発達障害グレーゾーンの僕が、苦しい胸の内を吐露する -3ページ目

職場復帰してから、入社2年目のサポート的な業務をしている。

彼は社交的でモチベーションも高く、人当たりもいいため仕事を貰いやすいのだが、ストレスを微塵も感じさせず頑張っている。そんな彼が成果を上げられるよう、自分も頑張らなくてはと思うのだが、その度に自分は頑張っても報われないという思いがやる気を阻む。

 

結局評価される人は上司からの問いに、はきはきと答え、自己主張する人。自分のような、質疑応答が上手くできず、周囲と強調して後輩を助けてもそれは自分の成果ではないから評価はされない。いつまでも給料は上がらず、あと数年したら後輩にも抜かれていくんだろうなと思うと、悲しくてしょうがない。

 

本を読んでいると、"自己肯定感"という言葉が出てくる。確かに自分は自己肯定感が低いし、もしそれが高ければ、今とは違った状態になっていただろうかとふと考える。

自己肯定感を高めるにはどうしたらよいだろうか。自分が努力して、結果が出ても出なくてもそれが他人に認められるのならきっと高くなるだろう。サラリーマンであるなら、理不尽な会社でない前提として、認められる=給料UPだろうし、給料=その人の存在価値ではないだろうか。つまり、他人に認められる→自己肯定感が上がるであって、では何をやっても認められない自分は一体どうやって自己肯定感を上げればよいのだろう。自分の存在価値の無さを会社から突き付けられ、その給料が不満であるなら辞めればいいと思われている状況で、この先どう前向きに生きていけばいいのか。

 

周りを見渡せば、成果・能力考課といえどもここまで給料が上がらない人は自分だけだし、前代未聞だろうな。解雇できる会社であるなら即刻解雇だと思う。一層のこと解雇してくれた方が、世間体的にはまだ同情してもらえるだけマシな気がする。自分から辞めた暁には、なぜ辞めたんだと非難されるだろう。

どちらにせよ、このまま働き続けても会社を辞めるにしても、苦しい人生であることは変わらない。できることなら、すぐにでも人生を辞めてしまいたい。

会社に復帰してから1ヶ月半が経過。

毎朝上司と、その日の体調や業務の話をすることになっている。

今までは早朝に目が覚めるせいか、朝から頭が痛いことが度々あったが、そういうのが減ってきた。だから朝の時点での体調は問題無し。ところが実際のところ、会社にいると段々頭が痛くなってくることがある。何というか、頭の中を圧縮されている感じ。夕方になる頃には目の奥も痛く、気持ち悪さや食欲に関わってきそうな時には頭痛薬を飲む。

前に医者に話し、ロキソニンを処方されたのでそれを飲んでみたのだが、効かない。市販薬ではバファリンはあまり効かず、いつもEVEを飲んでいる。

 

原因として考えられるのは、会社でいつも緊張状態にあるということ。特に打合せが長引いたりした時には頭痛が酷くなる傾向にある。なぜ緊張してしまうのかといえば、人と話すこと、集団の中にいること自体が受け入れられなくなっているからだと思う。別に他人は自分の事をどうも思っていないと分かっているのに、無意識に気を遣って疲れてしまう。ガーミンで取ったライフログの結果を見ると、会社でのストレスレベルはいつも高いし、頭が重い時との相関は高い。

 

人とあまり接しない事を仕事にできれば良かったのだけれど、それで食べていける自信もないしとにかくずっと我慢して苦心してやっていくという道しか今はない。寿命が縮まるとか脳内出血でもするとかいうような事をむしろ望んでしまっている。

本人が望むように、自分の人生の長さを好きにできたらといつも思う。

年末年始の休みも終わり明日から仕事。

例年のように、年末は妻の実家で義兄夫婦+姪2と半日ぐらい過ごし、年始は自分の実家に帰って1泊。夕食は親戚一同11人で個室外食。毎年年始はこのメンバーで過ごしていて、自分の親も含め会うのは基本年に一度。とはいえ子供の頃から慣れ親しんだ顔ぶれ。

 

子供の時はよく従姉弟たちと遊んでいたんだけど、中学高校辺りから自分はあまり話さなく(話せなく)なってしまった。今回も自分の前には従姉夫妻が座ったんだけど、あまり話せず、目も合わせられなかった。それだけならまだしも、2日目に両親と外食して対面した時も、自分は話せないし目も合わせられない。人見知りがとても酷くなってしまった。

 

集団での雑談が苦手で、自分が話していいタイミングが分からないし、話すと誰かと被ってしまう。そもそも何を話せばいいか、考える時間が長いもんだから、話すタイミングを逃す。話を振られたとしても、基本Yes/Noで、話が続くような回答ができない。だから自分は空気みたいなもの。

そして、どうして自分はそうなんだと自分の存在を否定し、あまり眠れなくなる。今日は話すぞ、今の料理を食べ終えたら話すぞと意気込んでも、それまで全然話さないのに急に話し出したら変じゃないかと思ってしまい、会食の時間を終えてしまう。

 

今回ショックだったのは、両親の前でも話せなかったこと。妻がほとんど相手をしてくれて助かったんだけど、自分は一体何なんだと思う。年老いていく両親を尻目に、後ろ髪を引かれながら帰路につき、この先どうにも不安しか感じない状況と、生き辛い自分の人生との板挟みにあいながら、一層の事全てが消滅してしまえればと本当に思う。

年末は恒例の、妻の実家に義兄の家族と集まった。義兄の娘は5歳と2歳。急に喚いたり走り回ったりする年頃だ。自分たちには子供はいない。妻は子供の扱いは普通で、すぐに姪たちも妻になつく。

自分はというと、子供の扱いはまるっきしダメ。どうしてあげたらいいか分からないし、親たちの前で言っていいこと・悪いことが全然分からないから、基本愛想笑いをしているだけ。

もちろん子供たちもそんな雰囲気を感じ取るから、何となく避ける。空気のような存在。

そしてそんな時間が過ぎて家に帰ってくれば、またうまく過ごせなかったなと気は沈む。こんな事でも落ち込み、あまりよく眠れなった。

 

思えば自分が子供の頃から、子供の扱いは分からなかった。一人っ子で、従弟と遊んだりはしたけど、面倒なんて全然見れてなかったし、従弟が勝手に自分についてきた感じ。叔父はいつも遊んでくれてありがとうと言ってくれたけど、自分としては物凄く違和感があった。

 

大人になってもそれは変わらず。正直言って少し苦痛な時間。義兄夫婦も自分に子供たちを絡ませようとしてくるんだけど、期待されているような反応はできず。もうどうしていいか分からない。

 

従弟たちとは今は年に一度正月に親戚一同で会う。大人になってからはほとんど話さなくなってしまった。自分が子供の頃に泣かせたりもしたから、何か罪悪感があって、自分の事を恨んでるんじゃないかと気まずくって。

 

本当はもっと普通に従弟たちとも話したいし、子供たちとも遊んであげたいのに。

 

自分には子供の扱いが分からないんだ。

昨日から仕事は年末年始の連休に入った。復帰してから早3週間。ずっと休んでたからまた長期連休に入るのが不思議な感じ。今年は半年近く休んでいたから時が経つのが早くって、まだ年末な感じがしない。休暇が明けたら今度は5月まで長期連休はないから少し気が重い。

 

復帰してからはまだ主要な仕事はしてなくて、過去のデータをまとめながら20代の後輩達の仕事を手伝ったり。彼らの雑談にはついていけないんだけど、時々悪ふざけもしたりしているのを見るのはあまり気分のいいものではない。自分の給料はそんな彼らと同じくらいだと思っているから。会社の評価は能力と成果で、自分はほとんど給料が上がっていない。評価をする部長ぐらいの人がヒラの人を評価するとき、業務報告したときの印象を思い出すと思う。できる人は報告の仕方も上手いけど、何より質問された時の受け答えが上手い。人の報告と質疑対応を聞いていて、質疑対応が上手い人はやはり上に上がっていく。そうした人を見る目はあまり悪くないと思っている目で自分自身を見ると、本当に自分の受け答えはダメだと思う。何も答えられずに黙ってしまったり、何か答えても幼稚な答えしかできず、とても10数年も経験がある人とは思えない。だからそうした部長と対面する度に自分の印象はどんどん悪くなり、評価も低く、給料も上がらない。

 

自分の特性として、情報を耳から目から取得したときにそれを理解するのに時間がかかるようだ。特に困っているのは会話でのやり取り。人の話を聞いたとき、すぐには反応できず何回か自分の中でリピートしなくてはならない。そしてようやく理解できたら、今度はそれに対して何と答えるべきか自分の中で必死に考える時間が必要。その時に自分の頭の中にある言うべき情報にすぐアクセスできればいいのだが、ここでもまた時間がかかったり、思い出せなかったりする。

そんな手順が必要なものだから、すぐに答えられない→上司が代わりに答える=担当者(自分)は理解していないダメな奴とみなされる。

 

上司が答えるのを聞いて、それを言えばよかったんだと思う事は多い。言うべきことを言うべき時に言う事ができない自分の評価は現状維持が精一杯で、自分の給料はたぶん入社4,5年目ぐらいの人と同じくらいだと思う。それを考えてしまう度に苦しく、自分は価値がない人だと思い眠りも悪くなる。一生懸命何かを覚えても、肝心な時にそれを出せない。

 

人が会社で働いていくのに重要な資質が、自分には・・・ない・・・