クラスであまり目立たない香奈は
絵を描くことだけはすば抜けていた。

香奈は大人しく口数も少ないため
クラスで彼女のことを気にしていた人はいないに等しいだろう。

そんな香奈が一躍クラス中の注目を集めたのが学祭であった。

香奈は学祭のポスターを描いた。
そのイラストがあまりに素晴らしく、クラスみんなが驚きと感動の声をあげた。

みんなから「すごいね!」「プロになれるんじゃない⁈」
と声をかけられると香奈は
「そんなことないよ」
と言っていたが、その顔は喜びに満ちていた。


香奈は美大に行くことを決めた。
「もっと絵の勉強がしたいから」
と照れ臭そうに話す香奈の姿を覚えている。

しかし、これに反対したのが担任であった。

香奈はもともと気の強いタイプではないし、先生の言うことに逆らうことはしなかった。

私は担任に嫌悪感を抱いていた。
進学率を上げるために香奈の夢をないがしろにしたに違いない。
先生なんて所詮は会社員。成績をあげなければいけないのだ。

香奈は担任の先生に言われるまま、四年大学へと進み、卒業後は一般企業に就職した。



「あの時もしも美大へと進めていたら、香奈の絵を街中で見かけることがあったかもしれない。」

そう口走ると

「そんなことないよ」
と大人びた顔で答えた。

私が不服そうな顔を浮かべると

「あの時、先生に反対されて最初は腹を立てたりもしたけど今は感謝してる。あのまま美大に行ってたら私きっとダメになってたと思うもの。」

「どうして?」

「一度だけ先生に見て来なさい。て言われて美大に行ったの。そしたらもう全然レベルが違うんだもん。私にはあそこまでの技術もなければ、情熱もなかった。あの時ハッキリわかったよ。私、そんなに絵好きじゃないんだな。て。」

香奈は苦笑いを浮かべた。

「絵はもう描いてないの?」

「たまに描くくらいかな。趣味ていどに。高校のころからまったく変わってないの。下手にもなってないけど、上手くもならない。そんなもんだよ。」

「そうなんだ。」

私はどこかショックだった。
何が。とは具体的には言えないが、心がチクリと痛んだ。

香奈はまだどこか諦めきれずにいるように見えた。

「ねぇ!私が結婚したらさ、結婚式のウェルカムボードは香奈が描いてよ!」

思わず口走っていた。
香奈は驚いたあと、アハハッと笑って

「相手いないじゃない」
といたずらっぽく笑った。

「いつか、よ!いつか!」

「うん。ありがとう。」




香奈の絵はもう見れないのだ。




酷く悲しいことがあったとき
多くの人が落ち込む私に
「大丈夫?」
と声をかけた。

大丈夫なわけがない。
すごく辛い。

内心そんな想いでいっぱいだったが
私はわざとらしく笑って
「うん。大丈夫。」
と答える。

模範解答だ。


落ち込む人に対しかけられるこの「大丈夫?」という問いかけは
相手が「大丈夫」と言うことを想定したものだと思う。

そこで「大丈夫じゃない」なんて言ったら
多くの人は途端に顔を引きつらせ苦笑いを浮かべるだろう。

そして「扱いにくい人」という烙印を押し、距離をおくのだ。


私はこの問いかけに心底うんざりしていた。
傷心の人間を労わるふりをして
結局は友人を心配する自分。を作り出すための過程にすぎない。

だから私はわざとらしく笑うのだ。

この顔を見て。全然大丈夫じゃないでしょう?
と相手に悟らせるように。


しかしその表情を読み解く者はほとんどいない。
みんな「大丈夫」を鵜呑みにしては
勝手なことばかり言う。

「気晴らしにカラオケ行こうよ!」
「おいしいものでも食べて元気出そう!」


なんと短絡的なのだろう。

私は内心バカにしながらも
「ありがとう」
と笑ってみせる。

嬉しそうに笑ってみせる。


いよいよ私もひどい。
好きな人に想いを伝えるとき
これでもか⁉︎というほど緊張した。


同じクラスの小泉 俊は気の合う友人の一人だった。
そんな俊を異性として意識するようになるのに時間はかからなかった。

気配り上手で、さりげなく優しい。話しかけるといつだって笑顔でこたえてくれるところが好きだった。


俊とクラスで一番仲がいいのは自分だと思っていた。
周りからもよく言われていたし、自惚れではなかったと思う。


だから告白には自信があったのだ。
きっと私が「好き」だと言えば、俊も同じように答えてくれるだろう。と。


しかし、俊の答えは「ごめん」だった。
高揚していた気持ちがスッと引いていくのがわかった。
心拍数はさらに増した。体が震えた。

私はわざとらしく笑いながら「そっかぁ。」と、物分かりのいい子を演じてみせた。


それでも私は諦められず、友人として俊の側にいた。
一度告白をしたせいか、どこか開き直っていた私はその後も何度か俊に告白をした。

その度に俊はバツの悪そうな顔を浮かべ「ごめん」と言うのだ。


卒業も近づき、私の想いも焦りへと変わっていった。
進路がバラバラな私たちは卒業したらたぶん会わなくなるだろう。
もう今のように友人だからと側にはいられないのだ。


卒業式の日、私は再び俊に告白をすることにした。
何度めかの呼び出しだ。俊だってこれから何の話をされるのかはもうわかっている。

私の前に現れた俊は困ったように笑っていた。
その時点で結果などわかっていた。

「もう何の話かはわかるよね?」
私はヘラッと笑いながら言った。
俊は眉を下げたまま笑顔で頷いた。

「やっぱりさ私、俊のことが好き。諦められなかった。付き合ってほしい。」
何度しても告白というのは緊張する。きっとどこか淡い期待を抱いているからだろう。

俊はまた「ごめん」と言った。

分かりきっていた答えだった。
けれど、最後だと思うとやたらと悲しくて笑う気になどなれなかった。

目の前で泣き出す私に俊は何度も「ごめん。ごめん」と言った。

そんな言葉が聞きたいわけじゃない。
どうして私じゃダメなのか明確な理由がほしい。
もう側にいられないのなら、優しい拒絶は要らない。


衝動的だった。
私は泣きながら俊を責めるように理由を尋ねた。


俊は答えてはくれなかった。

ただただ何度も「ごめん」を繰り返すだけだった。

そんな俊に私は苛立ち
「もういい。」
と吐き捨てた。
最悪な別れ方だ。





その日の夜、俊から電話がかかってきた。

「もしもし」

「もしもし。俊だけど」

「うん」

「あの…今日のことだけど…本当に…」

「ごめん。はもういい。聞きたくない。」

「あぁ。うん。わかった。えっと…」

「……………………………………」

長い沈黙が流れる。

「ねぇ、なに?」
我慢できずに口を開いたのは私だ。

「あぁ…。うん。…俺、嬉しかったよ。本当に。それは本当。」

「うん。」

「でも、その気持ちには答えられない。この先もずっと。」

「……。」

「俺、ゲイなんだ。」

「えっ…?」

「びっくりしたよな?ハハ。でも、嘘じゃないよ。本当なんだ。」

「……」

「何回も好きだ。て言ってくれてありがとう。お前のこと好きになれたらいいんだけどなぁ。なんでかなぁー…?」

冗談めかしたその声が震えていた。

私はわぁっと泣いた。

ねぇ、今どんな顔してる?
どれくらい緊張してる?
どれくらい怖い思いしてる?
どれくらい勇気を振り絞って言ってくれてる?


「引くよなぁー……。ハハ……。」

電話越しにお互いが泣いているのがわかる。


「俊。」

「ん?」

「大好き。」

「うん。……ありがとう。」