今回はタイトルのようなテーマにしました。「出る杭は打たれる」という言葉はよく耳にしますよね。そのうえで、「出過ぎた杭は打たれない」という言葉も時々耳にします。出る杭というのは、組織の中でいろいろな意味で少し目立つ存在の人を指しているようですね。お調子者のような人がいて、大事な時や皆が真剣に取り組んでいる時に周囲の人を茶化して水を差してみたり、悪ふざけをして皆を困らせるような悪戯をする、そんな人物がいれば、皆が迷惑をします。こんな人を誰かが叱りつけるのは分かるのですが、出る杭といった場合は少し事情が違うようです。
優秀で成績が良いとか、人望がある、人気がある、評価が高い、そんな人に対する周囲の人たちの妬みや嫉妬というところでしょうか、仕事の邪魔をしたり陰でいじめたりと、足を引っ張られる状況に陥る事が頻繁に起きるようです。こんな状況を指して「出る杭は打たれる」と表現しているようですね。
ところが、その優秀さや才能、実力などが抜きんでて来ると、もはや周囲の人たちは妬んでいる場合ではなくなります。組織などではそんな人の足を引っ張るよりも利用して全体の成績を上げる方が、メリットが大きいことになります。そんなレベルまで評価が高まった人物に対して、ジャマなんてしていれば自分たちが損になる、そんな理由もあるのでしょう。優秀な人が足を引っ張られたり仕事の邪魔をされたりという事が無くなってくるんですよね。この状態が「出過ぎた杭は打たれない」と言うのでしょう。
出過ぎた杭に例えられるくらいの人物になると、実力や才能は周囲の人と比べても圧倒的に優位なレベルにあると思います。そんな人を相手に競争しても、勝つことはムリでしょうね。むしろ「自分は自分、あいつはアイツ」というくらいに開き直った方が賢いという判断になります。周囲の人たちがこのように評価したうえでもう手を出してこなくなるという組織は、比較的まともな組織じゃないでしょうか。周囲の人たちも諦めモードとでもいうか、足も引っ張らずに互いに淡々と仕事をこなしていくわけですから、決して悪い人たちではないのだと思います。
ただ、組織にもよりますが、 世の中にはびっくりするほどヘンな考えを持つ人がいるのも事実です。彼の評価が上がる、それはつまり自分の評価を下げることだと思い込む人もいるんです。たとえ、担当している仕事が全くの別の分野だったとしてもです。「自分の評価を下げるわけにはいかないから、彼の評価を下げなければ自分の身が危うい」、そんな考え方に凝り固まっている人も実際にいるんです。
こんな人は「出過ぎた杭は打たれない」のではなくて、「出過ぎた杭には届かない」という表現の方がピッタリする捉え方だと思います。出過ぎているから叩きたいけれども届かないというだけなのですから、いつでも、どこでも、隙あらば必ず襲撃してきます。出過ぎて高すぎて届かなかったとしても、はしごをかけたり脚立を持ってくる才覚さえ働けば、まちがいなく足を引っ張りに来ます。
優秀な人にとって、そんな人を相手にしているヒマなんてありません。だから、どうしても無防備になってしまうんですね。襲撃する側の人は、おそらく視野狭窄なのでしょう。いずれ手段と目的を混同することになります。彼を潰せるなら多少の犠牲はやむを得ない、私も実際にそんな出来事を目の当たりにしたこともあります。結果として、組織全体での評価が下がってしまいましたが・・・。
もう一つ、出過ぎた杭についての言葉がありました、「ありました」というよりも「見つけました」という事のようですが・・・。それは、「出過ぎた杭は引き抜かれる」というもの。先に挙げた私が感じた言葉「出過ぎた杭は届かない」とは少し違うようです。
「引き抜かれる」という意味には二通りあるようなのですが、どちらにも共通していることは「その組織からいなくなる」ということでした。出過ぎると評価されるくらいの優秀な人物の場合、周囲の人たちが放っておくはずがありません。必ずちょっかいを出してきては仕事の邪魔をするでしょう。それが高じて、嫌がらせをしたり有る事無い事のうわさをバラまいたりもされると思います。周囲からもどんどん孤立していき、排斥され、その組織の中にいることが苦痛になったりメンタルの面がおかしくなったりして、最終的にその組織から出てしまう、いなくなってしまうというのが一つ目の意味です。この時、周囲の人たちは手を叩いで喜ぶでしょうね。しかも、辞めたあとからでもずっとその人の事を悪く言い続けると思います。本人がその場にいませんので、好きなだけ悪口が言えるわけですね。
もう一つの理由は、出過ぎたと評価されるくらいの優秀な人物だと、その組織の人はともかくとして、取引先や同業者が放っておかないでしょう。他所に引き抜かれて転職してしまうので組織の中からいなくなる、そういうことなんですね。こんな時の周囲の人たちの反応はどうでしょう。唖然とするか、悔しがるか、いずれにしても自分でなかったことに残念がるんじゃないかと思います。
実際に、最初に挙げた理由で組織からいなくなった人物の実例を私は知っていますが、定員の設定されている組織の場合、辞めさせたのはよいけれども定員割れになって上層部から責任者が詰められる場合があります。だからこそ当人がいないにも関わらず悪口が延々と何年も続くのでしょう、こんな場合は追い出した側の自業自得だと思うのですが、どうでしょうか。
人が集まってできた組織なら、構成する人達は様々でしょう。考え方も、仕事の仕方も、皆バラバラでしょから、統一するために最初は社員教育が必要になるのだと思いますが、抜きんでた人物がいなくなるのは組織にとって大きな損失になるんじゃないでしょうか。ただ、それよりも自分の立場や保身を優先する人がいると、本当なら大きなマイナス要素を抱え込んでいることに、上層部の人も気が付いて欲しいと思います。


