どんなに辛いことがあろうが
朝はやってくるのだ。

溢れでる涙を止めて
腫れ上がった瞼のまま
私は駅のホームにいた。

人は少なく、ガランとしている。
地下鉄の空気がやけに冷たく感じ
この世のすべてが私に優しくないのだ。と思った。


あれほど泣いたというのに
気づけばまた私の頬を流れ落ちる。

本当は大声で泣いてしまいたかった。
けれど、どれほど心が乱れても
私の理性はしっかりと働き、私に待ったをかける。

これでいい。これでいいのだ。

素直になることをはき違えてはいけない。
私は私を保たなければいけない。


感情のままに泣きじゃくるのは大人になった私では見苦しいだけだ。


眠そうに気だるげにサラリーマンが新聞を開く。
カサッと紙のすれる音がなんだか温かい。


その音を背後に聞きながら
私はまた涙を流す。


誰も知らない。
すれ違う人も、毎朝顔を合わせる売店のおばちゃんも
私の涙の理由など誰も知らない。


誰にも知られずに私は泣く。
誰にも気付かれないようにうつむいて泣く。


始発が私を迎えにくる。
甘えを忘れた私を乗せて
進め。進め。
「今日のテスト最悪だったー!」
由香は隣に住む茜にそうこぼした。
茜はクスリと笑って
「どんな色?」
とたずねた。
「もうね、真っ青よ!」

「真っ青?」

「そう!血の気が引いていくような青よ!」

「でも、青は爽やかなんでしょ?」

「爽やかじゃない青もあるのよ!」

「ふふ。そうなのね。」

二人は笑いながら話す。
いつもの光景だ。


夜になって、由香は満点の星空に気がついた。
由香は急いで受話器を手にとると母が言った。

「茜ちゃんに電話するのはやめなさいよ。」

「なんで?」

「なんで?て、あんた。目が見えない人に星の話したって嫌味じゃない。茜ちゃんが可哀想よ。」

茜は産まれたときから目が見えない。
母はそのことをいつも可哀想だと言う。
由香にはよくわからなかった。


次の日、由香は茜に母のことを話した。

「なんで、お母さんは茜を可哀想だって言うのかわかんない。」

茜は笑いながら

「仕方ないよ。目の見える人にしてみたら私は不自由だし、可哀想に見えちゃうんだよ。」

「茜は私の話聞くのいや?」

「ううん。由香の話聞くの好き。私は見えないけど、由香はいろんな色を教えてくれる。大人はみんな諦めちゃうの。言ってもわかんないだろう。て。教えてくれない。」

「そっちの方が意地悪じゃん。」

茜はケラケラと笑って
「そうだね。意地悪だね!」
と言った。


「うわぁー!茜!今日の夕日は綺麗だよー!」
由香は大きな声で茜に言う。

「どんな色?」
茜は嬉しそうにたずねる。


「燃えるような青春の色!!」

「…綺麗だね!」


あなたは今、人生で一番美しい姿で私の前にいる。


今日、娘は嫁いでいく。



幸せそうな顔をして
愛する人の手をとりあなたは歩く。
沢山の人達があなたを祝福しているわ。
いつの間にこんなに沢山の友達ができていたのかしらね。

今日のあなたは本当に綺麗だわ。
親バカかしら?
だけどね、本当にそう思うのよ。


あなたはマイクの前に立って、目にいっぱいの涙をためて私にあてた手紙を読む。



初めてあなたが「ママ」と呼んでくれた日のことをなぜか鮮明に思い出せるの。
なんにも喋れなかったあなたが
突然「ママ」と私を呼んだのよ。
真っ直ぐ私を見つめて、屈託なく笑ってそう呼んだのよ。

すごくすごく嬉しくて、私は思わず泣いてしまったの。




いつの間にか一人で歩いて
いつの間にか大人になって
いつの間にか愛する人を見つけて


一体いつの間にこんなに立派になったのかしら。




「ママ。今日までありがとう。」


幸せになりなさい。