読書271 恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ | そらいろ日記

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今日はこんな本の感想を

「恋ははかない、あるいは、プールの底のステーキ」川上弘美

 
 
 
 
 
・登場人物
・心に残ったフレーズ
・感想
 
◆登場人物:60代の男女数名とその周辺の人たち

この中に私に似ている人がいて驚いた。将来こんな風になるのかも。
このことをヤマトさんに言ったら、それ願望かもねですって。
 
 

 
◆心に残ったフレーズ:多めに紹介

時間が流れてゆくうちに、きっかけや節目というものを見つけられなくなってしまった

 

昏い(くらい)感情。かゆいところのその先っぽにだけしか指先がとどかないような、いらだたしい心もちになるの

 

五十代後半の自分たちは、まだまだ「恋」あるいは「出会い」などという、難儀なことに対する感受性が強かった。六十代になった今、振り返って。

 

「六十近くなると、たしかに夢見がちになるけど、同時に承認欲求も妙に強くなって素直じゃなくなるから」


「建前と本音みたいなところを楽しむ余裕があるという姿勢をとることができるのがあたしたちの年齢の強みよ」

 

「会いたいよ」に「うん、会いたいね」と返す。

恋愛をしているのでもなんでもないのに、こんなやりとりをしていると

 

マスクをして目と眉だけがみえている人の表情は感情への手がかりのなさと相反するような感情の豊かさに通じる

 

「結局、所有せざる者のみ真の幸福を得る」

 

どうしようもなく誰かと一緒にいたい、という相手を自分がもとめていないことがさみしいのだった。まだ海を見たことのない人が海を恋うことと同じなのだろうか。

 

他者の思考に自分がのみこまれてゆく心地よさと抵抗感と恐ろしさの中に、ゆっくりと溺れていった。

 

「日本は骨董を楽しむ人間の多い国なのに、やたらアンチエイジングだのいつまでもつややかな肌だのってうるさいのは、たしかにつまらないよね」

 

年とるのって、いいじゃん。ほら、景色もよくなるし

 

 

 

◆感想

四十年ぶりに再会する幼馴染の男女のほのかな感情のやりとりが細やかに描かれていて興味深かった。

 

バブルを経験した今の六十代の方々が、あのまばゆい光の中で見失ったものや身につけられなかったことがあるのだなあ。戦争経験者の親の価値観で育てられた方々が陰影の強い世界を生きてきたことに悲哀があるように感じられた。

 

自分のアイデンティティを自覚すること、自分の幸せをみつけること、人を幸せにすることに不器用であったり、目の前にある現実への向き合い方が微妙な登場人物が不思議にみえた。

 

いや、自分が生まれてきた意味なんてことからすっかり解き放たれようとしているのかもしれない。もう十分向き合ってきた結果なのだろうから。

 

自分が求めるものが得られない本当の理由を知るのが怖くなるの?

 

求めるものが無いことを知ってしまうのが寂しくなるの?

 

一番ほしいものは手に入らないもので、それを抱えていくのが大人なのだと思っていた。

 

抱えていられない自分をそっと抱きしめて