どこかで、読書は集中して15分間読めればそれで良い、もちろん夢中になってそれ以上読める場合はそれでよい、というような話を聞きました。人間はどのくらい集中力を維持できるかという問題です。

 

ポモドーロテクニックは25分間作業をして5分休憩です。25分x4が終わったところで長めの休憩を取るようです。

 

読書の場合、15分の集中というのはなかなか良いのではないかと思うのです。ずっと前に読み始めてまだ読み終わっていないGiorgio De Chiricoの自伝ですが、とても面白くてずっと読んでいたいと思うものの、それは無理だと毎回思います。どうでも良い本だったら斜め読みで一冊30分くらいで読み終わってしまうのですが、内容が濃くて重い場合はそうはいきません。少なくとも私の場合は。

 

キリコは私の一番好きな画家で、自伝の内容も非常に深いものがあって、one sentence読むたびにいろいろと想像して考えを巡らすことが多いので、15分くらいの集中がちょうど良いかもしれません。

 

そういえばラジオのイタリア語講座(まいにちイタリア語)も放送時間は15分で、その15分の間にかなり多くのことが詰め込まれているので、時間が短いと思ったことがありません。

 

そういう観点からいうと、大学の授業時間というのは長すぎます。私が学生の頃は100分でした。その少し前は110分だったらしい。これはもう地獄で、集中力を維持するのがとても難しかったのを覚えています。講義ノートを読むだけの先生の授業では居眠りもよくしました。

 

自分が大学の教壇に立つようになると、60分とか70分の講義をするのは苦痛ではありませんでしたが、聴いている学生は大変だろうなと思いい、途中で5分くらいの休憩を設けたりしていました。

 

アメリカの大学の講義は120分くらいあったのだろうか・・・もはや思い出せませんが、退屈だと思ったことはありませんでした。ゼミも120分で、途中で休憩が入り、みんなでキャンパス内のカフェテリアにコーヒーを買いに行ったことを覚えています。プロフェッサーが、カフェインとシュガーを摂りに行こうなどと言っていました。

 

日本では長時間仕事をし続けることが美徳のような考え方があって、脳への負担を考えることがあまりないのでは?と思います。最近はそんなことはないのかもしれませんが。私は、休みの日も研究室に行って仕事をしていたのですが、ある日、あまりにも疲れて体調を崩したことがあります。そんなことをして良い仕事ができたわけではありませんから、あまりにも無謀な日々を送っていたことになります。

 

今は、脳の健康をいかに保つかということに一番の関心があるので、座りっぱなしで長時間作業をすることは避け、楽しいこと、ワクワクすることに集中することを心がけています。

 

15分間の読書ならできそうだから実践しようと思います。

睡眠が脳にとって健康にとっていかに重要であるかということは広く知られており、認知症にならないためにも十分な睡眠を取ることが必要だとも言われています。私は若い頃から睡眠不足に非常に弱い体質で、頭の働きも鈍くなるし活動量も減る、何よりも不機嫌になるのです。

 

最近は歳のせいで中途覚醒が増えています。寝付きはとても良いのですが、午前2時とか3時に目が覚めてしまう。中途覚醒せずに朝までぐっすり眠るということがほぼありません。中途覚醒をしてもその後すぐに眠れれば問題はないのですが、時々、1度目が覚めてしまうと眠れなくなってしまうことがあるのです。これはとても深刻で、眠れない日は一日中頭がぼーっとして何にも集中できません。

 

介護のストレスのせいかな、どこかおかしいのかなと不安になったこともあります。

 

睡眠サプリなるものも試してみました。このツボを押すとぐっすり眠れるというのも試してみました。何をやっても効果はありません。

 

最近、ようやく気温が下がってきたのでよく眠れるようになりました。暑さが睡眠を妨げていたのかもしれません。いくらエアコンをつけっぱなしにして室温を保っていても、やはりあの暑さは睡眠の敵ではないかと思います。

 

それでも脳が興奮していると入眠はスムーズでも眠りが浅く、途中で起きてしまって眠れません。そういう時のために、眠剤を処方してもらっています。もちろん毎日飲むのではなく、明日は用事があるから今日眠れないと困るというときに限って飲んでいます。

 

なるべく薬やサプリに頼らず、睡眠ホルモンのメラトニン(セロトニンから生成されます)を作りやすくするマグネシウムを多く含む食品を食べるようにしています。豆腐、海藻、ナッツ類、納豆、バナナやきな粉、すりごまなどなど。やはり食事が大事なので、栄養についての知識を増やしてバランス良い食事を心がけることが一番かなと思います。

 

結局、生きることすなわち健康に食べることなのだと思います。

 

 

暑い夏には部屋を片付けるなどという気力もありませんでしたが、少し涼しくなってくると、真面目に(?)取り組もうかなと思い始めています。

 

先日、古いmac book proとipadを初期化して買い取ってもらったことでエンジンがかかってきました。プリンターももう使わないので買い取り決定。そういえばプリンターは以前はダウンロードした論文などを印刷していましたが、デジタルのご時世、紙ベースをやめて以来、全く必要がなくなりました。どうしても印刷しなければならないものはデータを持っていって、セブンイレブンの複合コピー機で印刷すれば済む話です。

 

大きな買取りは、本でした。退職する際に、研究室にあった多くの本をノースブックセンターという学術書買取専門の店に買い取ってもらいました。そのときに、自宅のスペースを考慮しつつ、どうしてもこの本だけは残したいというものだけ置いておいたのですが、退職後4年経っても使うことはありませんでした。

 

退職時、これからも学術研究は続けるのだと考えていたのですが、どうやらその考えも薄らぎました。何かを研究すること自体はずっと続けますが、学術の世界で論文や本を執筆することに関心を失ったため、少しばかり残しておいた学術書も不要となって買い取ってもらうことにしました。心のどこかで、研究者なのだからそんな考えは良くないのではと思いつつ、いや、やりたいことや考えたいことを好きな形で書きたいと思うことのどこが悪いのかと開き直った途端に肩の荷が降りたような気分になりました。

 

Hatena blogの方で、使い終わったノートや手帳をどうするかについて書きましたが、70歳になって終活を真面目に考えるようになると、今の自分にとって本当に必要なものは何かを突き詰めて考えることが大事になってきます。本の処分はこの点をさらにはっきりとさせ、書棚の空いた空間を見ながら、よし、これでいい、と思った次第です。

 

スッキリした気分で、これから先、どのような楽しいことをやろうか考えるとワクワクしてきます。書棚を全部埋める必要はありませんが、大部分をイタリア語、イタリア関係の本やテキスト、美術書で埋めてみたいな、などと考えています。