From A Page ストーリー 
by Oliver Wakeman (ブックレットより)

僕のイエスとの特別な物語は2008年初頭から始まった。
英国のコッツウォルズに妻のリサと住んでいたのだけど玄関に入るときにちょうどその電話が鳴って出ることができなかった。
電話の主はスティーブ・ハウだった。
僕は以前スティーブと一緒に働く機会が多くあった。
よく知られているのはスティーブがプレイしてエグゼクティブ・プロデューサーも勤めてくれた僕の「3 Ages of Magick」アルバム(2003年)や後に僕がプレイした彼の「Spectrum」アルバムだろう。

「スティーブがあなたがイエスに入らないかと聞いているわよ」というのが妻の第一声だった。
妻が受話器を取るのを見ながら「本当?」と僕は自分に問うた。
そして台所に行ってスティーブに電話をかけ直した。

短い社交辞令の後にスティーブが言った。
「君がどう感じるかはわからないけど、君の親父はイエスの40周年記念ツアーには参加する予定がない。そこで君に参加する気がないか知りたいんだ」
「妻と相談する」とだけ答えた。
なぜなら息子が生まれたばかりだし、すばらしいチャンスだけど長期間家を空けて息子と離れなくてはならないことがわかっていたからだ。

スティーブにすぐかけなおすことを約束して居間に戻ると、リサが不審な顔で僕を見て
「私が言ったとおりだった?」と言った。
「うん」とまじめに答えた。
妻と相談してからスティーブにかけなおして参加したいと返事をした。
スティーブはジョン・アンダーソンがセットリストに関して連絡してくるだろうと語ったので、僕はイエスの曲を可能な限り多く聴き始めた。
準備のためにできるだけ過去の曲に慣れておこうと思ったんだ。

その後2、3ヶ月の間、僕はジョンからメールを受け取ってセットリストに関して長々と相談し、ジョンがやりたかった40周年を祝うレコーディング・プロジェクトに関して話し合いを始めた。
しかし残念なことにその数週間後、僕はジョンから病気になったのでツアーは行われないというメールを受け取った。
僕はジョンの健康状態が気になったし、今回のツアーがなくなったことが悲しかった。
僕は一音もプレイしていないし、同じ部屋に居たこともないけど、自分が確かにイエスのメンバーだったことを考えて自分を慰めようとした。

2、3ヵ月後、またスティーブから電話があった。
イエスがジョン抜きでツアーを計画しているという。ジョンは病状が悪くて、しばらくの間はツアーに出られないということだった。
イエスはベノア・デビッドというシンガーを見つけて、ジョンに近いスタイルだと言う。まだ参加したい気持ちを持っているかと聞かれた。

もちろんジョンと一緒に仕事をできないことは辛かったけど、すばらしい音楽をすばらしいミュージシャンたちと大勢の観客の前でプレイスすることは僕にとって依然すばらしいチャンスだった。
チャンスを逃したくなかったので、僕は新しいラインアップに加わることにした。
僕はいまや二つのラインアップに加わることになった、でもまだメンバーの誰にも会ったことがなかった。