好きになった人がもう結婚していた場合、どうしたらいいのだろうか?

答えは決まっている。
諦めるしかない。と。



優しい人だった。
優しくて、頼りになる。だけど、偉ぶらなくて、少し気弱で…

気付いたら目で追っていた。

会話を交わすたびに距離を縮めたくなってしまう。
近くにいると触れたくなってしまう。
笑顔を向けられると舞い上がってしまう。

もっと話がしたい。
もっと触れていたい。
もっと近くにいたい。
もっと
もっと
もっと…


あの人に奥さんがいることは知っていた。

だけど、止められなかった。

あの人に想いを告げて、あの人が受け入れてくれたとき、夢かと思うほど幸せだった。

奥さんがいる。
そんなことはどうでもいいと思ってしまった。
あの人は私を選んでくれた。
それだけで十分だった。

町行く家族を見れば私とあの人を当てはめた。
二人の間には可愛い子どもがいて、幸せそうに歩いている。

あの人と私は幸せだった。




あの人から別れを告げられたのは突然だった。
泣きながら理由を問いただす私に
あの人は言った。
「妻が妊娠したんだ。」

だからなんだ。と思った。
あの人との子どもなら、私だって喜んで産める。
どうして私じゃないの?
あの人は困ったように、呆れたように
「参ったな。わかってただろ?割り切ってくれてると思ったのに。」
とため息とともに吐き捨てた。


あんなに優しかったあの人は、とても面倒くさそうに私を見ていた。


ただ恋をした。
当たり前のように抱いた感情を、世の中は否定する。

もっと話したいの。
もっと触れていたいの。
もっとそばにいたいの。


ただ、それだけだったのに。
初めての恋は実らない。と聞く。
だけど、「恋」てどこから?
ただ一緒にいたい。と思ってしまったなら
それはもう「恋」なのだろうか?


小学生のとき、同じクラスになった
神谷 孝平。
頭が良くて、優しくて、私は彼と一緒にいることが楽しかった。
彼は目立つようなタイプではないけれど
誰にでも親切で、みんなからよく慕われていた。

だが、男女の仲がいいと勘ぐられてしまう。
「お前、孝平のこと好きなんだろー?」

まだ小学生だった私には、それはあまりにも恥ずかしいことで
「好きだけど、友達としてだよ。」
なんて大人な返し方はできなかった。

私は恥ずかしさのあまり
「好きなわけないじゃん!」
と、やたらムキになって答えたのだ。


それ以来、孝平とはなんとなく口をきかなくなった。
ありがちな話だ。

だけど、私はあれからも孝平の側にいたい。と思っていた。
でも、そうなることはなかった。

中学、高校と同じ学校に進学して
ときたま孝平が女の子と一緒にいるのを見かけた。
そのたび、隣にいるのが自分ではないことがひどく悔しかった。


それから数年経って、私も家庭を持ち幸せな日々を過ごしていたころ、孝平が結婚したことを耳にした。

孝平のことは今でもはっきりと思い出せる。

優しい声も、柔らかな笑顔も、あのとき抱いた小さな恋心も。

募らせた思いを伝えることはなかった。
それでも孝平のことが好きだったことが色濃く私のなかに残る。
あのとき芽生えた恋心は温かな思い出へと変わる。




いつからだろう?
母と手を繋がなくなったのは。

いつからだろう?
母と口をきかなくなったのは。

いつからだろう?
母と距離をとるようになったのは。



いつからだろう?


三者面談を終えて、母と家に帰る途中
母がこう言った。

「あんた、大きくなったわねぇ。」

何を突然。
と思い母を見ると

母はとても嬉しそうな、満足そうな顔をして、夕日に伸びた影を見つめていた。

母と並んだ影を見て、僕は素っ気なく呟いた。

「当たり前だろ。もう子供じゃないんだから。」

母はクスリと笑って

「そうね。」

と、一言だけ呟いた。



いつからだろう?
母が小さくなったのは。