります。また、どんな組織や企業のどの部署で、当時の自分はどのような立場にいて、どういった業務を担当したか、その時にどのような体験があったか、そういった事も一緒に考える必要があるでしょう。振り返って自分を見つめ直すわけですから、整理をしやすくするためにも時系列にならべて考えると見落としが無くなると思います。それぞれについての深掘りも忘れてはいけませんよ。

なぜ自分についての棚卸しをするのかという目的ですが、「自分自身のことをよく知る、深く理解する」といったことだと考えています。そうすれば、自分には何が出来るか、反対に何が出来ないかが分かります。もしも知識や技術として必要にもかかわらず不足している、欠落している部分がある、あるいは足りないということが分かれば、その部分を補強しなければなりません。自分の課題を見つけ出すという意味でも、自分の棚卸しは必要だということが分かります。

また、何が得意で何が苦手かといった得手不得手も自分で自覚する事が出来ます。当時の自分が(その時の人間関係などの環境にもよりますが)楽しく仕事が出来ていたのか、それとも苦手な事に取り組んでツラい思いをしていたのかも分かります。どうせ仕事をするのであれば誰だって楽しく取り組みたいのは当然の事でしょう。

そのうえで、自分が持つ知識や情報、技術、経験がどの分野に集中しているのか、あるいはどんな分野にまたがって広がっているのかを知ることも出来ます。また、それが得意分野なのか、それとも苦手な分野なのか、知識や情報、処理するための技術などに自分は詳しいかどうか、こういった事も一緒に考えていくと自分がどのようなキャリアを積み上げてきたのか、それまであまり意識したことが無かったとしても、分かってきます。

そうやって自分についての振り返りによって分かってきた自分の自画像のような姿、これは何に役立つのでしょうか。

棚卸しをして分かった知識や技術は、それまでに積み上げてきた自分の実績と言えるでしょう。過去から現在に至るまでの過程を表しています。それは経験も同じですね。しかし、ここでリタイアするならともかく、自分の事を知って何に役立てたいかと言えば、突き詰めれば「自分にとって、より良い未来を作るため」になるんじゃないですか。現在の状況に満足していて、これ以上何も積み上げる必要がないという人がいるなら、それもよいでしょう。しかし、ほとんどの人が更なる上を目指したいでしょうから、現状に満足などしていないのがホンネだと思います。

今取り組んでいる仕事、今自分が知っている事や出来る事、自分の経験やそこから学び取った智恵などから、積み上げてきた自分の実績を知ったうえで、更なる高みに自分を押し上げるためのキャリアをどのように作り上げていくか、棚卸しはそのためだと私は思っています。

キャリアのステップアップということになると頭の中に「転職」ということばがチラつき始めます。どういった企業や組織に転職すれば自分が楽しくキャリアを発展させる事が出来るか、今の職場び何が不満か、それを考えてみる事も出来ると思います。それを通して、自分の価値観や仕事上で大切にしたいことが何かを一緒に知る事にもつながります。

また、どの職場や組織が働きやすいか、ラクかを知ることも大事ですが、自分はどんなキャリアに発展させたいのか、何を伸ばしてどう広げたいのか、そんなことも一緒に考えるなら、未来は少し明るくなるんじゃないですか。

 

何も転職までしなくても、場合によっては部署異動だけで済むかもしれません。何かのライセンスで仕事をしている医療機関のような場合、部署異動は難しいでしょうけれども、そうではない組織の場合なら「こんな仕事がしてみたい」と言う理由で申請を出せば異動が可能な場合があるかもしれません。そんなことも調べたうえでアクションを起こしてみるのも考えてみてはどうでしょうか。ただし、軽い気持ちではいけません、決心や覚悟が必要です。

インターネット上のサイトには、経験の棚卸しをどのようにすればよいかという記事などもたくさん記載されています。どんな方法でもよいので、一度振り返ってみて自分がいる位置を確かめてみるのも良いと思いますよ。