サポートライター みけ の独り言

サポートライター みけ の独り言

電子書籍のはなし、文章のはなし、ことばのはなし、書く事、話すこと、ゆめのたねで喋っていることなど、言葉にまつわるいろいろなことを中心に、書いてみたいと思っています。

 

最近やたらと何かに反省することが増えてきた来たするのですが、前回の文章でもでもやらかしていたようです。能力、力、この辺りの使い方がごっちゃになっていたみたいですね。ちょっと整理しておきます。

「社会人基礎力」は「3つの力」として全部で12の(能力)要素で構成されています。そして2018年の改訂版では「3つの視点」が加わったという事でした。12の要素を能力と書いても間違いではないようですが、3つの力も能力と書きたくなる辺りで混乱が生じていたようです。ここで整理をしたうえで、今回以降は言葉を統一したいと思います。以下の通りに表記します。

 

社会人基礎力、3つの力、12の要素、3つの視点

今回取り上げるのは「3つの力」の部分です。これは「前に踏み出す力(アクション)」、「考え抜く力(シンキング)」、「チームで働く力(チームワーク)」、この3つで表現される「力」ですね。これが合計で12の(能力)要素に分かれるという事でした。2018年の改訂の前後でも、「12の(能力)要素」と「3つの力」に変更はないとのことです。
 
「3つの力」を考えてみると、「前に踏み出す力」は当人が積極的に自分から動こうとする姿勢を促す姿勢を求めているという事ですね。また、「考え抜く力」は最近よく聞くようになった「質問力」というのでしょうか。「問いを立てる力」が話題になっているこの頃ですが、それを求めているように感じ取る事が出来ます。加えて「チームで働く力」になると、仕事は自分独りで完結出来るものではない事が多いので、他の人の協力を仰ぐことが多いのだから協調性が無いと仕事は難しい、そんなことを示しているようです。

「指示待ち」という言葉がありますが、誰かから、多くは上席者や先輩でしょうけれども、その人たちから「これをしろ」「あれをやっとけ」という具体的な指示が無いと何もしない人が居るんですね。中には「やり方を教わっていないから」と、具体的に教えられていないことはしないと言う人もいるのだとか。ちょっと信じられない気もするのですが、新たに入職してきた人がこれでは、仕事を教える方も大変ですね。


これらの「3つの力」は、誰かに指示をされない限り自分からは何もしない「指示待ち」と言われる人たちに対して、企業が求める人物像(自分で考えて、自分から動く人物)を示していると捉えること、出来ませんか。

もちろん、働く場所はなにも企業の中に限った事ではありません。地域社会やさまざまな団体、組織なども仕事をする場所であるはずです。個人で働くフリーランスの人でも、仕事や取引をする相手がいますよね。「社会人基礎力」は職場や地域社会といった「それぞれの人が働く場所」で、周囲の様々な人たちと協力し合って仕事をしていくために必要な、基礎的な力を指しています。ですから、どこまでこの概念を理解できるか、自分の性格や資質、才能などのどういった面をうまく使えばそれが遺憾なく発揮できるか、こんな事を考える必要があります。

「社会人基礎力」がもつこの概念をキチンと理解するためには、最も重要なのが「3つの力」なんです。この「3つの力」に示されている(能)力、これらは単なるスキルとして考えるよりも、「仕事に向き合う姿勢やOS(基盤)」のような、それこそ本当に基礎的なモノとして捉えると分かりやすくなるんじゃないでしょうか。「12の要素」は12の能力ですから、これらだって大事なことに変わりはありません。しかし、捉え方で見れば「3つの力」がOSなら、「12の要素」はそのうえで動くアプリケーションのようなモノとして考える事が出来ますよね。

「3つの力」を今の時代ではどのように捉えればよいのか、調べてみました。今の私が自分なりに考えた個人的な意見を先に少し書きましたが、それはともかくとして、例えばこのように考えてみてはどうでしょうか。

1. 前に踏み出す力(アクション)

これは「一歩前に踏み出し、失敗を恐れず粘り強く取り組む力」と捉えればよいとのことでした。自分から動く姿勢に変わりはないのですが、ただ指示を待つのではなく、自分から課題を見つけて、処理や解決に向けた行動を起こす力として捉え直すんです。自分から動き出すのですから、主体性をもってしなければなりません。誰かに指示されて動くのであれば、それは主体性がある事にはなりませんよね。

主体性って「自分の意思で~」という事ですから、何をするにも必要な事ですよね。あまり強すぎると問題行動になりかねませんが・・・。「自分から~」という主体性をもって物事に進んで取り組む姿勢が求められているんです。これは同時に、「何をすべきか」を自分で考える事も必要になりますので、闇雲に行動を起こすのではなく、「何をすればよいか」、周囲を見渡して状況を判断する、そういった事も含まれてきます。

また、単に自分が動いただけでは解決に至るとは限りません。周囲の人に呼び掛けて他人にも協力をしてもらい(巻き込む)、解決に向けて皆を動かしていく事も必要です。自分一人で完結させようとせず、周囲の人に働きかけて皆を鼓舞する事も必要になるでしょう。

今は正解がない時代です。完璧に準備してから動いていたのではタイミングを逃してしまうかもしれません。かつての時代と違って、今は「まず動いてみて、そして、走りながら修正していく」という事も必要な時代です。時代の変化がどんどんスピードアップしていく中で、こういった姿勢が求められる時代だという事も知っておいて損は無いと思いますよ。

長くなりそうなので、続きは次回にします。
 

 

さほど昔の事ではありませんが、「社会人基礎力」という言葉をはじめて知った時、ちょっとびっくりしたことを覚えています。それと同時に、当時は若い人を羨ましいと感じた記憶も鮮明に残っています。これがいつ頃だったかの正確な時期は忘れましたが、多分2010年代前半だったと思います。私が社会人になった頃は「どのような資質や能力が社会人として必要か」なんて誰も考えていなかったようですし、教えてくれそうなことろも無かったんじゃないかと思います。ですから、2010年代になってやっと何かのセミナーだったと思いますが、この言葉を聞いて「今の時代の人はいいな~」って思ったのでしょう。自分に足りないところがあると思ったら、何を補えばよいか自分でも見つけて補強する事が出来ますから。

「社会人基礎力」、興味があるのでちょっと調べてみました。これは経済産業省が2006年に提唱したもののようですね。私が知ったのは、当時2010年代の頃の解釈のようですね、提唱されたことろ比べて、解釈として知った内容に全く変化はありません。ですが、現在は「人生100年時代の社会人基礎力」としてアップデートされているのだとか。いつの間にか進化しているようですよ。

社会人基礎力は必要な能力として12の項目を挙げています。そして、それらを3つの能力グループに分けているようです。これについてはアップデートの前後で特に変わってはいないそうですね。12の能力は言うなればツールであって、それを3つの能力グループに分けてはいますが、これらをどのように活用するかを考えるために、新たに「3つの視点」という観点がアップデートの時に加わったとのこと。

改訂版が出た(アップデートがあった)のは2018年ごろのようです。社会人基礎力が提唱されたのが2006年ですから、その間に世の中の変化もあったのでしょう。それに合わせてのアップデートのようですね。

提唱された2006年の頃は、「若年層の就職力の強化」、つまり「大学から社会へのスムーズな移行」が主な目的だったようです。私の記憶が正しければ、この頃は就職したい人にとっては氷河期のような時代だったような記憶があります。国家資格を持っていても仕事に就けなかった人が結構な人数いたようでしたし、実際にそんな人に会う事もありました。

それも含めてになりますが、せっかく専門分野の教育を受けたうえで社会に出るわけですから、「専門的なスキル以外にどのような能力を身についていれば社会に受け入れられるか」という視点がとても大事だったのでしょう。2006年版は特に能力という言葉が前面に押し出されていると感じるのも、この観点があったからこそのようですね。

社会人基礎力が提唱された2006年の頃は、ワークライフバランスという言葉が広がり始めた頃じゃなかったっけ。また、「キャリア」という言葉も周知されるようになった頃じゃなかったかな。昭和の頃の理不尽さと根性論で育てられた人が、平成の時代でもまだ中堅くらいで頑張っていることも多かったと思います。加えて、その上の世代がまだ現役という事も多々あったでしょう。若い世代はその反発の手段の一つとして「キャリアは積み上げるモノ」といった考え方を刷新して、「キャリアは自分でデザインするもの」として意識が変わり始めたのも、この頃だったと思います。

そのキャリアの一部としての捉え方も含めて、社会人がいろいろな事に対して「学び」を意識して実際に学びの実践をしていたのも、この時代だったんじゃなかったでしょうか。ただ、時代の変化はびっくりするほど変化が大きく、また速くなっています。しかし、この当時はまだ、社会人も年齢を問わずいくらかゆとりの気持ちがあった人も多かったでしょう。しかし、いつの間にかそれらも変わってしまいました。

社会人基礎力が提唱された2006年当時の空気感と、現在の「人生100年時代」という意識が当たり前になった今の時代の空気感には、なにか決定的な違いがあると思いませんか。おそらく、それは「切実さ」の違いでしょう。世の中を見て感じる先行き不安な感じと、そこで生活を続けなきゃと思う切迫感など、以前は無かったんじゃないかな。そんな社会の変化が意識の変化につながって、それらが違和感やズレを感じる何かに繋がっているようです。学びも当時はゆとりの一つとして感じていたでしょうし、ひょっとしたらステータスのつもりと言う人だっていたかもしれません。

そして、社会人基礎力もその位置づけが、身についていれば有利な「プラスアルファの教養」だったものが、いつの間にか「生存のために必要な戦略」と言い換えてもよいほど変わったという事のようですね。

私の振り返りには間違ったところだってあると思います。理解不足もあると思います。昭和から平成に変わった時は夜勤の為に職場で過ごしましたし、定年になって一年もたたずに平成の世が令和の時代に変わりました。私自身も時代とズレているところは有るんじゃないかな。

なんか、老害ジジイのボヤキみたいな話になりましたが、社会人基礎力に挙がっている12の能力は、今も昔も変わらないようです。また、それらを束ねている3つの力というものも、何も変わっていません。提唱された内容は今も昔も必要、必要不可欠として挙がっていた能力ばかりです。ここまで整理してあったものは初めてですが・・・。

「世の中、変わったな~」という話をしているうちに長くなってしまったので、12の能力や3つの力、3つの視点については、その内容を次回以降にまとめていきたいと思います。

 

 

今回は価値観について考えてみたいと思います。随分以前の事ですが、価値観について考えたことがありました。あの時は「自分の信条のようなモノ」として、物事を考えたり選択したりするうえでの自分なりの基準というような意味での価値観でした。今回は「仕事の価値観」ということで、仕事をするうえでの判断や選択を考える時の基準のような意味で考えてみたいと思います。

仕事の価値観は「仕事をする上で大切にしたい自分の考え方や思い、信念、判断基準など」、人によっては「仕事に求める自分のやりがい」かもしれませんが、「仕事観」と呼んでもよいものです。あまりそのような事を考えた経験が無い人もいると思いますが、考えておいて損は無いようですね。自分が気持ちよく働くうえで大事にしたいことですから、曖昧な状態の人も整理しておいた方が良いでしょう。

なぜなら、仕事の価値観は「なぜ(自分は)働くのか」といった自分への問いや、「仕事に求めるモノは何か」の問いに対する自分の答えに当たるものですから。おそらく、「やりがい」や「収入」、「生活の安定」、「ワークライフバランス」等々の言葉が出て来るんじゃないでしょうか。また、出てきた言葉が他の人と同じであったとしても、その優先順位は違ってくると思います。これはその人の経験や置かれた環境によって形づくられていきますので、職場環境やそこでの人間関係、就業の状況などに影響も受けるでしょう。また、これらが異動や転職によって変化すると、その人の価値観も変化する可能性があると思います。ただ、この価値観はその人らしいキャリアの選択や充実感を得るための根幹となるものですね。

仕事の価値観を明確にすれば自分らしい働き方が出来るという事は分かったとして、それをどのように役立てたらよいかも知っておく必要があります。

例えば就職の時に行なう企業訪問がありますが、どの会社に就職するかを考えると、ここで望まない企業への訪問はしないでしょう。自分に合った企業を選びたいところです。そのためにも、なんとしても企業と自分とのミスマッチは防がなければなりません。その企業に求められる人材、その企業が行なっている業務、社風なども含めて考えるなら、自分の仕事に対する価値観が明確なほど探しやすくなりますよね。

また、仕事をする上でのモチベーションや前向きな姿勢の維持と向上を図る場合も、自分の仕事に対する価値観が明確な方が取り組みやすいと思います。そして、納得感のあるキャリアの形成(さらにはストレスの軽減)にも必要です。このように自分の軸を定めることによって就活や転職における意思決定も迅速になり、同じ職場への長期的な定着や自分自身の満足度の向上を実現できます。結局、この辺りが仕事の価値観の目的でもあるんですね。

さて、ここまで書いてきてフト思ったのですが、仕事の価値観によるデメリットって何も無いのでしょうか。何事にもメリットがあればデメリットもありますから、仕事の価値観だって同じじゃないかという疑問が生じます。じつを言うと、デメリットも無いわけではありません。なぜって、自分らしい働き方をしたいのは当然だと思いますが、それが他の人に負担をかけることにならないとも限らないからです。自分の負担を軽くするために他の人の負担が増えたのでは何にもなりません。根本的に仕事の方法を変えたとしても、はたして解決するかどうかは別の話です。

自分の「仕事の価値観」に固執しすぎると、振りかざすと言った方がよいかもしれませんが、そんな事をすると他者や職場との衝突を招きかねません。自分の事ばかり主張して押し通すなんてことをすれば周囲の人に迷惑をかけることにもなります。また、皆がそれをやり始めると収拾がつかなくなります。お互いに柔軟性を欠くデメリットが出て来るんですね。ですから、他の人との兼ね合いも考えながら、「調整しながら相談のうえ」という事に落ち着くのではないかと思います。

仕事の価値観を主張し過ぎることで生じるデメリット、あるいはリスクは「他者との衝突」や「職場環境の悪化」だけではありません。それによって生じる「人間関係の悪化」も出て来ます。自分の価値観を他者に強要(?)することによって周囲との対立が生じるでしょう。そうなると、仕事上の円滑な協力体制が築けなくなります。これは業績に影響しますよね、もちろん、良い方への影響ではありません。

また、自分の仕事の価値観を大事にしすぎると、物事を考えるうえでの柔軟性にも影響が出ます、これも低下する方に。これは個人の範囲にとどまるかもしれませんが、「こうあるべき」という所まで固定観念が強すぎるようになると、何らかの理由で生じる「予期せぬ環境の変化」が起きた時など、柔軟な対応が出来なくなるかもしれません。考え方が固定化した仕事観に凝り固まってしまうと、新しい視点を受け入れられなくなる事も出て来るでしょう。こうなると、個人の範囲では済まなくなります。

また、仕事の 価値観はそれぞれの人の内面的なものですから、それぞれが自分自身で理解するまででも時間がかかる場合があります。そのうえ、言語化が難しいという点があります。ですから、職場と、あるいは他の人とのコミュニケーションで明確化することが難しいことも、デメリットの一つとして良いでしょう。また、それに伴って仕事が中断するようなことでもあれば、それにかかる時間的コストも考える必要が出て来ます。

加えて、それぞれが自分の価値観を大事にするのは良いとしても、その度が過ぎると、会社の方針と合わなくなるんじゃないかな。そうすると、その大きなギャップなどに不満を抱えやすくなるかもしれません。どこかで割り切る事が出来ればよいのですが、そうならない場合は(職場環境やその時の人間関係にもよりますが)、職場自体がストレスの温床になる場合だって出て来るかもしれません。

こういったデメリットや内に孕んだリスクもあります。仕事の価値観は大切ですが「伝家の宝刀」ではありませんので、必要に応じて許容範囲での譲歩もしていただく必要に迫られることがあるでしょう。そのうえでの自己実現という事も、考えておいていただければと思います。