1️⃣🌉✨🌎️【4月22日(月)】8時30分より、岡崎市にて聴聞
………………………✴️…✴️……………………
【質問】
教行信証化土巻に〖涅槃経〗を引用された「四つの善事あり、悪果を獲得する。何等をか四つとするか」について教えて下さい。
【回答】
形としては善、つまり私達は良いことをすれば、良い結果がやってくると思っている。
でも、心がけが間違っていたら、どんなに良いことを形としてやったとしても、それによって悪果、苦しむがやってくるよ、と親鸞聖人は教えられました。
🟨一つには、勝他(しょうた)の為の故に、経典を読誦(どくじゅ)する。
⭕⭕会で言えば、教学を頑張る。そうすると何がまずいのかというと、仏教の世界で、よくあるのが、これが正しい、これが間違いだ!という話になる。
「この人のここが間違っている!」と言う時に、
「相手を叩き潰そう!相手を否定しよう!」という気持ちになってしまう。
たとえば、家族でいうと分かって欲しいだけなのに、相手の意見を潰したくなる。
潰しておけば、家族は何でも言うことを聞いて貰えると思う。
相手を、ケチョンケチョンに否定する心に繋がるのが、勝他の心です。
家庭の中で、勝他の心があれば、家庭の中を牛耳って、相手が何かを言おうとしたら、論破しようとする。
「とにかく、私の言うことに従えばいいんだ!」と。
⭕会では、勝他の気持ちが強い団体だから、その人と結婚すると、自分が⭕⭕会で聞いてきた正しいことを実践することばかりを考えてしまう。
「子供が泣いているんです」と言ったとしても、
「いや、これが正しいんだから、従いなさい」心という部分を潰してしまう。
「確かに、これは正しいかも知れないけど、これに従えない心があって、確かに正しいことをやらなければならないけど、この心を分かって欲しい」と言っているだけなのに、心を潰してくる。
そうすると自分自身も心を潰して、相手自身の心も潰してしまう。
仏教とは、心を守っていくことが大事なのです。しかし、間違って仏教を理解している人は、相手の気持ちを潰して、正義を押し通し、正しいことに塗り替えて、自分の言うことを聞かせようとする。
仏教は正しいからといって、正義にこだわり、心を潰してしまう。
🟨勝他の為の故に、経典を読誦すると、そういう人間に変えていく。
これが経典だけでなく、生活全般においても、自分が正しいことに従わせようと間違っているものを批判することに、正しいことに塗り替えて、そして、言うことを聞かせようとする考え方になっていく。
その考え方が人を不幸にしていくし、自分も不幸になっていく。
純粋に幸せになるには、どうしたらいいのか?
これが仏教だと思います。
🟨二つには、利養(りよう)の為の故に、禁戒を受持す。
利養とは、生活のために必要なものを手に入れる。
禁戒とは、正しいことをする、厳しい戒律ですが、これを
「お金のために働くとか、働くのはお金のためなんだ」と。
こうなると何が問題かというと、稼いだお金で家庭を養うと、
「こんなにお金を出してやっているから、俺に感謝せよ!」となる。
世の中の男性は、
「私はこれだけ働いている。あなたに渡しているのだから、満足でしょう。」
女性が訴えてきたら、
「何だ!働いてもいないくせに!」となる。
あくまでも仏教で禁戒を受持するとは、自分の心が清らかになるためであって、仕事をするのも、それが生き甲斐だし、楽しみだと思ってやっている。
そういう気持ちでやれば、家庭に帰ってきたら、家族に寂しい思いをさせたから、話も聞いて貰いたいんだろうなあ、とかという気持ちになるけど、
お金のために働くと、働くことが何よりも素晴らしいことになり、家庭の中の色んな気持ちみたいなものを、
「俺は働いているから、何もしなくていいだろう!」というようになってしまう。
仏教で戒を実践するのは、清らかな心で生きていきたいからであって、それによって、お布施を貰うためではない。
⭕⭕会では、会員さんからご法礼を頂くために頑張っているから、生活が見えないところでは、ぐちゃぐちゃになりがちになる。
会員さんの悪口を言っても、何とも思わないとかになる。
移動する時は、講師部だけで集まって、車に乗り、車の中では会員さんの悪口ばかりを言いながら、移動することになる。
利養のため、生活のためだから、仏教で禁戒を受持するのは、あくまでも心を清らかにするためである。
それを生活をするため!となると、清らかな心になることはふっとんでしまう。
🟨三つには、他属(たぞく)の為の故に、布施を行ず。
これは他属のためとは⭕⭕会に所属をしてもらいたい。
所属をすると、釣った魚には餌はやらない。入会をさせるために一生懸命に布施行をする。
一旦、入会をしたら、もう布施をやらなくなる。
次の人を探して、別の人に移ってしまう。そうすると布施をして貰った人は、何だ!となる。
🟨四つには、非想非非想処の為の故に、繋念(けねん)思惟(しゆい)す。
私達は何かをイメージをすると、とらわれる。そういうものにとらわれないようにする。
分かりやすく言えば、家族を持つと愛欲にとらわれるから、仏法を優先して、とらわれないように思っていく。
私達は何か大事なものを持つと、それに執着して、それを失う時に苦しむ。だから、始めから執着しない。始めから、無視をする。
仏教は、本来は大事にしていく中で、とらわれないように、執着から離れていく教えなのです。
最後は失うから、始めから、とらわれないで、大事にしないで、仏法優先で生きていこう、と。
そういうような気持ちは、相手からすると「何のために私達は結婚したのか!」という気持ちになる。
⭕⭕会で言うと部署が変わると、人事異動があると、今まで心にかけてきた人を全く無視をするようになる。
今までの繋がりを簡単に切っていく。組織で与えられた人は、くっつくけど、離れたら、もう他人みたいになる。
⭕⭕会では、都合がいいか、悪いか、ですけれども、その元にあるのは、そういうものにとらわれると別れが来るので、苦しくなる、悲しくなる。
だから、始めから、とらわれなければ、苦しむことはない。
🟨これが、非想非非想処の為の故に。
そうすれば、苦しいことはないんだ!という思い。この繋念(けねん)思惟(しゆい)することは、考えたりすることは良いことなんだけど、冷たい心になる。
仏教は慈悲の教えだから、仏教と反対の心になる。
切れてしまったら、失うことはない。
🟨この四つの善事は、悪果報を得る。
四つの善いことは、人の心を無視をしているから、悪い果報を得ることになる。
🟨若し、かくの如きの四事を修習せば、これを「没し已りて還りて出づ、出で已りて還りて没す」と名づく。
せっかく⭕⭕会とご縁があった。苦しみの世界から離れる仏教の教えに巡り会えた。
しかし、教えが間違っているから、教えを学びながら、地獄へと進んでいくことになる。
🟨何が故ぞ「没」と名づくる、三有を楽ふ(ねがう)が故に。
三有とは、三界のことで、価値があるとか、ないとかが、ということにとらわれている世界。
価値があるものは上であり、価値のないものは下である。
正義を貫いて、思いが通るものは上であり、思いが、通らないものは下である。
上が偉いんだ、仏法を学んで、上になって、人を見下したいから、勝他の気持ちでやる。
他属も⭕⭕会という団体が拡大をしていけば、
「どうだ、俺たちは偉いだろう!」
「俺たちは唯一の団体なんだ」と自負する。
そういうのではないんだよ。
上とか、下とかではなくて、純粋に相手の心を大事に思うとか。
価値があるとか、ないとかにとらわれているから、そこから離れていくのが仏法。
その価値があるとか、ないとか、というのは、煩悩なのであって、それは煩悩にとらわれていることになる。
🟨何が故ぞ「出」と名づくる、明を見るをもっての故に。「明」は、即ち戒・施・定を聞くなり。
明とは、智慧のこと。仏教の言葉に触れる。智慧を得るための実際の行いが、規律を守る、布施をする、心を定める、これを聞く。
🟨何を以ての故に、還(かえ)りて、出没するや。邪見を増長し、憍慢(きょうまん)を生ずるが故に。
邪見というのは、自分が正しいところに立って、周りの人が全部、悪いと思う心です。
正しいところに自分が立つと相手が訴えてきても、俺は正しいから、と相手の気持ちを否定をするようになる。
⭕⭕会の人たちは、本願寺の人達が話をしてきても、
「あんた間違っているでしょう!」とみたいな感じで、頭から否定をする。
相手が傷ついてもいい!という心になる。相手が苦しんでも、
「あんたは間違っている、どうせ地獄行きなんだから!」
その心が邪見で、相手の心に対して、最大限、配慮をして接していかなければならないのが仏法なのに、自分が正しいところに立ったら、「なぜ答えぬ、答えろ!言え!」と本願寺に座り込みをして、迷惑なことをしてしまう。
自分が正しいところに立ってしまうと、相手が迷惑であろうが、相手の心が傷つこうが、何をしてもいいんだ!と、そこから人は戦争が生まれるのです。
🟨憍慢(きょうまん)を生ずるが故に。
憍慢とは、自惚れとは、人から見た自分の価値にとらわれる。
本当に自分に自信のある人は、人から非難をされても、何とも思わない。
だけど、憍慢とは、人から見た自分に凄くとらわれているので、非難をされたりすると、烈火の如く怒って、
「何で俺はこんなに馬鹿にされなければならないのか!」
「俺は価値のある人間なのに!」
心では自分は価値のある人間だと思っていない。
価値のある人間だと見られることにとらわれている。これが憍慢で謙虚な気持ちを失ってしまうが故に、だから、四つの善事は、悪果報を得ることになるのです。
【終了】
🌟【私の解説〖参考〗】🌟
⭕「勝他の為に」➡️ 他人に勝ちたい為に。相手を見下したい為に。優越感を得るために。
⭕「利養の為に」➡️ 自分の利益の為に、自分の生活の為に、自分が得するために。
⭕「他属の為に」➡️ 他に属させるために、他に属するために、他人を自分に従わせるために。
⭕「非想非非想処の為に」➡️ 欲界・色界・無色界のうち、無色界の最高の天のことで、有頂天ともいう。そこには高度な精神だけが存在するとされる。
「意識も無意識も存在しない禅定の境地」を指す。
⭕「繋念思惟」➡️集中瞑想、サマタ瞑想をすること。
⭕「戒・施・定」➡️ 六波羅蜜の一部で、❶布施 ❷持戒 ❸忍辱 ❹精進 ❺禅定 ❻智慧のこと。
⭕「明」➡️宗教的覚醒による智慧のことで「無明」の対義語
🔶「経典の読誦」「持戒」「布施」「禅定」は、全て「善事」であり、「行」だとするならば、「善行」である。「善行」は、
🟨「良い動機」だけで為されるだけでなく、
🟨「悪い動機」であっても為すことは出来る。
🔷それが「行」というものである。
🔶仏教は「動機論」である。行いは善事であっても、心がけが間違っていたら、「悪果報」苦しみを受けなければならないと教えられる。
🔷どんなに形は、善でも煩悩のために、やっていたら、悪だと親鸞聖人は教えられる。
🔶真の菩薩は、煩悩から離れていくのです。
🟨②御一代記聞書【人に負けて信をとれ〖四つの善事は悪果を獲得する〗〖法師には三つの髻あり〗・増長すべきは信心なり〖信力増上・信力転増〗〗】【令和5年03月02日】
🟦YouTube で見る
🟥https://youtu.be/rR1fl4LfOkE?si=mmFBYyznnzamWCiP
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【終了】
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/0a/ba/j/o0399028615429101711.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/f8/4e/j/o0363051915429101714.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/2c/f4/j/o1080094415429101717.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/be/c8/j/o1080089615429101720.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/c4/5e/j/o1080076415429101722.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/99/e0/j/o1080062615429101726.jpg?caw=800)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240422/14/yk19610402/e4/eb/j/o0960066515429101730.jpg?caw=800)
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【質問】
教行信証化土巻に〖涅槃経〗を引用された「四つの善事あり、悪果を獲得する。何等をか四つとするか」について教えて下さい。
【回答】
形としては善、つまり私達は良いことをすれば、良い結果がやってくると思っている。
でも、心がけが間違っていたら、どんなに良いことを形としてやったとしても、それによって悪果、苦しむがやってくるよ、と親鸞聖人は教えられました。
🟨一つには、勝他(しょうた)の為の故に、経典を読誦(どくじゅ)する。
⭕⭕会で言えば、教学を頑張る。そうすると何がまずいのかというと、仏教の世界で、よくあるのが、これが正しい、これが間違いだ!という話になる。
「この人のここが間違っている!」と言う時に、
「相手を叩き潰そう!相手を否定しよう!」という気持ちになってしまう。
たとえば、家族でいうと分かって欲しいだけなのに、相手の意見を潰したくなる。
潰しておけば、家族は何でも言うことを聞いて貰えると思う。
相手を、ケチョンケチョンに否定する心に繋がるのが、勝他の心です。
家庭の中で、勝他の心があれば、家庭の中を牛耳って、相手が何かを言おうとしたら、論破しようとする。
「とにかく、私の言うことに従えばいいんだ!」と。
⭕会では、勝他の気持ちが強い団体だから、その人と結婚すると、自分が⭕⭕会で聞いてきた正しいことを実践することばかりを考えてしまう。
「子供が泣いているんです」と言ったとしても、
「いや、これが正しいんだから、従いなさい」心という部分を潰してしまう。
「確かに、これは正しいかも知れないけど、これに従えない心があって、確かに正しいことをやらなければならないけど、この心を分かって欲しい」と言っているだけなのに、心を潰してくる。
そうすると自分自身も心を潰して、相手自身の心も潰してしまう。
仏教とは、心を守っていくことが大事なのです。しかし、間違って仏教を理解している人は、相手の気持ちを潰して、正義を押し通し、正しいことに塗り替えて、自分の言うことを聞かせようとする。
仏教は正しいからといって、正義にこだわり、心を潰してしまう。
🟨勝他の為の故に、経典を読誦すると、そういう人間に変えていく。
これが経典だけでなく、生活全般においても、自分が正しいことに従わせようと間違っているものを批判することに、正しいことに塗り替えて、そして、言うことを聞かせようとする考え方になっていく。
その考え方が人を不幸にしていくし、自分も不幸になっていく。
純粋に幸せになるには、どうしたらいいのか?
これが仏教だと思います。
🟨二つには、利養(りよう)の為の故に、禁戒を受持す。
利養とは、生活のために必要なものを手に入れる。
禁戒とは、正しいことをする、厳しい戒律ですが、これを
「お金のために働くとか、働くのはお金のためなんだ」と。
こうなると何が問題かというと、稼いだお金で家庭を養うと、
「こんなにお金を出してやっているから、俺に感謝せよ!」となる。
世の中の男性は、
「私はこれだけ働いている。あなたに渡しているのだから、満足でしょう。」
女性が訴えてきたら、
「何だ!働いてもいないくせに!」となる。
あくまでも仏教で禁戒を受持するとは、自分の心が清らかになるためであって、仕事をするのも、それが生き甲斐だし、楽しみだと思ってやっている。
そういう気持ちでやれば、家庭に帰ってきたら、家族に寂しい思いをさせたから、話も聞いて貰いたいんだろうなあ、とかという気持ちになるけど、
お金のために働くと、働くことが何よりも素晴らしいことになり、家庭の中の色んな気持ちみたいなものを、
「俺は働いているから、何もしなくていいだろう!」というようになってしまう。
仏教で戒を実践するのは、清らかな心で生きていきたいからであって、それによって、お布施を貰うためではない。
⭕⭕会では、会員さんからご法礼を頂くために頑張っているから、生活が見えないところでは、ぐちゃぐちゃになりがちになる。
会員さんの悪口を言っても、何とも思わないとかになる。
移動する時は、講師部だけで集まって、車に乗り、車の中では会員さんの悪口ばかりを言いながら、移動することになる。
利養のため、生活のためだから、仏教で禁戒を受持するのは、あくまでも心を清らかにするためである。
それを生活をするため!となると、清らかな心になることはふっとんでしまう。
🟨三つには、他属(たぞく)の為の故に、布施を行ず。
これは他属のためとは⭕⭕会に所属をしてもらいたい。
所属をすると、釣った魚には餌はやらない。入会をさせるために一生懸命に布施行をする。
一旦、入会をしたら、もう布施をやらなくなる。
次の人を探して、別の人に移ってしまう。そうすると布施をして貰った人は、何だ!となる。
🟨四つには、非想非非想処の為の故に、繋念(けねん)思惟(しゆい)す。
私達は何かをイメージをすると、とらわれる。そういうものにとらわれないようにする。
分かりやすく言えば、家族を持つと愛欲にとらわれるから、仏法を優先して、とらわれないように思っていく。
私達は何か大事なものを持つと、それに執着して、それを失う時に苦しむ。だから、始めから執着しない。始めから、無視をする。
仏教は、本来は大事にしていく中で、とらわれないように、執着から離れていく教えなのです。
最後は失うから、始めから、とらわれないで、大事にしないで、仏法優先で生きていこう、と。
そういうような気持ちは、相手からすると「何のために私達は結婚したのか!」という気持ちになる。
⭕⭕会で言うと部署が変わると、人事異動があると、今まで心にかけてきた人を全く無視をするようになる。
今までの繋がりを簡単に切っていく。組織で与えられた人は、くっつくけど、離れたら、もう他人みたいになる。
⭕⭕会では、都合がいいか、悪いか、ですけれども、その元にあるのは、そういうものにとらわれると別れが来るので、苦しくなる、悲しくなる。
だから、始めから、とらわれなければ、苦しむことはない。
🟨これが、非想非非想処の為の故に。
そうすれば、苦しいことはないんだ!という思い。この繋念(けねん)思惟(しゆい)することは、考えたりすることは良いことなんだけど、冷たい心になる。
仏教は慈悲の教えだから、仏教と反対の心になる。
切れてしまったら、失うことはない。
🟨この四つの善事は、悪果報を得る。
四つの善いことは、人の心を無視をしているから、悪い果報を得ることになる。
🟨若し、かくの如きの四事を修習せば、これを「没し已りて還りて出づ、出で已りて還りて没す」と名づく。
せっかく⭕⭕会とご縁があった。苦しみの世界から離れる仏教の教えに巡り会えた。
しかし、教えが間違っているから、教えを学びながら、地獄へと進んでいくことになる。
🟨何が故ぞ「没」と名づくる、三有を楽ふ(ねがう)が故に。
三有とは、三界のことで、価値があるとか、ないとかが、ということにとらわれている世界。
価値があるものは上であり、価値のないものは下である。
正義を貫いて、思いが通るものは上であり、思いが、通らないものは下である。
上が偉いんだ、仏法を学んで、上になって、人を見下したいから、勝他の気持ちでやる。
他属も⭕⭕会という団体が拡大をしていけば、
「どうだ、俺たちは偉いだろう!」
「俺たちは唯一の団体なんだ」と自負する。
そういうのではないんだよ。
上とか、下とかではなくて、純粋に相手の心を大事に思うとか。
価値があるとか、ないとかにとらわれているから、そこから離れていくのが仏法。
その価値があるとか、ないとか、というのは、煩悩なのであって、それは煩悩にとらわれていることになる。
🟨何が故ぞ「出」と名づくる、明を見るをもっての故に。「明」は、即ち戒・施・定を聞くなり。
明とは、智慧のこと。仏教の言葉に触れる。智慧を得るための実際の行いが、規律を守る、布施をする、心を定める、これを聞く。
🟨何を以ての故に、還(かえ)りて、出没するや。邪見を増長し、憍慢(きょうまん)を生ずるが故に。
邪見というのは、自分が正しいところに立って、周りの人が全部、悪いと思う心です。
正しいところに自分が立つと相手が訴えてきても、俺は正しいから、と相手の気持ちを否定をするようになる。
⭕⭕会の人たちは、本願寺の人達が話をしてきても、
「あんた間違っているでしょう!」とみたいな感じで、頭から否定をする。
相手が傷ついてもいい!という心になる。相手が苦しんでも、
「あんたは間違っている、どうせ地獄行きなんだから!」
その心が邪見で、相手の心に対して、最大限、配慮をして接していかなければならないのが仏法なのに、自分が正しいところに立ったら、「なぜ答えぬ、答えろ!言え!」と本願寺に座り込みをして、迷惑なことをしてしまう。
自分が正しいところに立ってしまうと、相手が迷惑であろうが、相手の心が傷つこうが、何をしてもいいんだ!と、そこから人は戦争が生まれるのです。
🟨憍慢(きょうまん)を生ずるが故に。
憍慢とは、自惚れとは、人から見た自分の価値にとらわれる。
本当に自分に自信のある人は、人から非難をされても、何とも思わない。
だけど、憍慢とは、人から見た自分に凄くとらわれているので、非難をされたりすると、烈火の如く怒って、
「何で俺はこんなに馬鹿にされなければならないのか!」
「俺は価値のある人間なのに!」
心では自分は価値のある人間だと思っていない。
価値のある人間だと見られることにとらわれている。これが憍慢で謙虚な気持ちを失ってしまうが故に、だから、四つの善事は、悪果報を得ることになるのです。
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🌟【私の解説〖参考〗】🌟
⭕「勝他の為に」➡️ 他人に勝ちたい為に。相手を見下したい為に。優越感を得るために。
⭕「利養の為に」➡️ 自分の利益の為に、自分の生活の為に、自分が得するために。
⭕「他属の為に」➡️ 他に属させるために、他に属するために、他人を自分に従わせるために。
⭕「非想非非想処の為に」➡️ 欲界・色界・無色界のうち、無色界の最高の天のことで、有頂天ともいう。そこには高度な精神だけが存在するとされる。
「意識も無意識も存在しない禅定の境地」を指す。
⭕「繋念思惟」➡️集中瞑想、サマタ瞑想をすること。
⭕「戒・施・定」➡️ 六波羅蜜の一部で、❶布施 ❷持戒 ❸忍辱 ❹精進 ❺禅定 ❻智慧のこと。
⭕「明」➡️宗教的覚醒による智慧のことで「無明」の対義語
🔶「経典の読誦」「持戒」「布施」「禅定」は、全て「善事」であり、「行」だとするならば、「善行」である。「善行」は、
🟨「良い動機」だけで為されるだけでなく、
🟨「悪い動機」であっても為すことは出来る。
🔷それが「行」というものである。
🔶仏教は「動機論」である。行いは善事であっても、心がけが間違っていたら、「悪果報」苦しみを受けなければならないと教えられる。
🔷どんなに形は、善でも煩悩のために、やっていたら、悪だと親鸞聖人は教えられる。
🔶真の菩薩は、煩悩から離れていくのです。
🟨②御一代記聞書【人に負けて信をとれ〖四つの善事は悪果を獲得する〗〖法師には三つの髻あり〗・増長すべきは信心なり〖信力増上・信力転増〗〗】【令和5年03月02日】
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