「おはよー!ねぇねぇ知ってる?」

幼馴染みの桐原あかねはいつも

ねぇ、知ってる?

から話し始める癖がある。

私はいつも決まって
「知らないよ。」
と返事をするのだ。


いつもの通学路にガラスの破片が散らばっていた。

「ねぇ、知ってる?」

「知らないよ。」

「昨日、ココで事故があったらしいよ。」

「事故?」

「うん。はねられた人、即死だったんだって。お母さんが言ってた。」

「ふーん。」


「ねぇ、知ってる?」

「知らないよ。」

「最近、隣町に新しいお店ができてさー…」


あかねの話はコロコロ変わる。
学校につくまでにいったい幾つの話を聞いたのか覚えていない。


「ねぇ、知ってる?」

「知らないよ。」

「あの事故現場におばけが出るらしいよー」

「うっそ⁉︎」

「ほんと。ほんと。なんか、学生服着ててさ、ただその場に立ってるだけらしいんだけど」

「えー。怖い。もうあの道、夜通れないじゃん!」


そんな事を話していた日に限って、帰りが遅くなってしまった。
朝、あかねが話していた事故現場を通らなければ家には帰れない。

私は仕方なく一人で歩き始めると

「おーい。」

「…?あかね!」

「今、帰り?」

「うん。助かったー。あんな話聞いたあとに一人で帰れないよ」

思いがけずあかねと帰れることになり、私は心底安心していた。

2人で他愛もない話をしているうちに、あの事故現場にさしかかった。
恐る恐る、その道を横目に歩く。

何も起こらず、何もでなかった。
ホッとしているなか、あかねが話し始める。

「ねぇ、知ってる?」

「知らないよ。」









「あの事故で死んだのって、あんたなんだよ。」
この高校に赴任してもう5年になる。
俺は比較的まだ若い方だし、生徒とのノリもまだ合う気でいる。
そこそこ人気もあると思う。

何度か女子生徒に告白…のようなものもされた。

あの年頃は先生というものに憧れるんだろう。
俺はいつもやんわりと、ほどよく適当にあしらった。

付かず離れずの関係。
程よい距離感を保ちながら生徒と付き合うのが、俺のなかでのルールだ。



赴任して3年目に迎えた卒業式で
一人の女子生徒から手紙を貰った。

手紙というよりはメモに近い。
ノートを一枚破っただけの紙を貰った。


目立たない生徒だった。
成績は良くも悪くもない。常に平均点をとるような生徒だった。

いつも一歩引いているような、どこか自信の無さそうな、何かを諦めているような…
そんな捉えどころのない生徒だった。


彼女は手紙を渡すとさっさと帰ってしまった。
その後ろ姿を見送ってたった一枚の『ラブレター』を開く。


「澤田先生へ。

私の名前を覚えていてくれて

ありがとう。」


たったそれだけだった。


なんてことない。
ただ一人の生徒の名前を呼んだだけだ。


「松川 愛梨」

卒業式がくるたび俺は彼女を思い出す。


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私は地味だ。
成績も運動もおまけにルックスも
すべて普通だ。

地味だといっても際立つほど地味ではないから
ほとんど誰の印象にも残らない。
それが私。


いったい何人の先生が私の名前を覚えているだろうか。

担任ですらきっと私の下の名前は覚えていない。



クラスで親しい友人はなぜか皆よく覚えてもらえるようなタイプだ。

可愛くてハキハキしてて、いかにも
女子高生!
といった感じだ。


私はいつも皆と同じ場所にいても
光は当たらないのだ。


別に今さらそんなことをどうこう言うわけじゃない。
ただ、十年後いったい何人の人が私を覚えていてくれるだろうか?
と、ふと思うだけだ。


もうじき卒業だ。
結局私は高校三年間。一度も目立つことなく、無難に、誰の記憶にも残らず終えるのだろう。


と、思っていた。




「松川ー!松川 愛梨ー!」

振り返るとそこには古文の澤田先生がいた。
澤田先生はまだ若くて、生徒からも人気の先生だ。


「なんですか?」

「ごめん。これ一緒に運んでもらっていい?」

先生は両手にプリントやら、なにやらをたくさん抱えていた。

私は三分の一ほどの量を持って、一緒に職員室まで運ぶことになった。


「先生…私の名前知ってるんですね。」

「…?知ってるよ。なんで?」

先生は当たり前のような顔をして言った。

「いえ。別に。」


週に2、3回しか教えていないクラスの生徒の名前を覚えているんだ。

きっと先生にはなんてことないこと。
でも私にはそれがとてつもなく特別なことだった。


高校三年間で、名簿を見ずに私の名前をフルネームで呼んだのは澤田先生だけだ。




卒業式も終わり
それぞれが帰路につくなか、私は澤田先生を探した。


「澤田先生!」

「おぉー松川。卒業おめでとう。」


私は一枚の紙を渡した。
便箋とか、そんな可愛いものではなくて本当にノートを一枚破っただけの紙。


「…なに?ラブレター?」

先生はそう言って笑う。

「うん。ラブレター。」

先生は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んで、一枚の紙を受け取った。

「ありがとう。貰っとく。」



「先生ありがとう。さよなら」

「おう。元気でな。」




十年後、先生は私の名前を覚えていないかもしれない。
それでも、今の私には先生が名前を呼んでくれたあの瞬間が宝物のように思えるのです。





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