今回は「越境学習能力(かなり聞き慣れない言葉ですが)」について考えてみます。じつをいうと、社会人が仕事などの活動をする上で必要となる資質を調べている中で、私も初めて知った言葉なんです。「越境~」と言った場合、たいていロクな事にならない気がしませんか。実際に、あまり良い意味としては用いられていませんよね、他人の領域を侵す、入り込むといったニュアンスを感じます。ですから、揉め事に発展しそうな火種を孕んでいるような、不穏なイメージが付いて回る気がします。
しかり、これが「(越境)学習能力」となると、雰囲気がガラリと変わります。ましてや、社会人の基礎的な資質や能力として必要だとする考え方に変わってしまいます。詳しく見ていくことにします。
まず、越境学習とはどのようなモノかを知る必要があります。社会人であれば、皆どこかの組織に所属して何らかの仕事をしている事でしょう。中にはフリーランスで仕事をしている人もいますが、仕事をするときの環境は毎日ほぼ変わらないと思います。越境学習とは普段所属して仕事をしている会社や職場から離れて、まったく普段とは異なる環境で働く体験をすることで得られる気付きや学びを得ることです。
この場合の「普段とは異なる環境」は同じ社内の別の部署ということもあれば、全く別の組織やコミュニティという場合もあります。環境が変わって普段は会わない顔ぶれの人たちの中で働くのですから、考え方や価値観、立場、その職場の文化なども全然違ったものを体験することになります。普段とは違う新たな視点で仕事や物事を見る事になるでしょうから、そのような視点を手に入れる事自体も、貴重な体験になるでしょう。そして、そこからいろいろと学び取る事が出来るかどうかが、越境学習能力というわけです。
このように、まったく異なる環境で働くわけですから、一部では「社内留学」「社外留学」等の呼び方もあるらしいですね。他社という事になると受け入れてくれる側も何らかの期待があると考えて良いと思います。他の文化圏(?)から来た人はこの職場をどの様に受け止めるかなど、そこで働く人への刺激を期待する場合も出て来ます。その意味では「社外の勉強会」などは越境学習に近いような側面を垣間見ることも出来ると思います。
越境学習の具体的な例としては、他社への出向、ビジネススクールや社会人大学での受講、ボランティア活動やワーケーションなども含むそうです。そう考えると、「社内留学」もあってよいかもしれません。その場合は出向の扱いになるんじゃないでしょうか。転勤や転籍移動だと戻って来るとは限りませんが、越境学習の場合は戻ってくることが前提のようですから。
さて、これは当人にとっても、また職場にとってもプラスになる要素がたくさんあると感じるのですが、なぜこれが「社会人基礎力」に入っていないのか、それでいてなぜ重要視されるのかを考えてみたいと思います。
経済産業省が提唱する「社会人基礎力」は、職場などの一つの組織や既存の枠組みの中で、周囲と協調しながら成果を出す能力に重きが置かれた内容ですね。しかし、現代はビジネス環境も複雑に変化してきていますので、それだけでは対応できない課題が増えて来ました。したがって、提唱された社会人基礎力を補完、または拡張する新たな視点からの能力が求められるようになってきました。その具体例の一つが越境学習能力なのでしょう。まさに、急務なんですね。
理由としては3つほど挙がっています。
一つ目、イノベーションは「知の探索(遠くの知の結合)」から生まれるため
同じ環境に長くいると、同質化(思考の硬直化)が起こりやすくなります。社会人基礎力が「組織を円滑に動かす基礎的な力」なら、越境学習能力は「外からの刺激を利用して、変化を起こすモノ」に当たります。イノベーションの多くは、「既存の知」と「異なる分野の知」の掛け合わせによって生まれます。
二つ目、自律的なキャリア形成(プロティアン・キャリア)の必要性
組織に依存せず、環境に合わせて自分を変えていく、そんな「自律性」が求められるようになりました。今の時代は終身雇用が当たり前ではなくなってきています。越境経験は「会社の看板」を外した自分に何ができるかを突きつけています。この経験はタフなキャリア自律心を養う最高の機会になります。
三つ目、正解のない複雑な課題への対応力
現代の社会が抱える課題は、一つの分野の専門知識だけで解決できるものはほぼありません。異なる分野の医療や技術、経済、福祉など、複数の領域の境界を越えた対話によって全体像を捉える力が必要不可欠になっています。
こんな状況なら、社会に出てから身につけるよりも、その前の段階で体験できれば、それはその人の大きなメリットになりそうですね。そのためには、どのような力量が必要になるでしょうか。
①葛藤を乗り越える力
はじめての環境や慣れない場所での学習だと、これまでの自分の「当たり前」や常識が通用しない場合が出て来ます。そんな状況になったときに、それを拒絶するのではなく、むしろ受け入れる事で古い知識や価値観を一度手放す事が出来るような力量です。
②文脈を翻訳する力
異なる環境で飛び交う言葉や文化を理解して、自分のホームの文脈に合わせて言葉や例え話を使って置き換えた表現をしたり、橋渡しをしたりする力量です。
③アイデンティティの再構築力
複数のコミュニティを経験することで得られる視点を使って、「自分は何者か」「何を大切にしたいのか」などから自分自身を多角的に見つめ直し、自己を更新(アップグレード)していく力量のことです。
こんな力量が必要になるんですね。ただ異なる環境に行くだけでなく、行って帰っての「行き来すること」を通じて自己を変容させることが重要になります。
さらに、大学生はどのようにしてこれらを学べばよいかということになりますが、「大学(学部・ゼミ)」のような居心地の良いホームから、あえて少し緊張感のあるアウェイへ越境し、再び大学に戻って省察(振り返り)するというサイクルになるんじゃないでしょうか。
異なる環境と慣れ親しんだホームとの間を行き来しながら自分を育てていくという点では、上記と同じですね。アプローチの例としては以下の通りです。
1、まず、学外のアウェイ環境へ飛び出す
(特に異業種やベンチャーへのインターンシップ)
アルバイト意識ではなく、意思決定や課題解決が求められる場に身を置いて社会人のスピード感や意思決定に触れる。
2、地域課題解決プロジェクト(PBL)やボランティア活動に参加する
世代や職業、価値観がそれぞれ全く異なる地域住民や専門家と協働し、共通言語が通じないもどかしさを経験する。
3、他学部・他大学との合同ゼミや留学
自分の専門分野(あるいは自国)の常識が全く通用しない、学術的・文化的なアウェイを経験してみます。
具体的にどんなステップになるかですが、以下が予想できるようです。
①アウェイな環境に飛び込んで、違和感や葛藤を体験する
新しい環境だと「なぜここでは自分のやり方が通用しないのか」「なぜこの人はこういう考え方をするのか」というモヤモヤや違和感を感じることになりますので、これを意識して捉えます。
②ホームに戻り、客観的に内省をする
アウェイでの体験を日記などで文字に書く、あるいは信頼できる友人や教授に話すことで、「自分の何が通用しなかったのか」を言葉にして表現します。
③自分の学びを抽象化、言語化する
「今回の経験から得た本質は何か」を振り返りながら考えます。大学での専門的な学び(理論)と、現場で見たリアル(実践)を結びつけて、自分なりの独自の視点として消化して自分の気付きとします。
④次の行動(日常)に活かす
得た気付きをもとに、日常を少し変えてみます。例えば、大学での授業の受け方を変えてみたり、新たな学習テーマを設定したりして、日常の行動を変化させるんです。
大学生は、まだ社会に出て働いているわけではありませんので、「何者でもない」が故に、多くのコミュニティでは歓迎されやすい存在です。だからこそ、リスクなく越境できる特権があります。意識的に「少し居心地が悪いけれど、興味がある場所」へ足を運ぶことが、結果として社会人基礎力をさらに高い次元で活かすための土台となります。
越境学習を「ただの体験」で終わらせないための実践ステップ越境の効果は、アウェイにいるときではなく、「ホームに戻ってきて、体験したギャップを深く考えたとき」に生まれます。
現役の頃の私は現場で働く社会人として、新人や中途採用であっても、新たな人が入職してきた時が受け入れる側にとっては大きなチャンスという意識で仕事をしていたのですが、これは間違ってはいなかったようですね。
