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第四章 イタリア・ジェノバー7

ジャック・ルノーはイル・バトン製品の将来を見越して、パリ郊外にジェノバ工場の約五倍の工場敷地を

確保しており、工場建設の第一期工事はほぼ終了していた矢先の出来事だった。

彼の決断は早かった。アントニオ・ニコレッタは翌日、イル・バトンのパリ本社の役員会議室に呼び出された。

「アントニオ。この調査レポートに関して意見があったら言ってくれ」

ジャック・ルノーCEOは物静かにアントニオに尋ねた。

「何も言うことはうありません」

「本日限りで、懲戒解雇だ。アントニオ。ただし、法的な手段、例えば訴訟等は会社としてはおこなわないつもりだ。君の将来を思ってのことだ」

「わかりました」

デュパン社にとっては、莫大な損失よりもブランドの名誉を守ったのである。


第四章 イタリア・ジェノバー6

まもなくして、アントニオの不正が発覚した。

相手は、平行輸入によって巨富をむさぼる日本人と香港中国人のシンジケート集団らしいが、

確認はとれていない。

アントニオの私生活を私立探偵に調査させた報告書があがってきた。

「調査レポート

アントニオ・ニコレッタに関する件

上記アントニオ・ニコレッタは、一年程まえ、ジェノバ郊外にプール付きの豪邸を建築した。

車好きのアントニオはBMW、ランボルギーニ、ポルシェを所有し、ごく最近にはフェアレディZも

購入した。

近所の人達の噂では、彼の家に沢山の東洋人、多分日本人か中国人であろうが、

頻繁に出入りし、高級ワインで乾杯をしているらしいとのこと。

これらの資金の出所は現在不明                第一回調査」



第四章 イタリア・ジェノバー5

「極秘報告書 その二

件名 ジェノバ工場実施棚卸に関する件

原価分析に関する精査が終了後、監査チームは速やかに実施棚卸を行ないました。

その結果、驚くべき事実が判明いたしましたので、ご報告いたします。

ご承知のように国際会計基準では、製造過程で発生いたしました欠陥品も在庫として

計上できます。

これらの欠陥品の処分は会社の損益計算上に重大な影響をあたえる為、財務本部に

おいて、年度末に帳簿上のみで計上されてきました。

今般の実施棚卸におきましては、従来のスポット・サンプリング抽出方式を改め、全品

化粧箱の中身を検査する方法にて行いました。

判明しました事実は、何と化粧箱のみで、中身は空っぽの在庫品が全体の一割もあった

ことでした。

前報告書におけるコストアップと今回の棚卸損失分を合計いたしますと、十個に一個の

割合で製品が紛失していたことになります。

以上報告申し上げます」

第四章 イタリア・ジェノバ ー4

雑費扱いのコストが異常に高い主な理由は、

1.機械の老朽化により、おしゃか品(売り物にならない製品)が多数でたこと。

2.おしゃか品の数量に対応する直接材料費、直接労務費は変動費から

 原価の付け替えにより、在庫ないし間接費にまわしたこと。

3.しかる後、在庫に付け替えられた直接材料費は、廃棄処分にされ、

 営業外経費として処理されたのこと。

しかしながら、私どもの追跡調査によりますと、不良品として廃棄したはずの製品が、

工場裏口のバラック小屋で現金に化けている事実でした。

相手はスーツケースにドル札を詰めた東洋人の現金ディラーの集団らしいとの事です。

                                 以上報告申し上げます」


第四章 イタリア・ジェノバ -3

イル・バトン社のジェノバ工場の原価分析の結果は、次ぎのような報告書となって、ルノーCEOの

もとに届けられた。

「極秘報告書

 件名:ジェノバ工場原価分析に関する件

 直接材料費のなかでも主要材料費であるデュパン社からの仕入であるエレファンの仕入価格には

 変動はありませんでした。

 直接材料費の買い入れ部品である金具、ジッパー等の価格は大量仕入によりコスト安になって

 おりました。

 直接労務費は、一時間当たりの労賃はここ数年変わっておりませんでした。

 しかも、作業の標準化が浸透しました結果、手持賃金、休業賃金は大幅に改善されました結果、

 むしろ、各製品製造原価は低下ぎみになっておりました。

 製造間接費におきましても、減価償却費は当期におきましては、建物・機械等がほぼ償却済みに

 なっており、大幅なコストダウンになっておりました。

 電力・ガス等の光熱費も、前期と比較しまして値上げはありませんでした。

 その他、通信費、修繕費、保険料、従業員に対する法定福利費・厚生費等におきましても、

 変化はありませんでした。

 ただ、間接費の中の雑費扱いの経費が異常な数値を記録してあることが調査の結果判明いたし

 ました。

 私どもの質問に対しての工場幹部の返答は次ぎの通りでした。

 

第四章 イタリア・ジェノバ -2

イル・バトン社の財務部門によるジェノバ工場のコスト分析が開始されたのは、コスト高騰から三ヶ月後の

ことである。

原価分析は、直接材料費、直接労務費、製造間接費の群に分類して、そこから厳密な調査が始められる。

なぜなら、混沌とした非常に複雑な現象を調査・研究するには、その一つ一つの群を攻略してゆくことが、

絶対に必要であるからである。

イル・バトン社の原価分析計算方法は、かっての受注生産による個別原価計算制度から、見込生産による

総合原価計算方式になっており、しかも標準原価計算が採用されていた。

この制度は、原価管理を効果的にし、予算、特に見積財務諸表の作成に、信頼しうる基礎を提供する

ばかりでなく、原価要素を固定費と変動費に分けることによって、操業度と損益分岐点の計算に迅速に

対応できる科学的管理法の基礎をなすものである。


第四章 イタリア・ジェノバ -1

イル・バトン社のカバン工場はジェノバ市の郊外にあった。

工場長のアントニオ・ニコレッタはジャック・ルノーCEOが、競争相手のカルチャーから

引き抜いてきた人材である。

アントニオは、これはというカルチャー工場の幹部を次々とつれてきた。

製造は順調に推移してきたが、なぜかコストが高騰していった。

イル・バトン社の社内規定で、小売値段の標準はパリ本店の価格と決められていた。

そして、世界中のイル・バトン直営店の小売価格は、このパリ本店の値段と比較して、

二十パーセント高以内に設定されていたのである。

パリ本店の小売値段は製造原価にあるファクターを乗じて算定されていた。

このファクターこそ、イル・バトン社の企業秘密である。

超ブランド品であるイル・バトン社の小売価格は、どうにでも任意に決めることができそうだが、

CEOのルノーはそれをゆるさなかった。

イル・バトンを世界の人々に使ってもらうためである。

法外な根付けはみとめなかったのである。


第三章 アメリカ・デラウェア州ウィルミントン -8

「これらの題目は、両方とも、個人の功績をあげさせることを眼目としています。

初代イレーネ・デュパンは、人間の精力と想像力は、束縛や制約を受けないから、

あらゆる期待を超え、驚くべき成果をあげると確信していました。

話が長くなりましたが、デュパン社の雰囲気をおわかりいただけたと思います」

「大変貴重なお話、ありがとうございます。弊社といたしましては、今後ともデュパン社

の製品を使わせていただきますことができますれば、まさに鬼に金棒です」

「ところで、ビル。新製品開発だが。どんなものかね」

「イル・バトン社の製品すべてに象の革に変わる素材を、品質・性能が象に劣らぬものを

提供できないかということですね」

「製品ラインは別建て、素材のフォーミュラ、製造工程を含む人材の提供は差別化する

ことですね。

イル・バトン社から図案と素材の硬度等の情報の提供を受けた後、テスト製造に十五ヶ月

かかると考えます。

サンプル提供は半年後になります。

新製品のイル・バトン社ジェノバ工場向け出荷は、一年後になるでしょう」


新製品の名は「エレファン」と名付けられた。

イル・バトン社の製品と似た素材は既にデュパン社のフォーミュラにあったのである。

ビルはこの事実をよく知っており、明日にも提供できのに、すこし勿体をつけていたのである。

第三章 アメリカ・デラウェア州ウィルミントン -7

「デュパンは、アメリカ事業界において、特異な特異な存在であります。

長い年代にわたり、事業経験を経ているから、事業成長の発展段階のいろいろな

要因探求には好適です。

デュパンは大会社です。事業の大きさとか、事業範囲の広範とかにあるのではなく、

1802年の創立以来、さまざまな社会的、経済的環境の下に成長発展の一途をたどって

きたという事実こそ、その特徴をなしているのです」

「デュパンは、今まで社長の代を替えること十六、創立者は一世紀以上も前に亡くなって

いますので、その影たるや、一人の人間のそれでなく、複数の人間の影であり、

社歴は、一つの年代とか時代とかと言ったものでなく、実にアメリカ開闢以来に比較する

年数を経ています」

「デュパンは、二大題目に忠実だったからこそ、長年にわたる成功、繁栄を収めてくることが

できたのです。

その一つは、事業は、それに関与する人達をして、皆思う存分、その最高能力を発揮せしめる

限り繁栄する。

もう一つは、功績に対しては、最大の報酬を与えるということです」



第三章 アメリカ・デラウェア州ウィルミントン - 6

デュパン本社エグゼクティブ会議室。

デュパン社最高経営責任者ピエール・デュパンとデュパン社ナイロン部門の天才ケミスト、

ビル・ダグラスが、ラウンドテーブルの向かい側にアラン・バトン四世とジャック・ルノー、イルバトン社

最高経営責任者が対面して座っている。

ピエール・デュパンがまず口火をきった。

「イルバトンに関しては、ラザール・フレール氏から詳しく聞いております。

 世界最高のブランドと素晴らしい企業業績と財務内容。その上、簿外に三十億ドルの資金を

 ラザール・フレール投資銀行で運用していると。

 まったく素晴らしいの一語につきます」

「過分なお褒め、有難うございます」

「ところで、まず弊社の概略を説明しておきましょう。私の隣に座っているのが、ビル・ダグラス氏です。

 彼はアメリカでも有数なケミストです。特にナイロンをはじめ、当社における化学繊維の全ては

ビルの部門で開発されたものです。

御社が必要としている素材の開発もビルのグループで行うことになるでしょう。それも極秘に」